E14 博物館学芸員になりたいな

 黒樹は、蓮花に好きなヤツでもできたのかと危惧した。

 蓮花のひなぎくへの相談って何だろうかとそわそわしてならない。


「あの、プロフェッサー黒樹。二荒神小学校前にバス停があるわ。そこから分校へは行けないのかしら?」


「ああ、ありそうだな。見てみるか。タクシーもいいのだが」


 黒樹が時刻表を確かめると、バスは、一時間に一本程度あった。

 ゆっくりとした旅にするのがいいだろう。

 幸い待合所にもなっている。

 皆、疲れがみられると慮った。


「何とかなりそうだ。ここからは、バスを使ってみようか」


「タクシー運転手さん、ありがとうございました」


 ひなぎくを見て、子ども達も各々心を込めたお礼をする。

 ひなぎくは、やはりこの子達は気持ちが綺麗だと思った。


「いんやいんや。また、呼んでけろ」


 二台のタクシーが、この近くの温泉旅館、二荒神の宿二ツ翡翠ふたつひすいに呼ばれたと、無線一つで次の仕事へと向かって行く。

 皆で、頭を下げたり手を振ったりして見送った。


 さて、今は九時五十分。

 バスは、三十分後のようだった。 

 ひなぎくは、道すがらに蓮花と話をすることになった。

 先ずは、待合所で皆は腰かけた。

 足湯をご利用くださいとあったが、昨日で十分湯だったので、遠慮している感じだ。


「大学受験か。どこでも出してやるよ。母親とも約束したしな」


 黒樹から出た生々しい母親の言葉に胸を痛めたひなぎくは、この黒樹の家族と上手くやって行けないのではないかと心配になる。

 けれども、顔色を悪くしたひなぎくに誰も気が付きはしなかった。

 ひなぎくからしたら、皆は、さっぱりとして見えた。


「はい。それで、私は、ひなぎくさんやお父様がこれから行うお仕事、学芸員にある理由で興味を持ったのです。ひなぎくさんに質問をしたいのですがいいでしょうか」


「ええ、いいわよ」


 何の相談かと思ってヒヤヒヤしていたが、考え過ぎのようだ。

 黒樹お父様を取らないでとか言われたらどうにもならないと、ひなぎくはしょげていた。


「博物館学芸員って、どういうお仕事なのですか?」


 ひなぎくは、我を失っていたのを取り戻し、大好きな博物館学芸員について話そうと決めた。


「それはね、基本的には、博物館学芸員の資格があるといいですね。その為にお勉強もしなければならないです。その上で、実際の学芸員になるには、やはり、博物館や美術館などに採用されないとなれないですわ。採用されたら、その職務は、博物館資料の収集と整理、保管と保存、展示と活用、調査研究、そして、教育普及活動など、博物館資料と関連する事業があるのですよ」


 うんうんと頷いて聞いてくれた。

 元々、蓮花がどんな人物なのかは分からないが、印象は悪くない。


「それからね、博物館学芸員の資格は、文部科学省の関わる博物館や美術館などに関してのみでありまして、その他の私設の同じく博物館や美術館に資料館などでは、資格がなくても働けるのですよ」


「へえ、成程ね。その資格ってひなぎくさんは、どうやって取ったのですか?」


 蓮花は、頭の中にメモを取るように聞いていた。


「ちょっと長くなるけど、話をしようか。蓮花さん」


「お願いします」


 蓮花の真摯な眼差しにひなぎくも応えようと思った。


「上野大の場合、二年生の時に、先ずは、履修したい学生を募るのですよ。志望動機などを書いた書類を提出して、面接をするのね。つまり、書類選考と面接があるの。定員が決まっているのよ。三十名だったわ」


 あれが博物館学芸員になろうと人生の目標に向かった第一歩だったと、ひなぎくも思い出した。


「面接で、君は誤字があるから落ちると思うと言われた学生がいるのを知っています。簡単には通らない感じでしたわ。私は、お友達の神崎椛さんと一緒に受けました。お陰様で合格しました」


「へえー、誤字一つで。厳しいのですね」


 蓮花が、うんうんと頷いていた。


「このコースは、博物館学芸員、司書とあり、片方、あるいは、両方、選択できました。私は、司書が嫌いではなかったけれども、どうしても博物館学芸員の方で仕事に就きたかったので、司書の方は選びませんでした。また、特待生になる為や、卒業制作に専念する為にも必要なものだけを選びました」


 ひなぎくの志望動機は、最初からはっきりしていた。


「司書は、本好きの私も、何か違うなって思います。読むのだけに没頭したい。フランス文学では、卒論に何をしようか、まだ、決めあぐねているの」


 蓮花は、只今、迷い道にいるのだろうとひなぎくは推察する。


「蓮花さん。司書も必要とされているから、あるといいとは思いますよ。図書館の使い方にも詳しくなれるし」


 ひなぎくは、大事なことを思い出した。


「博物館学芸員のコースは十六万円、学費の他に出費がありました。痛かったですね」


「そりはびっくらこいた! お父様のお仕事が順調でないとできないですね」


 蓮花が一番驚いている。


「プロフェッサー黒樹とがんばりますよ。温泉郷のアトリエデイジーを」


 黒樹の方をちらりと見たひなぎくだが、今日は黒樹に愁いを感じた。

 本校の対応は酷かったから、小学校のことだろうか。


「三年生の夏休みに、集中講義がありました。ここで、博物館概論の先生が仰っていたことは、自分の講義で単位を落せば博物館学芸員にはなれないのは分かると思うが、文部科学省で行う試験も自分が作っているので、どの道逃げ場がないと言う事実でしたのよ。とてもスパイスが効いていると思いました」


「黒コショウ多めですねー」


 もしかしたら、この先生にお会いする日が来るのかも知れないと、ひなぎくも蓮花も縁を感じた。


「それで、博物館学芸員の資格を取得する方法は、三つあります」


 ひなぎくは、ゆっくりと続ける。


「先ず、四年制の大学で得られる学士の学位を持つことを前提として、そこで、博物館に関する科目の単位を取得することが必要なのですね。私は、三年生の夏休みに集中講義を受けました。生涯学習概論、博物館概論、博物館経営論、博物館資料論、博物館資料保存論、博物館展示論、博物館教育論、博物館情報・メディア論の八科目は単位が二ずつでした。この他に、四年生の通年授業と夏休みに実習旅行にも行った博物館実習がありますが、これは単位が三でした」


「どんな感じでしたか?」


 蓮花は、積極的だ。


「私には、楽しく学べてとてもいい講義ばかりでした。お陰でオール優で自分の完璧主義が満足できましたわ。根性はあったけれども手前味噌ね。つまずいたのは健康面で、試験の日に喘息発作を起こしてしまったのですよ。でもゼーゼーしながら無理矢理試験に挑みましたわ」


 ひなぎくは、想い出にひたる。


「大変でしたね。でも、その位でないとできないのですね」


「そうかも」


 話が弾んで来た。


「次に、私には該当しませんけれども、別の取得方法をお話ししますわね。大学に二年以上在学して、博物館に関する科目の単位も含めて全てで六十二単位以上を取得した上で、三年以上の学芸員補の職に当たったものでも構わないのですよ。また、文部科学大臣が、文部科学省令で定める所により、今、述べた二つのものと同等以上の学力及び経験を有すると認めたもの、学芸員資格認定を合格したものも認められています」


 ひなぎくは、一気に話した。


「三年の夏休みの集中講義と三、四年にかけての実習については、また、今度話しますね」


 そして、ちょっとにこりとする。


「ふうー」


「ありがとうございます。ひなぎくさん。缶コーヒーをどうぞ」


 ひなぎくは、遠慮して首を振る。


「おいおい、お父様にはくれないのー? 蓮花様ー」


「プロフェッサー黒樹が踊る前に、カフェオレマックスお砂糖をあげないと……。あら、カフェオレが売っていないわね」


 ひなぎくが、自販機の前で探している。


「喉乾いたでぷー!」


「赤ちゃんですか!」


 黒樹はひなぎくに突っ込まれる。


「おい、そろそろ、並んで待っていようぜ。後五分だ。置いて行かれたらどうしようもない」


 和の鶴の一声で、皆、きちんと並んで待った。

 手荷物は、貴重品とトランク、少しかさばるけど、実はこれがいい旅だ。

 ある程度の荷物は処分して来たし、必要なものは送った。


 特にレプリカは、白咲家に置いて貰っている。



 先ずは、分校を当たってみてからだ。

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