友愛数

 もしこの世に奇跡があるのなら、

 もしこの世に神様がいるのなら、

 もしこの世に運命があるのなら、

 それはきっとそう都合の良いものではない。

 砂漠のように乾いていて、

 海のように人を飲み込む。

 甘くなく、優しくない。

 それは人を導くモノではなく、むしろ人を閉じ込めるモノ。

 可能性の広野の先には必ず、不可能性の柵が用意されている。

 人はそれを越えられずに、人生を終えていく。

 才能

 その言葉の重みを私は知っている。いや、高校生になれば大抵の人は知っている。自分が不完全なままに時は過ぎていくのだから。

 人は変われない。才能というチケットが配られなかった人間には、変化の資格など最初からないのだ。

 それが人間。それが人類。

 負完全の学ラン男曰く、

 無意味に生まれ、無関係に生き、無価値に死んでいく存在。

 私もまた、その一人なのだ。

 変わることも変えることもできない、無力で非力な存在。

 ・・・なら、何のために生きているのだろう。



 私は一人残った教室でそんな下らない、いかにもひねくれた高校生然としたことを思う。悟りじみているのに子供っぽい考え方に苦笑した。多分大人はそれを分かった上でもっと相応しい妥協点を模索出来るのだろう。

 一つ溜め息をついてから黒板を見る。私がどうでも良いことを考えた原因だ。黒い背景に紛れず、白さが自己主張していた。


 220   284


 「暇だったら、これについて考えてみといてよ」

 三十分前、先生がそう言って書き残していった二つの数字。並んだそれらの間に赤い線が一本結ばれている錯覚を覚えた。

 私はこの二つの数字の奇妙な関係性、他とは違う特別な縁を知っていた。

 だからこそ、私はさっき考えていた。

 才能とか資格とか運命とか現実とか、そういったものを考えていたのだ。

 私には好きな人がいる。理由は・・特にない。一目惚れとしか表現できなかった。雰囲気というか、発するオーラみたいなものに惹かれたのだ。絶を疎かにしていたのだろうか、初めて会ったときそのオーラが駄々漏れだった。そして私はまんまとそのオーラにあてられてしまったのだ。今となっては、もう理由などいらないくらい好きだった。

 好きだから好き、だなんて小学生の戯言かと思っていた。

 そう思ってから恥ずかしくなって、背もたれに体を預けて天井を見る。蛍光灯の明かりが目に飛び込んできて視界が白く染まった。手のひらを上に向けてから思いっきり伸ばす。

 光を遮るためではなく、その手に収めるため。

 当然何かが手に入るはずもなく、私の手では蛍光灯特有の熱すらまともに感じられなかった。予想通りの結果を味わい、苦笑した。

 出来ないと分かってて、予定調和を経験すると知っていて、それでも何かを期待して行動する人間の愚かさは笑える。

 それは、付き合えないと分かっていてなお人を好きになった私にも当てはまることだった。

 私の好きな人は二つの数字を書き置いた先生(女性)だ。

 つまり、私たちの関係性は先生と生徒、プラス同性。

 二次元なら禁断の恋だなんだと囃し立てるところだが、お生憎様現実は違う。そこにはそもそも何かが生まれる余地なんてないのだ。私たちの目の前には不可能性の柵が張り巡らされているのだから。

 才能も資格もない。私が先生と好き合うことなどない。その現実が変わることもない。そのシンプルすぎる事実を幾度となく叩きつけられた。傷つけられて、打ちのめされて、私の心は歪んでなお、その恋を抱き続けた。手放せずに想いは日に日に増していく。それでも、その想いは行き場を持っていなかった。始点と終点が重なっていたら、それはもう最初からクライマックスだ。

 私と先生が付き合える確率

 先生が私を好きになる確率

 先生が私を意識しだす確率

 私と先生がキスをする確率

 その先にまで到達する確率

 ・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 私の頭の中で阿呆らしい事象が次々と浮かんでは消えていく。しかもご丁寧にその事象が起こる確率まで表示していった。気泡のように儚いそれらは私の心の中に重たいモノを残していく。

 1と0

 それだけが登場人物、というか登場数字だった。二つの数字は私を囲み、その渦の中に取り込んでいく。二進数の世界、電子の海に取り込まれた気分を味わった。この空間においてはあらゆる事象が二者択一なのだ。惜しむらくはどちらの選択もバットエンドにしか行き着かないということだろう。

 妄想の世界に数えきれないほど浮かぶ0という数字を睨む。私はアイツが嫌いだ。この世界の中でアイツだけが特別で特殊で異質で異常だから。カテゴリーエラーというカテゴリーに何食わぬ顔で居座っているから。

 つまるところ嫉妬だ。私もそうなりたいのだ。私自身がハーフボイルド探偵のようにジョーカーだったら、あるいは世界一般のルールに縛られない特質系であれば、私の恋心をありのままさらけ出せるのだから。

 まあ結局のところ無い物ねだりの現実逃避だが。

 はぁと一息ついても心の中から何かが吐き出された気はしない。むしろ毎日募っていくせいで心は重くなるばかりだ。思う想いは重く募るばかりとはよく言ったものである。

 時計を見ると最終下校時間まではもう数分だった。200秒足らずで行き着く先は天国と地獄。愛しの先生に会える喜びと何も変えられない辛さを同時に味わうことを予感する。心待ちにするにはハードだった。

 それでも、心臓は確実にその運動を早めた。体感時間は拍動と密接な関わりを持っているらしいが、どうやら間違いらしい。

 だって今は、一秒経つのが遅すぎる。


 「待たせてごめんね。この時期は三年生も必死だからさ・・」

 チャイムが鳴り響いてから数分遅れて、先生はガラッと教室のドアを開けた。息が若干荒れているあたり口だけの詫びではないらしい。こんな私のためにわざわざ急いでくれたことに身体が震えそうになる。

 大切にされている。

 それが私の望む形ではないと分かっていても、嬉しかった。この喜びがあるから、私は先生と距離を置けないのだ。

 パタパタと手を扇ぐ先生に見られないように笑ってから、先生にまだ何も返していないことに気づいた。駄目だ駄目だ。ちゃんといつものように返さないとな。

 「大丈夫ですよ、お疲れ様です。叔母さん」

 「学校では先生でしょ。身内びいきしてるなんて思われるのは心外なんだし」

 いつも通りの会話を繰り広げた。さっきまでの喜びは彩度を失い、現実が私をモノクロの世界、トキメキの薄れた空間に誘う。悔しいが、そこに安心感を覚えたのも事実だった。

 からかう生徒と注意する先生。

 気安い姪っ子と窘める叔母。

 これが私たちの関係性だった。私と先生、いや叔母の間にそびえ立つ大きく分厚い壁と、その壁の隙間を縫うように繋がる無数の線。平凡極まりない縁は、しかし私の目線からは身を切り裂くピアノ線でしかなかった。

 「遅くなっちゃったし、早いところ行こうか」

 叔母は会話もそこそこに切り出してくる。手の中には車のキーがあり、ガチャガチャともてあそんでいた。叔母はいつも私のことを家の近くまで送ってくれるのだ。はーいと応じてから鞄をもち、忘れていた黒板の数字も消す。消え残ったチョークが広がって数字の間に白いアーチがかかった。不格好でも繋がっている辺り、やっぱり二つの数字は結ばれていたのだろう。嫉妬と憧れ、表裏一体の感情を載せたコインが跳ね上がりクルクルと回った。

 「早くー。置いていくよー」

 結果が出るより早く叔母に呼ばれ、私は教室を出た。鍵をしっかりかけてから廊下を歩き、先を進む叔母に追い付こうとして・・・叶わなかった。

 コインはどうやらよくない方を出したらしかった。



 「しかし受験かー。やっぱり思い出すね、若かりしあの日を」

 「叔母さん今28ですよね?十年前ですか・・。私は六歳ですね」

 「もう十年も前だよ。私はあの頃、何というか色々と勘違いしていたからねー」

 「勘違い・・ですか?」

 「そう、勘違い。私は才能のない天才だったんだよ。性格だけアインシュタインだった。なのに自分を才能のある鬼才だと勘違いしていた。だから・・間違えたんだよね。そのせいで、今も兄さんに嫌われている」

 「・・・・・・・・・」

 自嘲ぎみにそう言った叔母に声をかけられず、私は黙った。一応軽くではあるが話は聞いていたので、叔母が今何を言おうとしていたのか、分かってはいた。

 叔母は数学を愛していた。幼い頃から数字の魅力にとりつかれ、友達と外で遊ぶことより、家で数字を使ったパズルをする方が好きだったらしい。些か以上に変わった子ではあったが、その時は叔母の家族、私の父方の家系はむしろ勉強熱心で良い子だと思っていたそうだ。

 そんな調子で昔からずっと数字と戯れてきた叔母が中高時代に数学の分野において活躍するのは当然のことだった。数検を筆頭に、私にはよく分からない賞やら何やらも取ったらしい。小さくはあるが一度新聞にも載ったと言っていた。ただ今はもう、その切り抜きはないそうだが。

 叔母の人生は確実に数学と歩みを共にしていた。友達も恋人も作らず、数学だけを大切にし続けた。叔母と数字の仲は間違いなく良好だったらしい。

 でも、その関係が歪む時がきてしまった。より正しくは、叔母さん自身が気づいてしまったらしい。自分と数学に強い縁などなかったと。大学とはそれほどまでに天才の集う場所だったのだろうか、私には分からない。

 まあつまるところ叔母さんの人生、積み重ねてきた全てが大学生の時に否定されてしまったらしい。そうなったとき、人がとる行動は二つ、闘争か逃走だ。叔母はご多分に漏れず後者を選んだらしい。その結果引きこもりになってしまったそうだ。実家通いでなかった叔母は半年間、ほとんど家から出ずに貯金を切り崩しながら生活し、時間と可能性を喰らい続け、それから残された可能性を模索してなんとか教員免許をとり、今に至るのだそうだ。当然その過程で家族には多大な迷惑をかけ、叔母は現在もあまりは好かれていない。

 「アイツには現実と闘う力がなかった」

 父はそう言って叔母を今でもたまに非難する。まあ、引きこもりの身内は確かにそれだけで世間体としてはよくないのかもしれない。

 実際私も叔母と始めた会ったのは中学入学の時だ。それ以降もあまり叔母は祖父母、叔母の両親に会おうとしていない。しこりが残っているのだろう。やむなし、ということなのだろうか。色々複雑なんだろうなあと、子供じみた感想にとどめておいた。深く考えても、私が叔母にやってあげられることはないのだから。

 「今思うとさ、不思議なもんだよ。バカなことしたとは思わないけど、でも不思議なことをしたとは思う」

 そう一人で考えていると、叔母さんはどうやら私が気を使って黙ったと思ったのか、明らかに調子を変えて切り出してきた。そういえばちょっと前までバリバリのコミュ障だったんだよな、この人。気遣いが下手くそだ。まあ、そんなところも可愛いけど。

 「不思議なこと、ですか?」

 「うん、不思議なこと。だって数字は誰かが書かなきゃ目にも写らないんだよ。形を持っていない幻みたいなモノに、私は愛すら感じていたんだから」

 叔母さんの口から「愛」と聞いて、胸が強く脈打った。心臓が痛い。でも、なんとか平静を保って、へええと返す。少し震えたが、叔母さんは特に気にせず話し続けてくれた。

 「幻を求めて、現から逃げて、夢に敗れて。私は不思議なことをしていたよ」

 「・・・・・・・・・・・」

 「不思議なモノに囚われて、そのツケが回って私は人に迷惑をかけた。その時点で、駄目だったよ」

 「・・・・・・・・・・・・」

 叔母の声音には明確な自己嫌悪があった。それに気づいて、私はまた黙ってしまった。踏み込めない境界線を目の前に引かれて怯んだ。傷つけたくなくて足を止めた。自分の弱さが嫌になった。目の前で弱った好きな人すら慰められなくて、私は何のために生きているのだろう。

 私には、本当の意味でその涙を晴らすことは出来ないんだろうな。

 でも、だからこそ、私は私にできることをする。今叔母さんが求めているのはきっと、肯定でも否定でもないから、だから私は、

 「・・・そういえば、叔母さんがさっき出した問題、あれ知ってたよ」

 私は逃がした。叔母さんが今欲しいのは十年前と変わらない逃走だ。それを知っている私にできること、私にしかできないこと。私が叔母さんのためにやってあげられること。数少ない手札を切るのに、ためらってなんかいられない。

 私は叔母さんに、辛い顔しないで欲しい。そのためになら、毒だって使ってやる。

 「友愛数でしょ。220の約数の総和から220を引くと284に、284の約数の総和から284を引くと220になる。二つの数字の間に結ばれた奇妙な縁、違う?」

 「・・正解。本当に君は数字に愛されているね。普通は知らないと思うんだけど」

 「まあ、それなりに勉強してるので」

 「羨ましいよ正直。多分・・君は持つものだから」

 「ただ知っていただけだよ」

 叔母さんはそう言うが実際そんなことはないし、何よりそんなもの要らない。私にとっては数字からの愛よりも叔母さんからの愛の方が大事だ。まあ、手に入らないって分かっているのでもう諦めているが。

 私は叔母さんに恋し、

 叔母さんは数字を愛し、

 数字は私を気に入る。

 なんだこの不毛極まりない三角関係は。掴めないものばかり求めて、馬鹿ばっかだ。

 話している間に、気づけばもう家の近くまできていた。父と顔を合わせないために、叔母さんはいつも家から少し離れた場所で私を下ろすのだ。つまり、そろそろお別れだ。

 その別れの中に何かを見いだしたのだろうか。珍しく叔母さんが自分のことについて少しでも話してくれたからかもしれない。私の口は、私を離れて言葉を紡いでいた。

 「叔母さんはさ・・」

 世間話の中、私は声音を変えてそう話しかけた。自分の耳で聞いて、初めて自分が発した声だと気づいた。それほどまでに、私の中の無意識が働いていた。

 「ん?、何?」

 叔母さんが不思議そうに聞き返してくる。何を言うつもりだ、私は。いや、大体検討はつく。でもそれは伝えないと誓ったことだ。どうしたらいい。中途半端にシリアスな雰囲気で叔母に呼び掛けたこの状況をどうすればうまく乗りきれる。

 伝えるのがいいのだろうか。

 壊れると分かってて、壊すと知っていて、それでもなお踏み込むことに意味があるのだろうか。

 分からない。

 戸惑う。

 私はどうしたい。

 私はどうすればいい。

 答えの出ない問いが一秒間に何度も繰り返し出題される。

 何て誤魔化せばいいのだろう。そもそも誤魔化すことが当たっているのだろうか。

 叔母さんの反応を少し窺うと、当然のことだが前を見ていた。安全運転は素晴らしいことだと思う。でも、現状私にとっては何にもならない情報だ。

 「えっと、その、叔母さんは、何て言うか、その」

 しどろもどろで言葉を紡いでいく。伸ばした先に答えはないのに、それでも動かずにいられなかった。理性的に、冷静に、頭の中で反芻しても脳はその熱を冷まさずに、熱暴走じみた奇行を私に強要する。

 ええいままよ。そう思った。私が主人公じゃなくても、きっと何かの意味があると信じて。全く節操がないな。それも若さだと肯定して、私は腹をくくった。

 「叔母さんはっ!それ」

 「話したいことあるところ申し訳ないけど、もうついたよ」

 意を決して告げようとする私を遮るように言ってから、叔母さんは車のエンジンを止めた。古い車特有のブルブルという振動が止み、車内に静寂が舞い降りる。

 「えっと、その」

 「今日はただでさえ少し遅いんだから、早く帰りな。あまり遅くまで連れ回すと、私が兄さんにお小言を言われる」

 もう一度改めて告げようとする私を再び遮り、叔母は冗談めかしてそう言った。でも、そこには断絶があった、気がした。少なくとも私は、叔母さん側からの明確な拒否を感じた。

 「…分かりました。送ってくれて、ありがとうございます」

 「うん、気を付けてね。話があるなら、また明日にでも聞くよ」

 私はシートベルトを外し、ドアを開けながら礼を言った。密閉された車内では感じられない、季節にふさわしい冷風が吹いて身体を身震いさせた。叔母はその様子を微笑みながら見守り、そして再びエンジンをかけた。ブルルンと古めかしい音と共に、叔母はおやすみと言ってから反対の方向へと帰っていった。

 見送ってから、私もまた家までの数分の距離を歩く。さっきまでの自分の行動と、それに対する叔母の行動。二つを見比べて、行き着く答えは一つ。

 「やっぱり、叔母さんは自分が嫌いなんだな・・・」

 叔母さんはそれでも立派だった。目標をもって、好きなものをもって、そのために努力して、それは誰にでも出来ることじゃないから。

 告げないと決めて、結局さっき口を突こうとした文言を心の中で唱える。これはある種の呪文であり、呪詛だ。過去の叔母さんを肯定する呪文であり、今の叔母さんを否定する呪詛だ。

 夜風に吹かれながら息を吐くと白に出会う。季節の循環を体感し、同時に時の流れを感じた。叔母さんの時計もまた進んでいる。私に出来ることは、せいぜい時計を止めない手伝いくらいなものなのだろう。自身の無力さに打ちひしがれた。

 私では救えない。叔母さんの過去に私はいないから。

 私では作れない。叔母さんの未来に私はいないから。

 私に出来ることは恐ろしいほど少なかった。

 だから、私は叔母さんの理解者でいたかった。隣にいなくても、側に立っていられるような、彼女の理解者に。

 二年後には私も受験を経験する。しかも私の年からは新試験の導入なのでより一層大変だ。高校一年生ながら未来への憂いは強い。でも一応目標はある。

 足を動かし、息を吐き、私は歩む。

 私が進まなくても未来はやって来る。

 でも、私は未来を選びたいから。

 叔母さんのために色々と頑張りたいから。

 歩みにはいつしか速度が乗り、私はいつしか駆け出した。

 暗い夜道、見えない先に怯えながら、それでも力強く。

 踏みしめた地面の感触は、確かなものだったように思えた。




 赤信号を前にして車を止めたとき、助手席に目を向け手を伸ばす。僅かに残ったように思われる熱と残り香を心で堪能した。変態じみているな、私。

 姪が残した何かを求めて、座席に手をさすり付けているのだから。

 溜め息をつき、同時に信号が青に変わるのを見て車を発進させた。信号は分かりやすくて良い。コミュニケーションは青と赤が不規則に変化するし、いくらボタンを押しても青に変わらないモノもある。時間だけが無駄に過ぎて、参加賞として虚無感をプレゼントされることもあるのだ。

 そう考えて、それが数学に対することか、はたまた姪に対することか分からなくなった。

 頭の中に220と284が浮かんで、螺旋を描きながら飛び回った。二つの間には赤い糸が結ばれていた。

 離れていても繋がっていて、何があっても絶対に切れない不変のモノ。

 数字は人間よりも神様に愛されている。運命の相手が明確に指定されているのだから。羨ましい限りだと思って、同時に結ばれたい相手を選べないところには同情した。私もだよ全く。好きになった存在はいつも私の手の伸ばせないところにある。資格すら与えられない者が抱く恋心なんて、卒業アルバムぐらい不要なものだ。

 数分前の姪の行動を振り返って、可愛いなと思う。

 その可愛いさには触れられないと分かっているから、

 私はもう届かないものは追いかけないと決めたから、

 この気持ちには蓋をした。

 そこに後悔はない。

 車内には空気が滞留していた。冬の寒さが苦手な私が、窓を閉ざして密閉したからだ。

 存外に居心地は悪くないように思われた。

 私には、お似合いだ。

 信号の赤い光に反応して、私はまたブレーキを踏んだ。

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