101 不沈のバカ


「本気で来いやァ! でなきゃ女も揃って経験値だァ!!」


 モブキャラが頑張る主人公覚醒イベント、はーじまーるよー!

 ちなみに状況は一歩間違えれば相手の心を折りかねないのだけれど、相手は主人公なのできっと何とかしてくれると大本営が発表していたので何の問題も無いです!!


 大本営が何かって? 俺に聞かれても困る……。


「桜井ィィッ!!」


 さて原作ゲームにおける主人公『天内 隼人』は膨大な数のスキルを身につけることができるため、多種多様な戦闘スタイルを持っていた。

 例えば『三天シリーズ』によって敏捷度と回避力を上昇させた紙装甲高速戦闘スタイルだとか、状態異常をコレでもかと叩き込み続ける呪術師スタイルだとか。

 変わったところだと仲間を魔物使いで固めた上で、魔法の力で魔物に姿を変えてバフを貰って地上最強のゴブリンごっこをするネタ戦闘スタイルもある。


 なおダンジョンは基本的に地下に進んでいくのでいくら地上最強のゴブリンでも死ぬ時は普通に死ぬ。

 自分が死ななくても魔物使いの仲間が死ぬとただのゴブリンになるのでやっぱり死ぬ。


 十人十色の戦闘スタイルを体現する主人公だからこそ、選んだスキルや装備品にはプレイヤーの趣味や考えというものが色濃く現れるものだ。


「『神士聖装しんしせいそう』ッ!」


 天内の咆哮のような叫びと共に稲妻のように迸る魔力が奴の手足の武具を覆うように纏わりつき、そのサイズを一回り大きくした。

 それは幾つかの制限を満たした武器や防具の能力補正値を、そのまま自身に付与する『付与魔法エンチャント』の一種だ。

 原作では物語が進むほど、特に終盤に踏み込んだ辺りから上昇する能力値補正が同時期のバフ系魔法に劣るなどコストパフォーマンスと性能の面で陰りを見せていき有用とは言い難いスキルではあった。


 では逆にこのスキルのメリットとは何かと言うと、序盤のスタートダッシュが楽になるというところだ。


 なにせゲーム序盤は装備もアイテムも魔法も貧弱、バフ系魔法に至っては習得者が誰も居ない状態である。

 そんな中で学園が休みの日にでも地元の騎士団に話し掛ければ覚えることができる『神士聖装』は同時期に手に入る装備品の攻撃力やら防御力を追加で乗せることができるようになる。


 早い話が武具の装備数を二倍にするようなもの。

 装備品の攻撃力や防御力などの能力値補正を実質倍にできるのは勿論のこと、優秀な特殊能力を持ちながらも性能が低い武具を装備しておきながら特殊な能力がない代わりに能力値補正が高い武具を『神士聖装』に指定することで『特殊能力』と『高い能力値補正』を両立するなどの使い方もできる。


 『設定できる武具の品質レアリティに上限がある』という制限から割合で補正をかけてくるバフ系魔法が登場し始めると段々微妙なスキルになっていくのだが、だからこそ序盤においては強いスキルになるように調整されているのだろう。


「(後は現実化に伴って、魔力さえあれば何時でも武装できるってメリットが増えた辺りか。であれば徒手空拳メインのスタイルにしているのもわからんでもないな)」


 迫りくる天内を前に俺が取る行動は当然の如く後退だ。

 徒手空拳の問題点はその射程距離があまりにも短いこと。対して俺は糸繍スキルで擬似的な遠隔斬撃を放つことができる。

 相手の攻撃が届かない距離からこちらは攻撃できるのだから、わざわざ好き好んで天内の土俵に入り込む理由はないのだ。


「『聖闘派』――」


 だから天内もまた当然の如くその距離を潰すためのスキルを発動する。


「――『迅雷じんらい』ッ!」


 それは原作において俺の持つ『残火煙』と同種の回避率上昇スキル。

 発動時に自らのHPを消費するというデメリットが存在するが故に、『残火煙』以上の上昇率を有する技。


 また『聖闘派』というスキル群には副次効果として『人型の敵』を相手にした場合、スキルの攻撃力や効果量が上昇する特性がある。

 もしもそれが今この場で適用されているのであれば、天内が使用した『迅雷』の回避率上昇効果は『残火煙』の約1.5倍ほどになる。


 そしてその上昇率の差が現実においては速度差という形で現れ、帯電した脚部が踏み込んだ瞬間に足元で爆ぜた稲光を置き去りにするかのような超加速を天内に齎す。


「(チッ、ここまで速いか!)」


 俺は天内が踏み込んだタイミングに合わせて片手剣を振ろうとする。

 しかし想定を超える速度で懐に入り込んでくる天内を見て、俺は刀身による斬撃を諦めて勢いそのままに迷わず片手剣を投げつけた。


「ッ!」


 最短距離を突進するかのように駆けてきた天内は投げつけられた剣を前に急停止、上体のみを右に仰け反らせるスウェーによってそれを避ける。

 俺は追撃に張り巡らした糸を使い遠隔斬撃を放つもののなんと天内はこの薄暗い森の中で糸の軌道を完璧に読み切って、前へ前へと踊るように糸を掻い潜ってくる。

 そこに『聖闘派、迅雷』による加速をこまめに合わせてくるので懐に入り込まれるのも時間の問題だ。


「突進一辺倒じゃないってかッ!」


 この様子だと設置罠どころか糸繍スキルそのものが効きそうにないと判断した俺は張り巡らせていた糸を総動員して足元から生える大量の草木を糸に絡めて跳ね上げる。

 細かい草木の数々が天内の前面にブワッと広がり、その顔へと吹きかかる。

 その目くらましに突然の急ブレーキを余儀なくされた天内が体勢を立て直すまでの間に俺は自分から奴の懐へと踏み込んでいく。


「(糸繍は効かない、剣も遠い。先手を取るなら徒手空拳の方が早い!)」


 天内くん! 君の土俵では戦わないと言ったがあれは嘘だ!

 毎朝アイリスとの鍛錬にて培ってきた冥府直伝の徒手空拳スキル、『魂撃』の力を今こそ見せる時!

 さっき蹴り飛ばされた分のお返しはしっかりやらせてもらうぜこの野郎!


「『魂撃・渡り五紋』ッ!」


 右フックからの裏拳、蹴りが二連に左ストレートのコンビネーションが天内に襲いかかる。

 対して天内は草木の目くらましの中から俺の拳が現れた瞬間、左腕をコンパクトに折りたたみ顔の横に持ち上げることで俺の右フックを弾き返す。

 出だしを挫かれた俺は即座に裏拳を中止して右フックが弾かれたことで自然と前に出た左手を使い天内がガードに回した左腕を掴み取るものの、彼奴は冷静に腕を内から外へと回す円の動きの力で俺の腕を払い除けた。


「マジかっ」

「ハァッ!」


 俺の先手は失敗に終わり、今度は天内の手番ターンだ。


 失敗のツケは小細工なしの正拳突きで支払われる。

 腹部に伝わる衝撃に続き、今度は顔面狙いの拳が迫りくる。

 奥歯を噛み締め、俺は頭を勢いよく突き出した。


「ぐっ……!」

「アッハァッ!!」


 顔面狙いの拳が最大限の威力を発揮する地点からわざとぶつかりに行ったことで威力が乗り切る前の打撃を潰す。

 意図せぬ位置によるインパクトは俺に想定以下の衝撃を、天内の拳に想像以上の反動を与えて一瞬の苦悶を浮かばせる。


 仮に天内がしっかりとした籠手を付けていなかったのならば、奴の拳は最悪砕けていたかもしれない。

 それほどまでに打点を正確に殴りぬくことは徒手空拳において重要なことだ。


「その、程度で……怯んでんじゃねぇぞッ天内ィ!」


 明滅し揺れる視界の中で俺は更に天内に急接近した。

 いや、正確には額から伝わった衝撃に脳を揺らされぐらついた身体を無理やり前に動かしたと言ったほうが正しいか。


 それでも忘れないのは笑顔と見栄。効いてるけれども効いてないフリをして圧をかけてやる。

 そんな俺の様子にバルダサーレとの戦いでも思い出したのか、反応が一拍遅れる。格闘戦の間合いにおいては致命的な隙だ。


「『魂撃、一周鬼掌いっしゅうきしょう』ッ!」


 どうせ前に倒れるならばとガムシャラに放つ掌底は『魂撃』スキルの中でも最大の威力を有している技だ。

 当たれば儲けもの、当たらずとも相手が避けて距離を作ってくれるならば一呼吸入れられる。

 視界を正常に戻したい俺としては後者の対応を取ってくれと願わずにはいられない。


 しかし俺の願いは目の前で発生した円形の火花と共に虚しくも散った。


「は?」


 俺の掌底に対し、気後れから復帰した天内が行ったのは防御でも回避でもなく迎撃であった。


 天内が繰り出したのは俺が額で受けた拳とは逆側の腕。

 後ろに向かっていた引き手が小さな腰の回転に合わせて下から突き上げるようなアッパーカットへと変わり、俺の掌底を真下から殴りあげる。

 そして偶然か否か、触れ合った瞬間に発生したのは「ジャストガード」か「ジャストアタック」の成立を知らせる円形の火花。

 そのどちらが成立したのかは不明だが、ともあれ跳ね上げられた掌底には痛みが走り俺は無防備な身体を天内に晒す。


「――」

「(あ、痛そう)」


 天内が小さくも深い息を吸った。


 手刀による面打ち、レバーブロー、フック、裏拳、蹴りを織り交ぜ拳に戻る連続攻撃。

 首狙いの手刀を受け止めたなら、手首だけが折れ曲がり俺のうなじを打ち据える。

 両手同時に放たれたはずの拳を受けんと防御に手を回せば拳が掴みに変わり腕を取られて投げ飛ばされる。

 重心の傾き、僅かに浮き上がった右の後ろ足を見て右のハイキックが来ると読んでも実際に放たれたのは右爪先を軸にした左のハイキック。


「ハァッ!」


 絶え間なく放たれ続けるそれをなんとか捌こうにもスキルに頼らぬその動きに俺は翻弄され続ける。


「ガッグッ、ごがっ、げふ!?」


 見抜けぬならば攻撃を受け、見抜けたとしてもその攻撃が想定しないものへと変化する。

 それらは俺と天内の間にある圧倒的な技量の差に裏付けられた虚実織り交ぜた攻撃の数々。

 連打に合わせて幾重にも重なり飛び散る『円形の火花ジャスト』が戦いの主導権がどちらにあるかを知らしめる。


 これが技に拘っていた檜垣のような相手ならば、動きの始動からどのスキルが発生するのかを読んで対処することができた。

 これが身体能力スペック頼りに近い七篠のような相手ならば、何度か防ぎきれれば行動パターンから対処することができた。


 天内はそのどちらでもない。

 技に拘らず、身体能力を過信せず、積み上げてきた技量によって最適な選択肢を選び取る。

 タダでさえ対人戦闘が苦手な俺の特に苦手なタイプの戦闘スタイルを天内は身につけていた。


「『聖闘派――飛動ひどう』ッ!」

「のわっ!?」


 腕を極められ、そのまま投げへと繋げる締めとなる技。

 幸いにも後の動作がわかりきっているスキルであったからこそ、俺は投げの途中で天内に蹴りを叩き込みその拘束から抜け出すことに成功した。


 腕を突き立て大地を転がる身体を止める。

 膝立ちになりながらも顔を上げれば視線の先には隙無く構えを取る天内の姿があった。


「ゼェ……ハァ……!」


 それでも連続攻撃で動き続けてきた代償に天内の呼吸は乱れ、上下する肩が隠しきれていない。

 俺もまた呼吸を整え『気功(中)』のスキルによって痛みを和らげ体力の回復を図る。

 勿論、それを悟られぬように笑みを浮かべてゆっくりと余裕があるように立ち上がる。

 実際には殴られた節々が痛くてゆっくりとしか立ち上がれないだけなのだが。


「(ふふふ、思ってたよりも真っ当に強いやんけ……!)」


 調子に乗って相手の土俵に立った結果がこのボコボコ具合なのだが、俺は天内を更に追い詰めるために自分のしぶとさを信じて余裕を騙る。


「バルダサーレの言ってた通りだな。お前はまだ、こんな状況なのにまるで本気じゃない」

「まだ、そんなことを……!」

「諸々が小賢しいんだよ。あれこれやっといて結局使ったスキルは『迅雷』と『飛動』の2つだけ。通常攻撃だけでボスキャラ倒せると思ってんのか? 舐めプにも程があんだろ」


 大地を転がった時に口内に入った土を唾と共に吐き捨てつつ、言葉を弄して天内の焦りを助長させる。


「金的も目潰しもしねぇ。首は狙うが喉は狙わねぇ。早めに倒さなきゃいけないってのに威力の高いスキルも使わねぇ……その余裕の代償を払うのが赤野だとわかってやってるのかテメェ?」

「――ッ!」


 射殺すような視線を笑って受け流す。

 きっとそれは天内が俺を殺さずに終わらせるためにあえて取らなかった手段のはずだ。

 良い意味で「優しい」、悪い意味で「甘い」。どちらにせよ俺はそんな天内の気持ちを踏み躙る。

 ついでに言外に「もっとスキル使ったほうが良いよ、てか使え」と自分が有利になるように誘導もしておく。


「(剣は……天内の向こう側にあるし、使わない方がいいか。刃物を前に頭を冷やされるよりも、殴り合いで立ち上がり続けてヤケを起こさせるほうが化けの皮が剥がれるだろ)」


 対峙する天内の後方、遠目に映る木に刺さっている片手剣を一瞥した後で拳を構え直す。

 俺もそれに合わせてニタニタと軽薄な笑みを続けながら拳を構え直した。


「(つか、レベリングになってんなこれ)」


 俺はふと視界の隅にあるログを見て天内に殴られれば殴られるほどに『打撃耐性』の経験値が入っていることに気が付いた。


 原作において耐性系スキルは該当する攻撃を戦いの中で受けるか、戦闘外で専用の特訓をすることで入手するものである。


 俺もそれに習って幼少期に原作で主人公が行っていた『護摩行ごまぎょう』に手を出して燃え盛る炎の前で念仏を唱え続けたことがあるのだが、結局それでは何の経験値もスキルも手に入らず火傷を負うだけに終わったことがある。

 そして実際には檜垣との戦いで彼奴の振るう『火剣』に晒されたことで始めて耐火性のスキルを身につけることができた。


 むしろ何で原作主人公は護摩行で耐火性を手に入れることができたのか疑問でならないのだが……それはともかく。


 「もしかしてこの世界における全ての耐性系スキルは戦闘を通じてでしか手に入れることをできないのではないか?」という考察を一度はしてみた。

 しかしそれはいつの間にか覚えていた魅了状態無効化の耐性スキル『水面を眺める者ナルキッソス』によって否定された。俺はそれの取得に気がつくまで魅了状態になる攻撃を一度も受けたことが無かったからだ。

 そして色々と考えた結果、俺はダメージ軽減に関わる耐性系スキルはそれに対応した攻撃を受けることでしか得られないのではないかという仮説を立てている状態だ。


 このことから俺が何かの耐性を得るには『どっかのクソDV野郎バビ・ニブルヘイム』の時のような超長時間耐久戦をするか、誰かのサンドバッグになるのが一番わかりやすく手っ取り早い。


 そしてそんな機会は中々無いもので、ましてや天内のような『殺せずの拳闘士グラップラー』が相手になってくれる機会も稀だろう。

 コレに関しては全く想定していなかった偶然の産物なのだが、天内を追い詰める戦いは結果的に俺の『打撃耐性』スキルのレベリングになるのだ。


 なので天内が本気になって殺しに来るまでは俺は延々とサンドバッグになり『打撃耐性』の経験値を稼ぎ続けることができる。であればこの機会を逃すのも勿体ないというもの。

 もちろんそれは奴の攻撃に俺が耐え続けることが前提なのだが、なーにこと『しぶとさ』においては俺の右に出るものなど存在しないからなんとかなるやろ!


 邪神とは言え神をサンドバッグ扱いしてきた俺が、今ではそれをされる側とは中々因果なものである。

 それはそうと経験値が入るなら大喜びでボコボコにされてやるんだけどな!!


「さーて赤野の体力は後どれくらい持つんだろうなァ! 急がねぇと死ぬぞ! ほれ死ぬぞ! それが嫌なら殺すつもりで拳を握れェ!」


 目的までの過程にレベリングが加わったなら必然的に俺のテンションは右肩上がり、煽り台詞にも力が入る。

 俺は目を見開きどこまでも嘲笑するかのようにゲラゲラと笑いつつ、何度も何度も天内へと襲いかかるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る