第104話 親子の確執と敷島の本気
—1—
ペア総当たり戦の前半が終わり、後半組と入れ替わったオレたち。
後半組のペア数は39。
このままでは1ペアが余ってしまうため、2対2対2の特別枠が設けられた。
その特別枠に選ばれたのは、浮谷と門倉、浅香と明智、火野と西城のペアだ。
ペアを組んで戦うこと自体初めてな上に3組が入り乱れる形。
通常であれば情報の処理が追いつかなくなりそうなものだが、無人島で行われる集団序列戦では十分起こり得るケースだ。
事前に体験できるという意味では良い機会だったのかもしれない。
「ねえ、神楽坂くんのところには序列戦のグループ分けの誘いはあった?」
グラウンド全体をぼんやり眺めていると、隣で同じようにグラウンドを見ていた氷堂に話し掛けられた。
「いや、ないな。そういう氷堂はどうなんだ?」
「私もないわ」
グラウンドから目を離さずに言葉だけを紡ぐ。
「集団序列戦の概要が公開されてからまだ数時間しか経ってないしな。動き出すには早いんじゃないか?」
「確かにそうかもしれないわね。でもすでにグループを組んでる生徒もいるみたいよ」
グループ分けの猶予は約2週間。
情報が開示された初日でグループを組んだとなるとお互いに心を許している仲間内である可能性が高い。
ルールを読む限り、序列上位者になればなるほど組む相手を選ぶのには慎重になるはずだからな。
もちろん無理にグループを組む必要はない。
報酬が半分になることが分かっている以上、自分より序列の低い相手と組むメリットはほとんどないからな。
それにグループを組まずとも場合によっては一時的に共闘するという手もある。
例えば教師と遭遇してしまった場面なんかが当てはまるだろう。
集団序列戦において教師は生徒にとって共通の敵だからな。
まあ、考えが変わってペアを組みたいとなったら最悪15万ライフポイントを支払えばペアを組むことができるみたいだし、そこら辺は柔軟に対応していけばいい。決して安くはないが。
「氷堂は意外と耳が早いんだな」
「偶然聞こえてきただけだよ。誰とペアを組んだかどうかなんてわざわざ隠すことでもないでしょ?」
「まあ、それもそうだな」
ペアを組むためには双方の意思が一致しなくてはならないという前提がある以上、対策の立てようがない。
それに1つのペアにばかり意識を取られるのはあまり賢いとは言えない。
敵は自分以外の全てだ。
「敷島さんいるでしょ」
「ああ」
「
2人の名前を聞いて記憶を辿る。
しかし、これといって引っ掛かるエピソードが無かった。オレの記憶している限りでは何か特徴のあるような生徒ではなかったはずだ。
強いて言えば、
「前期中間考査で成績上位に名前があった2人か」
「うん」
「何か気になるのか?」
この話題を持ち出したということは氷堂なりに何か気になる点があるということだろう。
「この3人は普段の学校生活でも一緒にいる所は見ないでしょ? そんな3人が短時間でペアを組んだのは不自然かなって思ったの」
「なるほどな。でもオレたちが知らないだけで実は仲が良いってこともあり得るだろ。オレも氷堂も積極的に人と関わり合いを持つタイプじゃないし、その手の情報には疎い」
「一緒にしないでよ」
「間違ってないけど」と、小声で呟く氷堂。
自分でもコミュニケーションを取ることが苦手だと自覚しているみたいだ。
話してみると案外話しやすいんだけどな。
序列上位者は他の生徒から距離を置かれがちだからこればっかりは仕方がないのかもしれない。
暗空、オレ、氷堂、岩渕、敷島。
1学年の序列上位5人を見てもそれがよく分かる。
「神楽坂くん、あれ不味いんじゃない?」
氷堂がグラウンドからギャラリーの端に目を向ける。
「だからなんで技を使わなかったんだって聞いてんだよ。あのタイミングなら盾を出すことだってできたはずだろ?」
「千炎寺って理由を言わないと分からないほど馬鹿なんだ。暑苦しいからあっち行って」
千炎寺と敷島が何やら揉めているみたいだ。
先程の試合内容について千炎寺が敷島に詰め寄っている。
後半組の試合を観戦していた生徒たちもグラウンドから視線を離し、2人の喧嘩に巻き込まれないように距離を取り始めた。
「俺を馬鹿にするのは百歩譲ってまだ許せる。だけどな、試合で手を抜いたら相手に失礼だろうが」
「うざっ、別に手を抜こうが抜かまいが私の勝手でしょ」
戦うことに対して誰よりも真っ直ぐな性格の千炎寺にとって敷島のようなタイプの人間とは相性が合わないだろう。
千炎寺の鋭い視線が敷島を射抜いているが、敷島は涼しい顔で流している。
「
「親父」
いつの間にか後半組の試合が終わったらしく、審判をしていた正嗣が駆けつけた。
「お前には刀の才能が無い。今は異能力を磨くことだけに時間を使え」
千炎寺に向けられる冷たい視線。
自分が信じてきたものを実の親に「才能が無い」の一言で切り捨てられてしまったら一体どれだけ傷つくだろうか。
「うるせーよ。なんだよ、俺のことは見捨てたくせに。今更何しに来たんだよ!」
千炎寺の心の叫びがグラウンドに虚しく響く。
「授業は終わりだ。今日はこれで解散になる。部活動がある者はそのまま向かってもらって構わない」
千炎寺の声に耳を傾けず、事務的な説明を進める正嗣。
そこに敷島が割って入った。
「授業も終わったことだし、例のあれ、やる? 男に二言は無いんでしょ?」
「ああ、その生意気な態度を改めさせてやる。親父、審判をやってくれないか?」
千炎寺が校舎に向かって足を進め始めていた正嗣を呼び止めた。
「わかった」
学院のルールとあっては正嗣も断ることはできない。
「俺、千炎寺正隆は敷島ふさぎに下剋上システムを申し込む」
こうして千炎寺と敷島による下剋上システムが行われることになった。
—2—
俺は物心が付く前から刀を振り回していた。
実家には道場があって、週末になると親父の指導を受けるべく東西南北様々な場所から名の通った実力者が集まってきた。
土曜日にはみっちり稽古を。
そして、日曜日には年齢、性別関係無しのトーナメント戦が行われる。
トーナメントには当然俺も参加していた。
しかし、いくら親父の息子とはいえ、流石に大人には敵わない。
素早さで劣り、パワーで押し負ける。
よくても1回戦突破が限界だった。
あるとき、道場に俺と同い年の少女が訪ねてきた。
スーツ姿の屈強な護衛を数人引き連れた少女は、自身の名を
名前を聞いて納得した。
三代財閥である暁家。その一人娘が彼女だった。
「赤髪だ! ねえ、君、勝負しようよ!」
赤いメッシュの髪が特徴的な彼女は、俺の姿を見るなり明るい声でそう提案してきた。
大人には敵わなかったが同年代となれば話は別。
刀の扱いに自信があった俺は勝負を受けることにした。
審判は親父が引き受けた。
俺と向き合った彼女は、黒い薔薇をモチーフにした剣を構えて静止した。
その瞬間、場の空気が飲み込まれるような感覚に陥った。
呼吸がしにくい。
彼女が放つオーラが俺の足を竦ませる。
戦う前に勝負が決するとはこのことを言うのだろう。
本物の天才を前にして俺は自分の力な無さを思い知らされた。
試合を間近で観ていた親父は、
実の息子である俺を放っておいて、雅にばかり時間を割くようになった。
「雅ばかりじゃなくて俺にも刀を教えて欲しい」
そう親父に頼んでも「お前は刀じゃなくて異能力を磨け」そう言われるだけだった。
なんで雅ばっかり。
俺は俺から親父を奪った雅に嫉妬していた。
道場に稽古を受けに来ていた顔見知りの大人たちから刀捌きを教わり、自己流で鍛錬を積む日々。
時々、雅と刀を合わせることがあったが結果は言うまでもない。
それでも俺は諦めなかった。
ここで諦めてしまったら俺は俺自身を否定してしまうことになるから。
刀を振るう親父の姿に憧れて血を吐くような努力を積み重ねてきた俺を。
そんな自分に嘘はつけない。
どんな相手にも全力で立ち向かう。
そして、いつか俺を見放した親父を超えてみせる。
—3—
「
正面からの攻撃は「
悔しいが今の俺の実力ではあの盾を突破する術がない。
だが、四方八方から無数に飛んでくるこの斬撃からは逃れられない。
設置型とでも言うのだろうか。
試合中に予め仕込んでおいた炎の斬撃が次々と音を立てて弾けていく。
その全てが敷島目掛けて襲い掛かる。
「攻撃は最大の防御って言葉があるでしょ」
敷島が両腕を左右に伸ばし、意識を集中させる。
すると、敷島を覆うように透明の球体状の盾が出現した。
「
炎の斬撃が盾に阻まれて虚しく散っていく。
この攻撃は決して威力が弱い訳ではない。その証拠に盾に傷がつき、ヒビが入っている。
が、割ることは叶わない。
「私は防御を極めることこそが最大の攻撃だと思ってる。攻撃を喰らわないほど防御を極めてしまえば負けることはないでしょ」
敷島は手にしていた白色の大盾を体の前に突き出したまま突っ込んできた。
防御を極めたとしても相手を仕留めることができなければ勝ち星を得ることはない。
やはり、攻める姿勢こそが戦闘において重要な要素だ。
「
斜めに振り下ろした緋炎が敷島の盾を捉える。
「
盾から飛び出した巨大な狼の牙が俺の繰り出した炎の斬撃を噛み砕く。
それだけではない。
炎の斬撃を噛み砕いたことで狼の牙が炎を纏ったのだ。
「総当たり戦と違って序列がかかってるから出し惜しみはしないよ」
次の瞬間、俺の視界は狼の牙に飲み込まれた。
「バトル終了。勝者、敷島ふさぎ!」
下剋上システムの結果。
敷島ふさぎ・1837BP
千炎寺正隆・559BP
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