088 パーフェクトな計画

 人生で初めて馬に説教した思い出は暫く忘れることはないだろう。


 頭を叩いてウマの正気を取り戻し、墜落した屋上で説教をかました後に俺は校内を駆け抜けアイリスの家に帰宅した。

 ウマの首に「反省中」と書いたボードをぶら下げて家の横に括り付け、アイリス家の中にある自室に向かうと、そこで俺は侵入者用の糸繍による罠に引っかかり宙に包まき状態でぶら下がっている檜垣に遭遇した。


「……まぁ、その。早いお帰りだったな」

「俺の部屋を荒らして何やってんだお前」


 俺は外に出て爆竹と火剣を利用して打ち上げ花火を実行し、呼び寄せた風紀委員に檜垣を引き渡した。


 容疑者は「口にしている内にやっぱり掛け軸が欲しくなった。レース中だろうし、隠しているものだったら持っていってもバレないと思った。帰ったら見せて欲しい」等と意味不明な供述をしながら連行されていく。


 お前らこんなんがトップで良いのか、と口にしたところ風紀委員たちは苦笑いで誤魔化していた。

 俺のことといい、檜垣のことといい、アイツらも大変だな。


「さて、切り替えていこう」


 帰ってきたら檜垣にメイド服でも着せて部屋の掃除をさせようと思いつつ、俺は荒らされた自室の中から天内と共に作った大量の爆竹を持って街に繰り出した。


 今頃競馬場での俺の結果はコースアウトなりなんなりで失格になっているだろう、そしてあのレースの1位はきっとユリアになっているはずだ。


 しかしコースはアイリスの魔法の力で今や泥だらけ。

 復旧するにしてもそのまま続けるにしても予定されている競技時間はそれだけ延長されてしまう、つまりは参加選手たちの中にはその分だけ会場に拘束されてしまう事になる。


 これが冒険者学園の人間ならば飽きが回って試合を放棄してお祭り騒ぎの街に繰り出して遊びに行く者も出るだろうが、集団であることを重視する士官学校の連中ならば仲間たちを応援するためにも会場に残り続けるだろう。


 だが、仲間意識の強さは彼らの長所であると共に短所でもある。

 具体的には殆ど全員が応援に出てしまうために、俺のような不審者が彼らの宿に侵入しても気がつくことができないという点だ。

 正規の近衛兵が守るユリアの別荘でもなければざっとこんなもんですよ。


「それにしたって引率の教師さえも見当たらないのは防犯的にどうかと思うけどなぁ」


 爆竹をせっせと仕掛けつつ、俺は今後の事を考える。


 天内のアドリブによって魔改造されたユリアイベント、しかし根本的には「周りに認められた上でユリアとの一騎打ちを制する」必要があることに変わりはない。

 だが変わりがないからこそ発生する問題がある。

 それは「ユリアとの一騎打ちを制する」部分ではなく、「周りに認められる」という部分だ。


 実を言うと先程のレースにおいて、俺はユリアの明確な弱点に気がついてしまったのだ。

 そこを攻めれば今の天内であってもユリアを倒せる可能性は高い。


 ユリアの、というよりは戦闘型錬金術師の特徴は「アイテムを錬金によって別の何かに替える」ことで戦闘力を得る点にある。

 アイテムの金銭的価値をそのまま戦闘力に変換する「王族銭闘士ロイヤルゼニント」スタイルは、それこそ金銀財宝をふんだんに使うことで個人としての戦闘力はどんどん高まっていく。

 しかしその反面、戦闘力の基盤はどこまでいってもアイテム頼り。

 変換するためのアイテムの程度が低ければ低いほど、持ち込める数が少なければ少ないほどに王族銭闘士の脅威度は下がっていく。


「だからこそ、アイテムボックスの有無がデカイんだよなぁ」


 しかしこの世界にはアイテムボックスが存在しない。

 つまりアイテムは物理的に持ち運びしなければならず、1人の人間が持てる数に限界が存在するということだ。


 勿論、宝石や貴金属類など高価な物を大量に持ち運ぶという手段もあるだろう。

 しかし持てば持つほど激しい戦闘の邪魔になる事を考慮しなければならなくなる。


 俺のように学生服を改造したり荷物袋を持つなど専用の持ち運び手段を用意するのも1つだが、そうなると持ち運ぶための道具の大小によって結局持てる数に制限が出たり道具が戦闘時の邪魔になったりと完全な問題解消には至らない。


 となれば持てる数と質に対して現実的な妥協をしなければならなくなる。

 スキルを発動するための魔力に加えて使用するアイテムの管理もしなければならないのが戦闘型錬金術師の短所であり、それはつまるところ「長期戦」に弱いという明確な弱点が存在することに繋がるのだ。


 その弱点を突ければ天内はユリアに勝利することができるだろう。だがそんな戦い方は塩試合もいいところ。

 イベントのクリア条件である「周りに認められた上で」という部分どころか、正々堂々真正面からの戦いを好むユリアにも思うところが生まれてしまう可能性があるのだ。


「ユリアとの決闘まで正々堂々と戦って認められた天内が、突然ガンメタ戦法使って勝利するとかブーイングで済めばいいところだしなぁ」


 なんなら「私とは本気で戦ってくれないんだね……なら」とユリアが言い出して魔人化ルートに入ってしまう危険性まである。

 それで被害が天内にだけ向く分には良いのだが、アイツに協力している俺にまで矛先が向くと面倒だし、そうなると結局愚者の首飾りの件がどう転ぶかわからなくなってくる。


 なので天内には何としてでも学園祭最終日までに周りに認められる、冒険者からも騎士見習いたちからも一目置かれる存在になってもらわねばならぬのだ。


「まぁ天内には正当に競技に参加してもらって、俺が誰もが見ている中で好き勝手することで相対的に評価を上げてもらう方法しか思い浮かばいんだけどな!」


 こと人間性とコミュニケーション能力の低さは他の追随を許さない、負の方面にレベルが高い俺だ。

 人としての評価の上げ方を理解しているわけもなく、もしわかっていたならば今頃風紀委員会にマークされてなどいなかっただろう。ふふ、問題児は辛いぜ。


 ともあれ、こうなったら総当たり戦でギリギリまで生き残って「天内と俺、ユリアと戦うならばどっちが相応しいか?」みたいな状況に持ち込むしか無いのである。


 じゃけん、思いつく妨害は積極的にやっていこうね~!

 なぁにガチの犯罪行為でなければ問題ない問題ない。

 え? 現在進行系で不法侵入してるだろって? 細かいことは気にしないで欲しい。


「爆竹は外に仕掛けるよりも中に仕掛けたほうがヘイトは高まるだろうし、誰かしらこの時間に宿に向かう俺の姿くらい見てるだろ。であれば犯人探ししてる内に容疑者にしてもらえるし、明日適当にそれっぽい事を仄めかすことを競技中にくっちゃべれば勝手に話は広がるし俺の評価が下がってまともに戦う天内の評価も相対的に上がるだろ」


 うむ、口にして思ったが我ながら流石の策謀と言ったところ。

 物証が出てこない限り俺に直接的なアクションを起こすことはしないだろうし、そうなれば露骨な態度を取る俺に対して勝手にヘイトが溜まっていく。

 それは俺への評価が低下することに繋がり、俺と比較した場合の天内の評価に「あれより大分マシ」という錯覚を引き起こすことができる。


 ふふふ、どうだこの自分の世間体と他者からの評価を完全に溝に捨てている作戦は。

 これが俺にしかできないというパーフェクトな計画というものだ……!


「よーし! パパ、頑張って爆竹仕掛けて回っちゃうぞ~!」


 糸繍スキルの力を応用すれば導火線の配線も手早く済ませられるし、ほんとこのスキルは便利で困るぜ!

 ついでにベランダとかに罠も設置しておいちゃおうかな~? っとと、物証を残すようなヘマを引き起こさないためにも調子に乗らずに気を引き締めて取り掛からないとな。

 うん、俺って本当に勤勉で真面目な奴だ。

 ここは1つ褒美として世界の方から俺のレベル上げに補正を与えるべきなのでは? ダメかな? ダメか。


「チッ、世界はほんとケチな野郎だぜ」


 そんな独り言を口にしつつ、俺は何枚もの扉が並ぶ廊下を歩く。扉の先は騎士見習いたちの宿泊室だ。

 部屋は修学旅行よろしく、複数人が1つの空間に泊まることが想定されているのため一つ一つの扉の間隔は思っている以上に長い。

 そして俺はそれらの部屋の中でも設置した爆竹を気が付かれないようにすることに一番苦労するであろう、教師たちが寝泊まりする「職員室」と書かれた部屋の扉を開く。



 その瞬間、強い血の臭いが解き放たれた。

 目の前に広がる室内には血溜まりに倒れる引率教師と思われる壮年の騎士が数名と、それを斬り伏せたであろう男が1人。

 まるで尾のように纏めている灰色の長髪にライダースーツのような衣服を身に纏い、一本の無骨な両手剣『不壊剣エッケザックス』を手にしたボスキャラ。



「あぁ? なんだ、まだ誰か居たのか?」



 七篠 克己が、そこに居た。

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