宇宙から来た彼女ーエイリアンーたち! ~アホアホヤンキー、モテ期到来かと思いきや、なぜか宇宙の命運を握ることに~

@tenpibosi

「私を彼女にしてくれませんか?」

 梅雨の時期特有のジメジメした空気が、トボトボと家路を辿る二人を静かに包み込んでいた。夕陽の下に、不貞腐れたようにポケットに手を突っ込んだまま歩く男がひとり。


「痛っった! さっ、触んじゃねぇよ!」


 隣を歩く女に腫れた頬を指先で弄ばれた彼はそのように怒る。同調して威嚇するように揺れる金髪は、まるでライオンの鬣だ。


 今日の戦績は辛勝。一人での喧嘩はいつものことだが、北美空坂高校の精鋭たち相手ではさすがに分が悪かった。それでも積み上げてきた経験が彼を勝利に導いたのだ。


「あんたホントに1回病院行ったら? ケガはともかく、病気だと思うわよ。喧嘩大好き病みたいな」


 山吹春芽はるめは呆然と嘲笑の黄金比のような表情をその整った顔面に浮かべた。幼い頃から彼女は、何か余計なことを言っては自ら喧嘩を売っていくスタイルを、特に彼に対して一貫している。本意ではないにも拘わらず。


 森水明日斗あすとはそれをふんっと鼻であしらい、そっぽを向いた。それが気に障った春芽は、先の丸いトゲでしつこく突っつくようにさらに文句を垂れ流していく。


「だいたい、今どき頭金髪にして馬鹿の一つ覚えみたいに他校の生徒と喧嘩してるような時代遅れのダサヤンキー、少なくともうちの高校じゃあんたくらいよ? 何なの? バカなの? 死ぬの?」


 雪崩の如く押し寄せる罵詈雑言。女じゃ無かったらぶん殴っている。明日斗はさすがに面食らってうろたえるが、すぐにため息をついてまたそっぽを向いた。


「うるせえなぁ、お前にゃ関係ねえだろ? 今日だって先に帰ってりゃよかったのに、なんでわざわざ北美空まで迎えに来るかね」


 道端に吐き捨てた唾のような独り言は回り回って春芽にちゃんと届けられる。心中で自分自身にだけ共有した方がよかったかもしれないと、直後に彼はつい顔色を伺った。


「たまたまよ、た・ま・た・ま。ほらほら、そんなことより早く帰らなきゃ。恭斗、お腹空かせてるんじゃない?」


 しかし、予想したよりは温厚な返答。拍子抜けした明日斗は春芽を振り払うように早足になった。そんな心持ちなど知らない春芽は「待ちなさいよ」とその後を置いていかれないようについて行った。


 幼少期より一向に変わる気配を見せない関係ややり取り。彼らはもはやそれを今更心のどこかに気に止めることなどない。

 特に春芽は、それがお互いにとって、自分にとっていい事なのか悪いことなのかを考える勇気やきっかけを、ほとんど完全に自ら捨て去っていた。


 初夏の空を夕闇が鮮やかに染め上げていく。夏に向かう人々の湧き上がるような気持ちを含んだ空気は日が沈むにつれて霧散し、静けさを作り出す。


 ──嵐が巻き起こる前は、いつも決まってこうである。





「おかえり~。兄ちゃん遅いよ、ってまた喧嘩かよ!あーもう、救急箱救急箱」


 ようやく帰宅した兄を出迎えた森水恭斗は、その顔を見るなり呆れながら救急箱を取りに行った。兄の帰りが遅いときはだいたい喧嘩だと相場は決まっている。そう思いながらもそう思いたくない弟の気持ちなど、明日斗は知らなかった。


「うちもそろそろ晩ご飯ね。おかず余ってたら持ってくるわ」


 森水家の真横に山吹家は位置しており、双方の二階の窓を開ければ会話ができるほど近く、そして実際にしていたほど昔から親密な関係にあった。

 とは言いつつも、森水家の離婚からおよそ10年が経過した現在では家族ぐるみの付き合いはほとんどなく、せいぜい晩ご飯のおすそ分け程度になってしまった。


 つっけんどんな態度を取り続ける兄と反対に昔から春芽と友好的だった恭斗は、心弾む笑顔で感謝を述べる。


「いつもありがとうね、春芽姉ちゃん」


「いいのよこれくらい。部活はどう?陸上部だったっけ」


「うん。練習はきついけど、結構楽しいよ」


 明日斗が早々にリビングにすっこんでしまう中、二人は玄関先で会話を繰り広げていた。


 この春めでたく中学生になった恭斗だが、その童顔のせいで校内外では「小学生が学ランを着ている」と専らの評判である。本人は兄がこの治安の悪い美空坂市でも指折りのヤンキーかつ大馬鹿であること以上に、自身の童顔を気にしていた。


「なら良かった。それじゃ、またあとでね」


 春芽は小さく手を振ると、目と鼻の先にある自宅に帰っていった。名残惜しそうに手を振った後、鳴りやまない腹の虫を抱えながら恭斗はリビングまで続く短い廊下をひた走る。そして、その奥で彼が目にした光景は──


「ふぅ~。恭斗! 今日のカレーは星5だ!」


 米粒ひとつ残さず、綺麗に平らになった皿。


「いやもう全部食ったのかよ!? 速すぎるだろ!!」


 好物ならごくわずかな時間で胃の中に転移させることができる明日斗にとって、一般家庭の食卓に置かれる程度の山盛りカレーを一瞬で平らげることなどお茶の子さいさいであった。ただ彼は、その速度が常軌を逸していた。


 とはいえ、身体に悪影響を及ぼさない範囲なら健啖は悪い事ではないし、誰かに迷惑をかけているわけでもない。ところが最近はそうでもなく......。


「お前これ食べきれないだろ。ちょっと食べてやるよ」


 自然体を振る舞いながら卑劣な笑みを浮かべて弟のカレーに手を伸ばす兄。恭斗は自慢の瞬発力を活かしてその腕を即座に弾き、自身の夕飯を死守した。油断も隙もあったもんじゃない。


「いつも言ってるだろ! それっぽい理由つけて俺の晩ご飯横取りしようとするなって!」


 慌てるあまり瞳孔が開きまくっている恭斗を見て、明日斗は「ちぇっ」と渋々諦めた。無駄な体力を使ってしまった恭斗は深くため息をついてそっと席に座ろうとしたが、ふいにある事を思い出して、キッチンの方へ向かっていった。


「そうだ。こないだおすそわけしてもらったおかずの容器、春芽姉ちゃんに返し忘れてたんだ。これ返すついでにおかずもらってきなよ」


 普段は他人に使役されることを何よりも嫌う明日斗だが、食が絡むと話は別だ。手渡された透明の密閉容器を見つめるなり、「おう」と一言返事をしてそのまま餌に釣られるように家を出て行った。暴力と食事しか頭に無い野蛮人はチョロいのである。


 玄関から石造りの小さな階段を下りると、ちょうど春芽も餌を持ってきているところだった。あまりにもタイミングが良くて、明日斗は何だか急に気恥ずかしさを感じてしまう。そんな彼の頬についているカレーのルーを発見した春芽は思わずプフっと噴き出した。


「な、何笑ってんだよ」


「いや......相変わらずの大食漢ぶりに呆れただけ。ほらこれ、仲良く食べなさいよ」


 返し忘れたものと同じような透明の密閉容器には、肉じゃががこれでもかというほどパンパンに詰まっている。食の亡者は鼻腔を刺激するそれをしばらく無心で眺めた後、我に返って空っぽの容器を春芽に返却しようとした。が、その時


「──あの」


 暗がりから突如耳に届けられた謎の声。二人はビクビクっと身体を震わせて、得体の知れない何かを感じながら後ずさりした。


「森水明日斗さんですか?」


(おい、今俺の名前言ったよな!? な!!?)

 羽音のように小さな声で春芽の耳元でそう尋ねる明日斗。お化けの類が苦手なのも昔から変わらないと皮肉を言われる。


 言い回しが怖いわけではない。声色がおどろおどろしいわけではない。丁寧な口調で可愛らしい声が確かに聞こえるのだが、問題はその姿がどこにも見当たらないことだった。


「だっ、誰なのよあんた! どっから喋ってんのよ!」


 かく言う春芽も人並みにお化けは苦手である。恐怖のあまり蹲ってしまった明日斗の前に立ち、周囲を見回しながら用心深く得体の知れない何者かに呼び掛けた。


「あ、そうか。これ飲まなきゃ地球人には見えないんだった」


 得体の知れない何者かは栄養ドリンクのような何かを取り出す。その栄養ドリンクのような何かしか見えていない二人にとっては恐怖そのものであった。夜の闇に何かを飲み干す音だけが溶け込んでいき、二人はその異様な空気の中にただただ取り残された。


 音が鳴りやむと、家の外の灯りに照らされてその姿が徐々に明らかになっていった。すらっとした細い脚が見え、全体的に青が多い制服のような服装が見え、そしてその顔は......


「──えっ? なんで......あんたは......。明日斗、顔上げて!」


 先にその御顔を目撃した春芽は驚愕した。彼女をそうさせたのはその顔が戦慄するような恐怖の対象であったからなどではなく、一種の懐かしさからくるものであった。春芽に言われてゆっくりとその顔を上げた明日斗もまた彼女と同じ気持ちに陥るのだった。


「お前......いや、違う......誰だ、あんたは」


 真っ青な髪色、美しい蒼い瞳に無表情ながらもどこか柔和な表情。容姿はともかく、その雰囲気も含めれば日本人どころか地球人離れしている彼女は、人の気も知らないで始まりの一言を告げた。


「私を彼女にしてくれませんか?」

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