第146話 五分五分
—1—
そして、現在。
苦悶の表情を浮かべている暗空の頬を一筋の汗が流れる。
手にしている月影が体の震えに合わせてカタカタと音を立てる。
操られまいと抵抗しているのが見て取れるが、「限界が近い」という言葉通り、暗空の足が自分の意思とは関係なく前へ前へと進み出した。
「神楽坂くん」
暗空がアイコンタクトで必死に『逃げろ』と訴えかけてくるが、この状況下においてオレに逃げの選択肢はない。
10時を過ぎ、特別ルールの影響で北エリア以外の立ち入りが禁止となった。
生き残っている猛者は漏れなく北エリアに集結。
数あるエリアの中で糸巻の狩場と化している北エリアが唯一の生存圏として選ばれた。
ここまでスムーズだと何者かによって意図的に退路を断たれたのではないかと疑ってしまう。
序列戦のルールを自在に操作できる人間は限られている。今回序列戦に参加していない教師。恐らく校長や教頭クラスの人間だろう。
もしかしたら今もこの光景をどこかで見ているのかもしれない。
「遊びは終わりだ。暗空、神楽坂、どちらか片方が死ぬまで殺し合うんだな」
森の中からこちらの様子を眺めていた糸巻の言葉を合図に暗空が距離を詰めてくる。
暗空を操っている人物が糸巻だということはほぼ確定している。
わざわざこのタイミングで姿を見せたということは、異能力の発動条件が関係しているのだろう。
例えば操る対象を視界に入れておかなければならない、とかな。
まあ、とにかくまずは2人に挟まれているこの状況を打開しなくてはならない。
「身体強化発動ッ」
あえて声に出すことで糸巻にも能力を発動したと認識させる。
クロムとイレイナ、それに無名と繋がりがあることは判明済み。
となると、必然的にオレの能力は筒抜けになっているとみるべきだ。
月日の経過と共にオレの実力も明るみになってきている。
それは隠し切れないレベルの強敵が現れていることを意味する。
しかし、見方を変えれば出し惜しみをせずに多様な異能力で押し切っても問題がないとも取れる。
だが、目の前に立ち塞がる暗空に罪は無い。
オレに刃を向けている事実に変わりは無いが、操られている相手に氷や光なんかの属性攻撃を撃ち込むのは気が引ける。
「避けて!」
暗空の悲鳴にも似た叫び声と共に月影の切っ先が目の前を通り過ぎた。
油断していたら首を切り落とされていただろうが、全神経を研ぎ澄ませていたこともあり、反応することができた。
続け様に繰り出された二撃、三撃を掻い潜りながら暗空と立ち位置を入れ替える。
これでオレの背後は崖。暗空と糸巻に挟まれていた状況は解消された。
戦闘とは常に分析することで活路が開かれる。
思考を止めたらそこで敗北は決定する。
「
月影を影に戻し、両手に集めた漆黒の塊を前に突き出すと、影のエネルギー砲が放出された。
これだけ高火力な攻撃ともなると生身で防ぐことは難しい。
「
光の盾を展開して、すぐに横に跳ぶ。
エネルギーを込めれば完全に防ぎ切ることもできただろうが、一瞬の時間稼ぎができればそれでいい。
砕け散った光盾の雨の中、気配を極限まで殺した暗空が飛び出してきた。
いつ着替えたのか、クノイチを連想させる衣装を身に纏っている。
暗空は深く沈み込み、オレの喉を掻き切ろうと手にしていたクナイを最短距離で伸ばす。
「ッ!」
不意を突かれたが咄嗟に手首を払って軌道を逸らした。
すかさず距離を取るために蹴りを繰り出すが、これを暗空は腕を立てて受け止めた。
体勢を整える余裕もなく、暗空の容赦の無い突きが校章目掛けて振るわれる。
オレは身体を捻り、左肩を内側に入れることでなんとか校章だけは守り抜いた。
肩に伝わる重い衝撃。
まさか暗空と肉弾戦になるとは思わなかった。
普段にも増して動きにキレがあることからこのクノイチモードは身体強化の効果も含まれているのだろう。
「暗空、少し本気を出すが後から恨まないでくれ」
「今更何を言って……ッ!?」
互いに望んでいない戦闘を長引かせる必要はない。
目まぐるしく入れ替わる拳と蹴りの応酬。その中でタイミングを窺う。
肉を引き裂こうとクナイを振るう暗空。こちらが距離を取ろうとするとステップを踏んで間合いを詰めてくる。
クナイ、突き、蹴り、手裏剣、影での強襲。攻撃から攻撃の繋ぎ目に一切の無駄が無い。
正直、身体強化を発動しているこの状態で五分五分といったところだろう。
それでもしつこく粘っていれば必ず綻びは生じる。
いや、無理矢理こじ開ける。
正面からぶつかり合う正攻法ではオレの体力が削られるだけだ。
恐らく糸巻もそれを狙っているのだろう。
だとしたらわざわざ付き合う道理はない。
戦闘において予想外の出来事。
それを意図的に作り出してしまえば2人に動揺が生まれるはずだ。
戦闘となったとき、まず初めに選択肢から除外されること。
それは。
「っ!?」
ぐしゃっという肉を貫く耳障りな音。
それと同時に焼けるような痛みが手のひらを襲う。
クナイを突き出した暗空が驚きのあまり目を見開く。
オレの右の手のひらを貫通したクナイ。
その手で暗空の手首を掴む。クナイがさらに深く突き刺さるが暗空の動きを封じる上で一番手っ取り早いのはこうするしかない。
まさか防御せずに攻撃を受けるなんて思わないだろう。
「オレが自分でしたことだ。気にするな」
目が泳いでいた暗空に小声で呟き、掴んでいた腕を引き寄せる。
その場に留まろうと僅かに抵抗を見せたが、こちらの力がそれを上回れば関係ない。
暗空がバランスを崩して前のめりになる。
その瞬間、初めに繰り出した倍の力で暗空を蹴り飛ばした。
反射的に腕を盾にして防御の構えを取ろうとする暗空。
だが、遅い。
腕のガードをすり抜けて腹部に強烈な一撃が入る。
次の瞬間、ピンポン玉を弾いたように暗空が勢い良く森の中まで吹き飛んで行った。
これには黙ってこちらを見ていた糸巻の表情にも驚愕の色が差した。
暗空が森の中を転がる衝撃音が収まると、オレの手のひらに刺さっていたクナイが消滅した。
恐らく気を失ったのだろう。
「流石に1回じゃ塞がらないか」
浅香の治癒の異能力で回復を試みたが出血の勢いが収まるだけで傷が塞がることはなかった。
もう少し時間を掛けて治療する必要がありそうだ。
とはいえ、今はその時間がない。
「神楽坂、お前スカした顔しやがって、頭のネジがぶっ飛んでんじゃねーのか?」
糸巻が呆れた口調で話し掛けてきたが、その声色から若干動揺していることが読み取れる。
「観戦はもういいのか?」
精神状態を乱すために煽りを入れる。
「ふざけるな。まあいい。そうやって冷静でいられるのも今だけだ」
経緯は不明だが、暗空を操ることに成功した糸巻の実力は暗空よりも上である可能性が高い。
しかし、ここで注意したいのは操ると言っても初見殺しのような能力もあるため一概にそうだと決めつけてはいけない。
ただ、北エリアに捕らえられていた10人を超える生徒。
敷島の忠告、暗空の発言を参考にするのであれば十分警戒するに値するだろう。
だからと言ってオレには現時点で恐怖心のようなものは芽生えていないが。
「
森の中からゆっくりと近づいてくる糸巻に牽制を入れる。
だが、糸巻自身防御をする素振りは見せない。
「
糸巻に直撃するギリギリのタイミングで円形の大盾が攻撃を防いだ。
「ったく、死にたいの?」
遅れて森の中から姿を見せた敷島ふさぎが複雑そうな表情で呟いた。
その言葉は防御を取らなかった糸巻に対して放たれたようにも聞こえるが、忠告を無視して糸巻と対峙することを選んだオレに向けられた言葉とも捉えられる。
敷島の表情から察するに恐らく後者だろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます