063 忌まわしき骸骨
朝永 彩子がゆっくりと意識を取り戻した。
周囲を見渡せば、そこはセーフハウスとして用意されている空き屋敷の一室であった。
「…………」
朝永は身体を動かそうとして自身の手足が、いや両手と鳩尾より下が無くなっていることに気がつく。
そして自身に覆いかぶさる、うなじより生えた『骸骨』がその傷口を愛おしそうに撫でながら朝永の肉体を再生させる作業に没頭している姿が写った。
身体を蝕む痛みは思ったよりも少ない。
恐らくそれを感じる神経や脳の一部が喪失している為に感じずにいるのだろう。
それはこの『骸骨』のおかげでもあり、この『骸骨』のせいでもある。
朝永は憎々しげにそれを睨みつけながらも『骸骨』の行いにその身を委ねるしか無かった。
「んん~! やぁっとお目覚めですかぁ彩子さ~ん。いやぁ復活するとはわかっていても心臓に悪い悪い!」
寝転がる朝永の視界に現れたのは全身から脂汗を滲ませるピグマリオン。
その左腕は肘から先が切り捨てられており、そこに乱雑に巻きつけられた包帯はその先端がじんわりと赤く染まっている。
「ただ斬られただけならすぐ治るんですがね~。傷口を焼かれちゃってこれが中々。そういう事されると身体がその状態を正常だと覚えちゃう事があって、再生もままならなくなってしまうんですよねぇ。私、危うく隻腕になってしまうところでした~! んん~! 嫌ですねぇ!」
朝永の視線に気がついたピグマリオンが笑みを浮かべながらそう口にした。
しかしその眉間には皺が寄り、痛みに耐えていることが見て取れた。
朝永による自爆の直前、逃げるピグマリオンと『剣聖』の位置が一直線上に結ばれた。
刹那とも呼べる瞬間に隙を見出した佐貫が、背の大太刀を自爆する朝永と自身の間に差し込むついでに逃げ出していたピグマリオンの片腕を切り飛ばしたのだ。
その距離、約15m強。
壁外に住まう魔物との戦いを想定した本来の武器、愛用の大太刀を利用した『剣聖』佐貫 章一郎の標準的な有効射程である。
「んん~、切り飛ばされた時はすわ何事かと思いました。そこからはもう必死も必死。朝永さんの自爆もありましたし、プライドも何もかもかなぐり捨てて無様に逃げるしかありませんでしたよ~。いやぁ、強い強いとは聞いていましたがあれが『剣聖』。強いどころか異常としか言えません! 私、冷や汗ダーラダラですよぉ!」
口数が何時になく多いのは、傷口の痛みを紛らわそうとしているからだろうか?
先程よりも包帯が赤くなっている所を見るに、七篠辺りに焼き潰された傷口の一部を斬り取ってもらったばかりなのだろう。
自分と違って再生中も痛みを我慢せねばならないピグマリオンに、朝永は僅かに同情した。
上半身の再生が終わったところで、朝永は腕に力を込めて身体を起こした。
両腕を足代わりにしながら歩き出すと、事の顛末がどうなったかを確認しようとカーテンがかけられた窓の縁へと手をのばす。
「あまり顔は出さないで下さいよぉ? 誰に気取られるかわかったものじゃないんですから~」
朝永は小さく首肯して、窓の縁に目元が来る程度に首を竦めて視線を彷徨わせた。
どうやら地下での戦いからかなりの時間が経っているようで、東の空から太陽が昇り始めているのが見て取れる。
そして空き屋敷から遠く離れた場所、『オブシウス商会』があるはずの方向からは朝日を塗りつぶすかのような大量の黒煙が空へと広がっていた。
「…………」
「んん~。黒煙の規模から見て地下は諸共、上の商会も無事ではないでしょう。それであの剣聖を仕留められるとはまるで思わないですが、少なくとも証拠の殆どは消失させることに成功したでしょうね~」
「…………」
「ま、それも絶対ではないでしょう。今は姿を消すことに成功しましたが~最悪を想定するならそれも長続きはしないと考えたほうがよろしいかと。なにせ今夜のルイシーナさんの公演を見破り、あの
役立たずとは恐らく剣聖を拠点に招き入れた『ヤン・ラン』の事だろう。
これまでの成果を台無しにされたからか、ピグマリオンの口調は何時になく荒々しい。
誰とも知らぬ相手を『輩』と吐き捨てている辺り、相当腹に据えかねているのが朝永にもわかった。
「…………」
朝永はもう一度窓の外を見る。
きっと自身の自爆は相当な規模で轟音を響かせ衝撃を引き起こしたのだろう。
見える範囲を歩く人々は往々にして黒煙を指差し言葉を交わしていた。
七篠 克己の強い勧めによって習得したスキル。
自身の肉体をその毛先までを余すこと無く魔力に変換して、それをエネルギーに発動する『自爆』。
それは爆発四散したところで復活することが可能である朝永 彩子だからこそ成立する『奥の手』だ。
彼女のうなじから生える骸骨は他者や物品へと移動することが可能であり、骸骨が無事である限り、それは爆散した朝永の体を作り直し蘇らせる力を持っている。
しかし当然のことだが『自爆』は気軽に使える技ではなく、復活しても五体が再生するまでは完全な無防備状態になる『自爆』は、それこそ本当にどうしようもない時にしか使うことはない、朝永としても余程のことがない限り使いたくもない奥の手だった。
ただ、今回は相手が相手。
かの『剣聖』との戦いで彼我の戦闘力の差を痛感させられた朝永は、七篠の指示に対してその奥の手を迷わず切ることを決意した。
肉体を失い、その存在を露見させ、最大拠点も失った。
しかし朝永達は証拠の隠滅と退路の確保を両立させ、『剣聖』から逃げおおせる事ができた。
一応、本当に一応首の皮一枚で繋がって生き残ったような形だ。
「……?」
「んん~? 克己くんは別室で休んでますよ~。剣の傷より打撃のダメージが相当に大きいらしく、魔力も完全に枯渇したそうで。動けなくはないが暫く全力戦闘は出来そうにないみたいですねぇ~」
「……ん」
「んん~そうですねぇ。ともあれまずは全員が動けるまでは休んで、学園の一角を拝借して一度『中』の人々を吐き出しましょう。そこから計画を見直して……というとこですかね」
ピグマリオンが自身の腹をペチペチと叩いた。
その『中』には奇襲を受け戦いながらも回収した最低限の機材と、研究員達が仕舞い込まれている。
彼の腹の『中』は時間の流れが外に比べて緩やかであり、窮屈な思いをさせることにはなるが暫くは放置していても『消化』されることはないだろう。
「んん~。ため息をつきたくなるほどの災難でしたが、起きてしまったことはしょうがないと流しましょう。私は暫く眠りますので、周りの警戒はお願いしますよ~?」
「ん」
朝永はピグマリオンの頼みに対して首肯した。
片腕を失った痛みに耐えながらも、自分が意識を取り戻すまで起き続けていたピグマリオンに対し、朝永も人並みには思うところがあった。
彼女はこれでその外見が醜悪の極みとも言えるようなものでなければ……と、そこそこ失礼な事を考えながら適度に神経を研ぎ澄ませて警戒状態へと入る。
「――ちっ」
朝永は小さく舌打ちした。
それは彼女の身体が完全復活を遂げた合図でもあった。
肉体が完全に再生したことで『骸骨』が頭の定位置へと戻ってくる。
それはまるで対価を求めるかのように朝永の首へと腕を回し、その不気味な顔を擦りつけてくる。
実際に感触があるわけではないが、視界に写るその姿は只々不快だった。
朝永 彩子。
魔に魅入られ、魔に囚われし呪われた肉体を持つ『魔人』の1人。
彼女はこの狂気的なまでに自分に執着するこの『骸骨』を今日も忌々しげに睨みつけるのであった。
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