あの世からの手紙
四十九日法要を終えた時、心なしかじいちゃんの遺影から陰りが消えた気がした。ばあちゃんと母さんは涙を流しながら「天国で見守っててな」と天国にいるじいちゃんに伝えていた。
その様子を見てると、何だか僕まで泣きそうになって、そうなる前に僕は自分の部屋へと移動した。
部屋のドアを閉めると、それが引き金だったみたいに我慢していた涙が溢れてきた。ポタポタと透明な粒が僕の頬を伝って床に落ち、水玉もようを作っていく。
病院でじいちゃんが息を引き取った時もお葬式で線香をあげにいった時も一切泣かなかったのに、どうして今になってこんなにも。僕は悲しくて悲しくて、涙が止まらなかった。
赤くなった目を擦っていると、僕は滲んだ視界に何かがあることに気づく。涙を拭って確かめてみると、見覚えのない白い和封筒が床にあった。それから涼しい風が入ってきて、そっちの方を向くと、窓が開きっぱなしになっている。
おかしいな。窓を開けた覚えなんてないのに。まるで、手紙が風に乗ってやってきたみたいじゃないか。
僕は不思議な気持ちで封筒を拾う。裏返してみると『
僕はそれを見てびっくりした。なぜなら、それがじいちゃんの字にそっくりだったからだ。漢字のはらい方、右上がりの字なところが全くじいちゃんと一緒なのだ。
もしかして、と思うことがあった。天国にいるじいちゃんが僕に何か伝えたいことがあってこれを送ってきたのではないか。いや、きっとそうだ。間違いない。
僕は嬉しくなって和封筒を開け、中から三つ折りにされた手紙を取り出し広げた。
『貴史、元気にしてるか。じいちゃんから手紙が届くなんて驚いたじゃろ。もうすぐ生まれ変わるから、その前に一人にだけ手紙を送っていいと閻魔様に言われたのじゃよ。それでわしは貴史に送ることにしたんじゃ』
どうして僕に。それを知りたかったが手紙には書かれていなかった。
『もう今年で貴史も小学四年生か。早いのお。ほんの少し前までは、あんなに小さかったのに、もうじいちゃん背を抜かれそうじゃ』
「うん……うん……」と僕は止まりかけていた涙がまた零れ出していた。
「貴史は覚えてるかの。まだ貴史が幼稚園のとき、いっぱいじいちゃんと電車に乗ったこと。貴史は今は頭はええが、昔は窓の外をみながら、あれはなに、といっぱいじいちゃんに聞いていたんだぞ。じいちゃん、その時の貴史の顔みると嬉しくてな。ついつい甘やかしてばっかじゃった」
「覚えてるで……じいちゃん」
既に手紙は僕の涙で濡れて滲んでしまっていた。
『ところでなあ、貴史』
「ん?」と僕は目頭を抑えながら言う。
『じいちゃんなあ……地獄行きやったんじゃ』
「……え?」
『じいちゃんもな、びっくりしたんじゃよ。てっきり天国行ける思ってたからの。でも、まさか閻魔様に地獄行き言われるなんての』
「え、じいちゃん、今までの流れで地獄行きなん? めちゃくちゃ天国行った前提の手紙の内容やったやん」
『じいちゃんな、たくさんの命奪いすぎたんや』
「え、命って……」
『じいちゃんな、アースノーマットの社長やったやろ? めちゃくちゃ蚊殺してもうてたんじゃ』
「え、それでじいちゃん地獄行きなん?」
『それでな、じいちゃんなあ……さっき生まれ変わる言うたけど』
「え、まさか」
『じいちゃんの来世な、ファミレスとかにある、あの斜めになってる伝票入れるやつらしいんじゃ』
「え、それ? じいちゃんの来世それなん? もう物やん。生き物ちゃうやん。てか今の流れやったら絶対蚊やったやん」
『じゃあじいちゃん、この辺で筆置くわな。この手紙、1枚につき72魂消費するんじゃ』
「いや、わからん」
僕は手紙を封筒にしまった。涙はいつの間にか止まっていた。
そして僕は、部屋の隅にあるアースノーマットの電源をそっと消した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます