093 驚きの事実

 みんなあまり知らないと思うけど、腕って切り落とされると結構痛いんだ。


「まさか肉体に痛覚があるなどとは、この桜井の目を持ってしてもわからなんだ」


 宿から逃げ出した俺は適当な路地裏で回収した左手を『糸繍』スキルを使ってササッとつなぎ合わせ、その上からポーションを惜しむことなくドバドバとかけていた。

 傷口がまだ新鮮だったことや綺麗に斬り飛ばしてくれたこともあって、左手は思っていたよりも簡単に繋がったものの動きは少々ぎこちない。


 とりあえず適当な布地を三角巾代わりにして左腕をぶら下げておこう。

 ポーションがちゃんと浸透すればそのうち万全に動かせるようになるのはおじさんとの実践稽古で証明済みだ。


 しかし意表をついて切り抜けたとは言え、地力の違いを思い知らされた戦いだった。

 おじさんほどではないとは言え一撃一撃が速く、そして重い。

 反撃を考えず防戦に徹するならばなんとかなるが、奴を倒すとなると厳しいものがある。

 それに加えて相手はまだ『世界介入』による反則技チートまで持っているのだから、『単独で倒せるような相手ではない』というのが正直な感想だ。


「まぁ何かあったらおじさんと天内のタッグぶつけりゃなんとかなるか。別に俺がわざわざ倒しに行くこともないしな」


 ボスキャラとしての経験値には魅力的だが、そもそも倒せるかどうか不明な時点で経験値稼ぎの相手としては不適当だろう。


 レベル上げとは、楽に勝てる相手に勝ち続けることを第一とする。

 いくらボスキャラの経験値が高くとも、奴を倒す手間暇を別の魔物狩りに傾けたほうが得られる経験値は結果的に多いのだ。

 しかも格下相手であれば俺が一方的に狩り続ける事ができるので更に長時間のレベル上げに没頭することが可能。想像するだけで変な笑いが漏れそうになる。


「フヒッ」


 漏れた。


 まぁそういうわけで、何やら企んでいそうな雰囲気はあるものの余程のことがない限りは今後七篠にも、黒曜の剣にも進んで関わることはないだろう。


 そんなことよりも今は目先の利益、というか愚者の首飾りだ。

 俺の学園祭における目的を忘れることなどあってはいけない。


「しっかしどうしたもんかな。士官学校の連中が戻れば宿での争いはバレるだろうし、引率っぽい騎士も殺されてるし、学園祭中止とかならないだろうな……?」


 もしそうなったらそれこそ強盗に走るしか無くなるのだが、その場合は学園長と戦う羽目になるかもしれん。


 学園長の手の内は設定で知っているがゲームでは戦うことがないキャラクター。

 アヌビス神と同じオブジェクト扱いの存在だったので対策はできても、実際に戦うとなると苦労しそうである。いよいよとなったら襲いかかるけど。


 ともあれひとまず自宅に戻るとしよう。

 結果的にアイリスを放置することになったので、僅かばかりの良心が心配の声を上げている。

 前よりかはだいぶ精神的に落ち着いてきた気はするものの一抹の不安が残るのだ。

 というか長時間離れているとそれに比例して合流後に引っ付いて来るしな……。

 それ自体は別に好きにしてもらって構わないのだが、筋トレ中に引っ付いてきた挙げ句に「いい感じに重い」と言うとデリカシーが足りないと怒り出すのはやめて欲しい。



 道中で使用した分のポーションを買い足しながら街を歩いていく。

 やはり学園祭は一大イベントということもあってか、屋台や商店の店員が精力的に活動しており、それに釣られた人々で表通りは賑わいに溢れている。

 俺もその雰囲気に流されたのか、ついつい仮装衣装を購入してあれこれ変装を繰り返し、変装スキルのレベル上げをしながら歩いていく。


「ん? あれはルイシーナと……ユリア? なんであんなところに」


 視線の先に写ったのは学園祭で何かと好き勝手動き回っているルイシーナと、レースを終えたのであろうユリアの姿。

 ルイシーナが建物の壁に背を預けて興味なさげにりんご飴を食べているのに対し、仮にも王族であるユリアは角に身を寄せ、物陰から向こう側を伺っているという不思議な場面に遭遇する。


 何をしているのかと注視していると俺に気がついたルイシーナがユリアをつついて俺を指差し、ユリアは手招きをして俺を呼び込み始めた。

 なんとなく厄介そうな気配を感じた俺は踵を返して逃げ出したものの、残念ボスキャラからは逃げられないとばかりに腕を伸ばしたルイシーナが俺の襟首を掴んでまるで魚のように釣り上げる。


「ぐえっ!?」

「ルイシーナ、少々手荒じゃないかい?」

「亨を呼び寄せるならこれくらいで丁度いいのよ。貴方も即座に逃げ出すの見たでしょ」

「ふむ……なら仕方がないか」


 本人の同意を得ていない一本釣りの時点で許されることは無いと思うのですけれど?


 吸血鬼の魔物『フルード・ヴァンパイア』に適合した魔人のルイシーナの身体は液体に近いものになっている。イメージとして近いのはスライムのそれだ。

 そしてその身体を伸縮させたり、形を変えたりすることで、どっかのゴム人間のマネごとのようなことができるのだ。


「けほっ……んで、お姫様が俺のような下賤の民にどのようなご用事なんですかねぇ?」

「すまないね。ちょっと一緒に見てもらいたいものがあって」

「見てもらいたいもの?」

「アレだよ」


 言われるがままに物陰から顔を出す。

 その先にある階段を下った場所には広場があり、そこに何やら人々の集まりができているのを見下ろすことができた。


 集まっている人間の大半は鎧を着込んだ士官学校の騎士見習い達、その中にポツポツといる冒険者学園の生徒たちも見える。

 彼らは円を作るように集まっており、その穴にあたる部分では二人の人間が戦っているのがわかった。


「ありゃ天内と……緑のマントつけてるしバルダサーレか?」

「桜井くんは家の生徒に意外と詳しいんだね。知っての通り彼はバルダサーレくん、槍の名手として有名な男子だよ」


 となると、今やってるのはユリアとの決闘イベントで士官学校生に突っかかられる場面だろう。

 それは一介の平民である主人公がユリアに認められ決闘を行うという情報が漏れた結果、主人公を知らないキャラクターが様々な理由で天内に襲いかかってくる……というイベントである。

 主人公は士官学校生の中でも名のしれた相手を次々と倒していくことで周りに認められ、最終的にユリアとの決闘に挑むのが原作の流れだ。


「(天内のアドリブで決闘が学園祭での勝負に変わったし、そもそもこのイベントは数日に分かれて進行するから発生するかどうか微妙だったが起きるものなんだな)」


 武人気質のバルダサーレは実力だけでなく、その人格をも見定めるために主人公に決闘を挑むという人物である。

 というのも実力不足からユリアの”遊び相手”になれない自分の不甲斐なさから、その想いを主人公に託せないかと考えたとか何とか。経験値はそんなに美味くない。


 しかし現れる生徒の中でもバルダサーレは終盤に戦うキャラクターだ。

 彼と戦う前にもチンピラ三人衆やユリアを崇拝する双子姉妹、及びそのストーカー野郎など主人公が戦う羽目になるキャラクターは多い。

 俺の知る限り天内が士官学校生に襲われているのは初めてのはず、なのに戦っているのがバルダサーレということはイベントが一部圧縮なり省略なりされてんのか?


「(まぁイベントが起きてるなら順当に勝ってくれれば周りの評価は上がるだろうし、俺があれこれする必要もなくなるから楽でいいけど)」

「桜井くん。君はあの戦い、どう見る?」


 どう見ると言われましても槍を相手に素手でよくやってんな、としか。

 なにせ槍と素手では明確な射程の差が存在しており、素手に比べて槍の射程はその数倍の長さを持っているだろう。

 それは素手の攻撃が届かない距離を維持しつつ一方的に相手を攻撃できるということであり、戦いの主導権を握り続けることに繋がる。

 素手側が距離を詰め、その主導権を奪い返し相手を打倒するなど生半可な実力ではできるわけが無い。


 であれば槍と素手の戦いは長くは続かない。

 槍に一方的にボコボコにされ続けるか、素手が距離を詰めて一瞬で終わらせるかになるだろう。

 素手と長物の戦いはアイリスとの模擬戦でしか経験がない俺ではあるが、それでもそれくらいの判断が下せるほどに射程距離というものは戦いにおいて決定的な要因になりうるのだ。


「……あれ、何であいつらあんなに戦いが長引いてるんだ?」


 だからこそ、俺は思わず天内の戦いを見ていて湧いた疑問をポツリと零した。

 そしてそれを聞いたであろうユリアが我が意を得たりとばかりに笑みを浮かべ、俺は彼女に好感を与えてしまった失態に気がついた。


「あ、いや、嘘! 今のなし! ぼくぜんぜんわかんない! やりぶんぶんしてる! 天内くるくるまわってるしゅごい! かっこいい!!」

「そう、君の言う通りだよ桜井くん。あの二人の戦いが長引いていること、それはおかしなことなんだ」

「いーや! あるね、拮抗するね! むしろ拮抗しかしないまであるね! 俺の節穴がそう言っている以上は間違いないね!」

「亨。何を誤魔化したいのかはわからないけれど、言ってて虚しくならないの?」


 あえて無視していた虚無感を突きつけてくるなルイシーナ。

 俺はユリアに目をつけられたく無いんだ、戦闘関係の方面では特に。


「実力が伯仲しているといえば聞こえが良いが、よく見るとバルダサーレくんの槍はまるで有効打に繋がっていない。天内くんが完璧に捌き切ってるんだ」


 言われてみれば確かにそうで、天内はバルダサーレの振るう槍を躱し受け流しと対処しきっている。だがその上で戦いは長引いている。

 ここだけ取れば天内が相手を舐めてわざとそうしているかのように思えてくるが、天内は隙を見ては果敢に飛び込み敵に拳を、蹴りを叩きつけているのがわかる。

 そしてその上で何度打ち込んでも倒れることのないバルダサーレに対して焦っているような様子が伺えるので、天内がわざと手を抜いているという感じも受け取れない。


「実力差は明確で手を抜いているわけではない。しかし天内くんはバルダサーレくんを倒すことができていない。さて、これは一体どういうことなんだろうね?」


 楽しげに、それでいて俺を試すかのように問いかけてくるユリア。

 俺はそれに対して心底どうでもいいじゃねぇかそんなこと、と思いながら渋い顔を向けるものの柔らかな微笑みでスルーされる。


 ユリアといい、ルイシーナといい、檜垣やら含めて何で俺の知ってる女性陣はどいつもこいつも我の強い連中ばっかりなんだ。

 全く自分本位にもほどがあると思う。もうちょっと協調性だとか、俺への忖度だとかを育んでおいて欲しい。


 つきましては王家の倉庫にございます星の種をですね、こう、ね?

 わかるでしょ?


「アホなこと考えてないでさっさと答えなさいよ亨。私、早く帰りたいの」

「じゃあ帰ればいいじゃん……。あ、女性一人で帰宅は不安だよね! 俺が送っていってやるよ!!」

「まぁまぁ二人共、そう言わずに。付き合ってくれてもいいじゃないか。ね? ね?」


 笑みを浮かべながらもユリアが俺とルイシーナの腕を力強く握ってくる。

 振り払うのは楽だがそれはそれで王族に対して禍根が残るような真似になる上に、それはそれとしてどことなく構ってほしいと追いすがる犬のような雰囲気を出し始めたユリアに心の片隅の良心が「もうちょっと付き合ってやってもいいじゃないか」と語りかけてくる。


 ……まぁ、天内の実力ってはっきり見たこと無かったし。見ておいたほうが後々の作戦で動かしやすくなるか。


「仕方ねぇなぁ」

「!」


 物陰という人目が着かない場所だからか、俺の言葉に年相応のパッと花咲くような笑顔をユリアは浮かべた。

 そもそも寂しがり屋であり立場も相まって友達が居ない設定のキャラだったことを思い出した俺は、良心だけではなく同情心も相まってもう少しユリアに付き合ってやることにする。


 2ヶ月前の俺からしてみれば、誰かに請われたことに付き合うなんてありえないだろう。

 そう思うと人間性の確かな成長を感じ、ほどよい陶酔にも似た感覚に襲われる。

 一応ユリアの手前、物陰から首を出して視界には広場で戦う天内の姿を映しているもののそちらに割かれる意識は減り、むしろよりどうでも良いという感情がよし高まってくる。


 やっぱ成長の喜びってのはさ~、こう、余計なことを意識しないで一人静かに噛みしめたいものだよな~。

 見ているだけで何かしらの経験値が入るならまだしも、そうでもないならやはり今やっていることは時間の無駄なのではなかろうか?


 ……ダメだ根本的に興味のないことへの集中力が持続しない。ユリアには悪いがここは一つ、素直に言って帰らせてもらおう。


「あの~……なんつーか、やる気が」

「やはり桜井くんもそう思うんだね!」

「はい?」


 失せてきた……と言おうとしたところでユリアが言葉を被せてきた。

 その言葉の意図を掴むことができず小首を傾げたものの、俺の肩に手を添えて頭の上に首を出したユリアが楽しげに天内の戦いぶりを解説し始めたので良しとする。


 いや何が良しとするだよ、肩掴まれてるから逃げられないじゃないか。畜生!


「天内くんの的確な攻撃で何故バルダサーレが倒れないのか考えた時、私も君と同じ結論に至った。確かに彼は全力で拳を振るっているが、本気ではない。だからバルダサーレは倒れないんだ。というのも――」


 適度に加わるユリアの重さに気がついた俺は、諦めと共に静かに片足を持ち上げて筋トレを始めながら「なるほどなー」と聞き流し始める。

 そしてしれっと俺の背に体重をかけて寄りかかってきたルイシーナによって負荷が増え、獲得できる経験値が微増する。


「なぁ、ユリア」

「何かな?」

「もうちょい体重かけて」

「え? あぁ、えっと……こうかな?」

「そんな感じ。じゃあ続きをどうぞ」

「傍から聞いてると変態みたいな発言してるわよ亨」


 形なき世間体よりも今ココにある経験値の方が遥かに大事でしょ! というかそんな事言うくらいなら寄りかかるの止めろや!


 そんな感じで俺とルイシーナはユリアの解説付きで何やかんやと天内の戦いを観戦するのであった。

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