第26話 ダークホース

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 ソロ序列戦5日目、予選最終日。

 ここまで来るとトーナメント表に名前が残っているのは、特待生の氷堂ひょうどう千炎寺せんえんじ暗空あんくうなど、大会前から名前が知れ渡っていた者ばかりになっていた。


 オレの身近な人物だと、明智あけち千代田ちよだ火野ひのも勝ち残っている。

 その中でも千代田は躍進を遂げ、一足早く決勝戦まで駒を進めた。


「か、神楽坂かぐらざかくんと西城さいじょうくんも今日は私のわがままに付き合って頂きありがとうございます」


「いやいや、僕もこのカードだけは直接この目で見ておきたかったからね。千代田さんに誘ってもらえて本当に感謝してるよ」


 体育館Cに設けられた小さな観戦スペース。その最前列にオレと千代田ちよだ西城さいじょうは腰掛けていた。


 西城はCブロックの2回戦まで進んだらしい。

 3回戦で敗退した後は、自分が戦ってきたブロックで誰が優勝するのか気になり、毎試合欠かさず観戦しているみたいだ。


「まだ予選なのに凄い人の数だな」


 大会自体が進み、勝ち残っている人数が減ってきたとはいえ、ここCブロックには大勢の人が集まっていた。


 西城の話によると、次に行われる試合はCブロックの中でもかなり注目されている1戦らしく、最前列の席を3席も確保してくれた千代田には感謝しかない。


「出てきたみたいだね」


 西城の声で視線をステージに向ける。

 まず、東側からピンク色の髪が特徴的な少女が出てきた。前髪をピンで留めていて、目はややつり目、手には小柄な少女とは不釣り合いな白い大盾が握られている。


 大会や総当たり戦、下剋上システムでは武器の持ち込みも認められているが、盾のみを持ち込む生徒はあまり見ない。

 大抵の人が盾と剣をセットで持ち込むからだ。

 彼女は防御に特化した戦闘スタイルなのかもしれない。


敷島しきしまさんの大盾は彼女の体格もあって実物より大きく見えるね」


 トーナメント表を見ると、西城はこの少女――敷島しきしまふさぎに敗れたようだ。


「次の対戦相手はクールガール敷島のようだね。クククッ、私は男女差別はしない主義だから全力でいかせてもらうよ」


 西側から姿を見せたのは黙っていれば金髪のイケメン、岩渕周いわぶちあまねだ。

 自慢の金髪を手で整え、独特な笑い声を発しながら敷島の前まで足を進める。


 大会前まで一切動きを見せていなかった岩渕だが、ここ数日で一気に優勝候補の1人とまで呼ばれるようになっていた。


「西城、岩渕の戦闘スタイルを教えてもらってもいいか?」


「岩渕くんはこれまでの4試合全て1分ちょうどで決着をつけているんだ。異能力は多分だけど、体の一部を硬化させる能力だと思う。今回は盾使いの敷島さんが相手だから岩渕くんがどう出るか見ものだね」


「硬化か」


 岩渕の試合を見てきた西城が言うのだからそうなのだろう。

 しかし、硬化という異能力だけで果たして勝ち進むことができるだろうか。

 火や水など属性を操る異能力に対して体の一部を硬化させる異能力がどれほど通用するものか。火力で押されてしまったら勝ち目はないように思える。


「神楽坂くん、どうかしたかな?」


「いや、なんでもない」


 ここで考えていても仕方ない。試合を見て判断するとしよう。


「い、岩渕くんばかりが注目されがちですけど、私は敷島さんも凄いと思います。これまでの全4試合ノーダメージで勝ち上がってきているので」


 千代田はこの試合の勝者と対戦することになる。

 どちらかではなく、両者の強みと弱みを把握することが大切だ。


「そうだね。敷島さんの大盾を突破するにはかなり高火力な異能力じゃないと難しいと思うよ」


 実際に敷島と戦った西城がそう答えた。


『それでは、ソロ序列戦Cブロック予選5回戦2試合目を始めます』


 審判を務める保坂ほさか先生の声が体育館に響き、雑談をしていた会場内が静まり返った。


『バトルスタート!』


 Cブロックの会場は、ステージ全面背の低い草が生い茂っているだけのシンプルな造りだ。

 Dブロックとは違い、視界を遮る障害物は存在しない。


 試合開始の合図の後、すぐさま敷島が大盾を構えて防御の姿勢を取った。

 一方の岩渕は敷島の盾に向かって一直線に駆け出していた。普段マイペースな岩渕がこんなにも機敏に動いているとなんだか違和感があるな。


 あっという間に間合いを詰めると、岩渕が拳を握り締め大盾に正拳突きを放った。盾と拳とがぶつかり鈍い音が響く。


 ここまでで12秒。


 かなり強烈な一撃に見えたが敷島の盾が揺らぐことはなかった。

 その様子から敷島が時間をかけて防御技を磨いてきたことが窺える。


「クククッ、硬化した私の一撃を防ぐとはなかなかのものだねぇー。だがね敷島ガール、防御一辺倒の君のスタイルでは私は超えられないよ」


 岩渕は正拳突きを放った手とは逆の手で大盾に触れた。


「!?」


 次の瞬間、岩渕の攻撃に余裕で耐えて見せた大盾がいとも簡単に砕けてしまった。岩渕は大盾に触れただけで攻撃を加えた様子はない。


 盾を失い、唯一の武器を失った敷島は腕をクロスさせて迫り来る岩渕から身を守る態勢を取った。


「1分だ」


 岩渕の容赦のない一撃が敷島のクロスさせた腕に入る。

 敷島は勢いそのまま体育館の壁に激突した。

 保坂先生が倒れた敷島の顔を覗き込み、試合が続行できるか確認を取る。


『敷島ふさぎが戦闘不能のため、勝者、岩渕周!』


 思わず息を呑んで試合の展開を見守っていた生徒たちも試合終了の合図を聞き、一斉に歓声を上げた。

 それと同時に倒れた敷島の心配をする声も上がっていた。


「岩渕くんか……」


 次の対戦相手が決まり、千代田が会場から去って行く岩渕の姿を見つめていた。

 今日の試合を見た限り、恐らく岩渕の異能力は物体の硬さを自在に変えることのできる異能力だろう。


 西城が予想していたように肉体の一部を硬化させるだけならまだ千代田にも勝ち目はあったが、物体そのものの硬さを変えることができるとなると色々と応用ができそうで厄介だな。


 とはいえ、千代田の風を操る異能力は岩渕の異能力に影響されないし、やり方次第では面白くなりそうだ。

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