〇1度も負けたことがない男

第13話 浮谷と土浦と西城の関係性

—1—


「おはよう神楽坂かぐらざかくん」


「おはよう西城さいじょう


 週が変わり月、火、水と平凡な学校生活を送り、残すは木、金の2日。

 寮から学校に向かう途中、朝から爽やかな笑顔を見せる西城に声を掛けられた。


「高校生活ももう1週間だね。神楽坂くんはどう? 学校にも慣れたかな?」


「そうだな。ようやく慣れ始めてきたってところだな。そういう西城はどうなんだ?」


「僕もやっと生活リズムが掴めてきたところだよ。恥ずかしい話なんだけど、実家にいたときは料理とか洗濯とか親任せにしていたところがあったから苦労してるよ」


 西城が頬をかきながら白い歯を見せる。

 傍から見ると完璧そうにみえる西城のことだけに意外だな。


 西城以外にも料理、洗濯、掃除など、その他家事全般をこの学校に来て初めてやったという人は少なくないだろう。

 オレはほんの少し経験があったからまだよかったものの、そうじゃない人はさぞ戸惑っているに違いない。


「そういえば今日は2回目の総当たり戦の日だね」


「そうだったな」


 毎週木曜日の異能力実技の授業は1対1の模擬戦を行うことになっている。

 毎回対戦相手を変え、勝敗は全て記録される。


 前回はペアを組むことにかなりの時間を使ってしまったから今回はスピーディーに決めてしまいたい。

 いつまでも残っていると、また鞘師さやし先生に目をつけられかねないし。


「西城の戦績はどんな感じなんだ?」


「僕は神楽坂くんと戦ったのが引き分けで、その次は負けちゃったよ」


「1引き分け1敗か」


「そんな改めて言わなくてもいいじゃないか。神楽坂くんは意地悪だな」


「いや、オレも同じだぞ」


「神楽坂くんは特待生の氷堂ひょうどうさん相手にほとんど互角だったじゃないか。あれは僕からしたら実質勝ちみたいなものだよ」


 西城が無茶苦茶なことを言い始めた。実質も何も実際負けたのだが。

 西城とそうこう話している内に校舎が見えてきた。当然だが、生徒の数も増えてきた。


「おう西城、久し振りじゃねーか」


 下駄箱で靴を履き替えようとしていたら、赤いネクタイをした長身の男が近づいてきた。


 異能力者育成学院は、学年によって男子はネクタイ、女子はリボンの色が決められている。

 1年生が青、2年生が緑、3年生が赤色だ。

 つまり、この男は3年生ということになる。


土浦つちうら先輩、お久し振りです」


 西城が立ち止まり、頭を下げる。


「なんだよ、よそよそしいじゃねーか。入学してたなら声ぐらい掛けに来てくれてもよかったんだぜ。なあ浮谷うきや


「土浦先輩、西城こいつ高校入ってからますます真面目キャラに磨きがかかったみたいなんでダメっすよ」


 土浦の背後に隠れていた1年生の問題児、浮谷直哉うきやなおやが煽る様に笑う。いつも浮谷の周りに控えている取り巻きは見当たらない。


「そうか。中学のときは色々あったが、西城、この学校ではお互い楽しくやろうや。どのみちお前の異能力じゃ序列上位に入ることはできないだろうけどな」


「そうですね……」


 序列24位の土浦が言ってやったとばかりにニヤリと口角を上げる。

 一方、西城は悔しそうに地面に目を伏せた。


「それでそっちのお前、名前は?」


 西城に対する興味が尽きたのか、土浦の視線がオレに向く。


神楽坂春斗かぐらざかはるとです」


「そうか。神楽坂、今日は気分が良い。2年先輩の俺から1つアドバイスしてやる。この学院で上を目指すなら弱者とつるむのは考えた方がいいぜ。特にこいつみたいな爆弾は早めに切り捨てるべきだ。自分の身のためにもな」


 下唇を噛む西城のことを指差しながら一方的にそう言うと、「じゃあな」と手を上げ、浮谷と共に去って行った。


 土浦とオレは面識こそないが、入学初日に出会っている。

 入学式終了後、寮の近くにある公園の横を通りかかったとき、土浦は下剋上システムによるバトルを明智あけち千代田ちよだに持ち掛けていた。


 オレは距離を保ち、木の影からバトルの様子を見守ることに決めた。

 バトルの終盤、危険を察知したオレは砂煙に紛れて明智と千代田を救出した。

 視界が悪かったから土浦は誰がバトルを妨害したのかまではわからなかったようだ。


 もし犯人がオレだとわかっていたらもっと早くに接触してくるはずだからな。


「西城、おい西城!」


「あ、ああ」


 何度目かの呼び掛けで西城が反応した。


「大丈夫か?」


「うん、大丈夫だよ。ははっ、それにしても神楽坂くんには情けないところを見られちゃったな」


 肩を落として力なく笑う西城。とても大丈夫そうには見えない。

 土浦と浮谷との会話から察するに西城が何か大きな悩みを抱えていることは明らかだ。


 しかし、今のオレには西城にかけてやれる言葉が見つからなかった。

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