第5話 いっかいめ

「では授業の開始です。この時代に合わせて自己啓発書の中からお気に入りの考え方を教えましょう」


 久守機構のお金口座。公園の休憩所にて開幕。


 コホンっと咳払いひとつ。彼女は言った。


「言うは易く行うは難し。授業前に公園で遊んできてください」


「え?」


 雨は戸惑う。高校生になって170㎝の長身が、小学生の低学年に混じると目立つ。目立つ、かつ、恥ずかしい。子供たちから注目の的になるのは必須だった。


「ある企業家は、社長に必要な条件に行動力をあげます。例えばヒッチハイク。東京から北海道までヒッチハイクして行けるかどうか? 普通の人は、ヒッチハイクなんて馬鹿げた行動をとりません。しかし、社長は違う。トップに立つ条件として、自ら動き、人を惹きつける、人たらしの才能が必要なのです」


「1回目の授業は、人たらしになれってこと?」


「いいえ、違います。とにかくやってみれば分かります。公園に行って子供に混じって遊んできてください」


「わ、分かったよ」


 ええい、ままよ、どうにでもなれ。


 雨は恥ずかしさを堪えて休憩スペースから砂場へと身を移る。


 園児に混じって砂場を掘り、ジャングルジムを駆け上がり、ブランコして、シーソーに乗った。頭を空に、猿になって園内を回る。15分ほどの遊戯で終了し、少しの汗とともに休憩所に戻った。


「ご苦労様です」


 久守機構からタオルを渡される。指令通り、遊んでみたものの恥ずかしかっただけに思える。


「で、いったいどんなお金の授業をやってくれるの?」


「はい、簡単に説明します。あなたはなぜ私の命令に従ったのですか?」


「えっと、それは、あなたが時空警察だから」


 国家権力は偉い、だから従う。単純な発想。


「ちょっと違います。雨が私に借金をしているからです」


「はい」


 時空警察に1000万。二十歳の元の借金が1000万。


「雨が不幸な出来事にあっているから、私の言うことを聞いたのです」


「え、つまり?」


「はい、1回目の授業は人生を変える方法を伝えます」


 ――不幸な出来事に出会う。


「人生を変えたいと思ったら、不幸になることです」


「はい?」


「病気になり、健康な生活が送れなくなる。親と別れる。会社がクビになる。多額の借金をする。何でもいいです、今の生活が成り立たなくなるくらいのアンハッピーに遭遇する。これが人生を変えるコツです」


「はい」


「雨は将来、放蕩します。しかし、今は節約を頑張ろうとしている。違いますか?」


「その通りです」


「節約しようとしてるのは、なぜ?」


「それは、借金があるからです」


「はい。本来、雨はお金について詳しくありません。しかし、多額の借金を背負い、不幸に出会い、幸福なことに、お金について勉強しようと思い立ちました。これも一つの人生を変えるきっかけでは、ありませんか?」


「確かに。その通りです」


 人生を良くしたい。もっと金持ちになりたい。そんな人は不幸に出会うと、嫌でも今dの生活が変わります。


「ちょっと待ってください」


 雨が否定する。人生を良くするのに辛い出来事を引き合いに出すのは卑怯に思われた。そんなの、勉強したければ、引きこもりになったほうがいいという強引な理論と一緒だ。


「先生、クオリティーオブライフって言葉をご存知ですか?」


「はい、人間らしい生活を送り、幸福を見出すことですね」


「不幸に出会い、幸福度を下げるのはお金の授業として間違っていると思います」


「でしょうね。では、今回の授業で一番大切な概念をお伝えします。人生を変えるもう一つの金言。それは、」


――応募する。


 雨は息を止める。応募する。パッと言われただけでは意味が分からない。


 久守機構はカバンの中から本を取り出す。『夢をかなえるゾウ』昔のベストセラー本。


「神様のガネーシャは最後にこう言います。人生を劇的に変えるには、誰かに才能を認められること。誰かに才能を認知されれば、自分の人生は変わる。そして、才能を認めてもらう一番の方法が『応募』することです」


例を挙げればキリがないですが、成功者に共通しているのは、どこかのタイミングで「応募」しているということです。


・ウェブサービスを作った人

・合わない会社を飛び出して転職した人

・小説を書いて応募した人

・起業した人

・ブログを書いた人


自分自身が評価される状況に身を置いた人が成功者になります。


「雨さん。あなたは良い意味で人生の分岐点を迎えました。一つは多額の借金という大不幸を背負ったこと。もう一つは応募するチャンスを得たことです」


「やけにポジティブですね、でも、そうか。借金を返す方法として、お金の節約を学ぶと同時に、成功者になるという方法もあるんだね」


「はい。情報発信するんです。ブログを書くというのも小さな応募ですよ」


 もちろん小説投稿サイト『カクヨム』を利用して、ロイヤルティプログラムに参加し、小さなコンテストに小説、エッセイを出すというのも立派な応募です。

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