061 夢見た野望を目指す者
七篠 克己は転生者である。
いや、正確には『憑依者』であると言ったほうが正しいか。
気がついた時、彼は『フロンティア・アカデミア』における敵組織『黒曜の剣』に所属していた。
しかもただの構成員ではなく、記憶喪失の謎の剣士『七篠 克己』という作中における組織の幹部として目を覚ました。
「はっ、はは、ハハハッ! いいねぇ、最高じゃねぇか!」
僅かな困惑と共に世界を知った彼は、内に秘めた野望を叶えんと口角を上げた。
幸運なことにも、彼が目を覚ましたのは原作が開始される2年前であった。
それを僥倖と見た彼は、まずは与えられた『体』を馴染ませることに注力した。
その体は彼の思うがままに動き、疲れを知らず、恐れも知らなかった。
魔物を切り裂くことになんら抵抗は感じず、罪人から一般人まで幅広い人種を惨殺しようと心は揺らがなかった。
あらゆる動きを『想像通り』にこなしてのける心身は、僅か数ヶ月で彼を『強者』へと至らせた。
そして彼は原作知識と共に自らの野望成就のための計画を練り、その為に仲間と交流を重ね、味方を増やしていった。
彼の作り上げた派閥はもはや『黒曜の剣』において無視できぬほどに大きなものとなり、組織において重要な作戦であるオペラハウス事件の時期を早めることにも成功した。
「敵がしっかり育った9月にイベントぶつけても、『原作通り』処理されるだけだ。そんな未来が目に見えてんなら、『先手』を打つのが普通だよな?」
七篠は『黒曜の剣』に所属している。
それは裏を返せば順当に行けば原作通りに敗北が約束されているということだ。
彼にとってそれは許し難いことであり、それ故に在り来りではあるが『主人公が成長する前に、イベントを前倒しにして圧殺する』という手を打つことにした。
それは誰もが一度は考える『原作』に対する『二次創作』であり、倒されるべき悪が勝つための『もしも』の一手だった。
加えて言えば、七篠にとってこの作戦は失敗しても構わないものでもあった。
作戦が成功したならば『黒曜の剣』はさらなる飛躍を遂げ、主人公では手を出すことが出来ないだろう社会的地位に根を張る事となる。これは言うまでもなく大勝利だ。
逆に失敗したならば、自由を求めるが故に派閥に属することを良しとしないルイシーナやその部下である問題児達を組織から排除することが出来る。
確かに組織自体は弱体化することになるだろうが、それは組織内における自身の影響力や裁量が増すことにも繋がる。
それは結果として自身の進言や作戦が通り易くなる事に繋がり、少なくとも『原作通りに負ける』という必定の未来に抗う第一歩になるだろう。
計画は順調だった。
秘密裏に動き続けた七篠に一切の落ち度は無かった。
事実、彼は『主人公』である天内 隼人にこの段階で勝利していた。
問題は金に目が眩んだ
しかもよりにもよって
「全く、予想外だぞこんなの……っ!」
こんなことを予想しろというのが不可能であり、自身が排除しようとしたルイシーナも一連の流れに加担しているというのはもはや皮肉である。
しかもこれを引き起こした
『剣聖』及び盗賊ギルドによる本拠地への襲撃。
今や『黒曜の剣』は組織の弱体化どころか、壊滅するか否かの岐路に立たされていた。
「――シッ!」
剣を振るう。
意のままに振るわれる愛剣の名は『不壊剣エッケザックス』。
『七篠 克己』だけが所有できる唯一無二の両手剣であり、原作において『幾度の戦場を超え、壊れず、傷つかず。その剣の主もまた同じ』というフレーバー文章のみが確認できる無骨な魔剣。
しかしそれは現実化の影響により、あらゆる武器と打ち合おうとも傷つくこと無く。また、剣の主である七篠に強靭な肉体を与えた。
今の彼は、騎士の振るう刃を素肌で弾き返し、そこに秘められた膂力は厚さ数cmはあるであろう鉄の扉を殴り抜き、素手で引きちぎる事が可能なほどであった。
与えられた天性の肉体に、不壊剣による祝福。
揺るがぬ心に、体に染み付いている戦闘経験、それらに裏付けられた最高峰の剣技。
それら全てをものにした七篠 克己に比類するものは、それこそ成長しきった『原作主人公』くらいだろう。
「『
「(――ッ!? 残像!)」
だが、それらの尽くが『剣聖』に通じない。
自らが手に入れた最高の
「『
「――がっごっ!?」
素肌で剣を弾き素手にて鉄を抉る頑強な体が、無様に吹き飛んでいく。
最高峰と信じた剣技は正しく極致の剣技にねじ伏せられ、揺るがぬ心も染み付いた戦闘経験から来る未来予測も、『剣聖』の後を追うことが精一杯の有様。
今ここにピグマリオンと朝永が居なかったならば、間違いなく敗北していたと理解できるほどの実力差に、七篠はもはや心中で笑うことしかできなかった。
「(組織の弱体化はまだしも、壊滅しちまったら元も子もない。最低限の人員と機材はとっさに避難させてあるが……完全に首を切り落とされるよりも薄皮一枚だけでも残すしかねぇか)」
腹部の痛みに耐えながら、七篠はさり気なく撤退の指示を出す。
加えて煙幕程度の生半可な方法では撤退することはできないだろうと踏んだ彼は、朝永に対して『奥の手』を切るように指示を出す。
またそれに合わせて自身の手札も切らねばならなくなるが、こちらに関してはこの世界の人間に看破されることはないだろう。
呼吸を整え、魔力を巡らせる。
体外へ流出する魔力が室内に満ち始め、それを感知したのか『剣聖』はやや目を細める。
「ピグマリオン、マジでやっから後は任せた」
「んん~っ! いやちょっと待――」
ピグマリオンが二言目を発する前に、七篠が踏み込んだ。
歩法系スキル『縮地』により一瞬で距離を詰めた七篠が剣聖へと剣を振るう。
「『
上段から振り下ろされる斬撃に合わせ、同時に側面と背後の虚空に七篠の持つ魔剣が現れ、その刃で斬撃を放ってくる。
それに合わせ、やや後方に位置していた2人目の七篠が剣を小脇に抱え抜刀の構えを取る。
突如として現れた第二の七篠の存在に、虚空から予兆無く発生した複数の斬撃。
自らの感覚からして、残像の類ではないと判断した佐貫は自身のギアを一段上げることでそれらの対処へと走る。
『剣聖』にとって虚空より現れた斬撃も含め、突如として七篠が3人増えただけでしかない。
「おっとぉ!」
しかし変化はそれだけに留まらない。
後方に位置する七篠が抜刀した瞬間、ここに来て初めての悪寒を感じた佐貫がその場を飛び退く。
三方向から迫る刃の囲いに僅かに体を斬り裂かれながらも、佐貫は床の下から発生した不可視の斬撃を回避してのける。
「こりゃぁ驚いた。こんな技初めて見る。お前さん、これどうやってんだ?」
「なんでこれが通らねぇんだよ、反則爺が……!」
「俺はまだまだ現役なんだがなぁ。せめておじさんとか言ってくれよ」
「うるせぇ! 死ね!」
七篠と佐貫が激しくぶつかり合う。
それは今までの戦いとは違い、七篠1人で『剣聖』佐貫 章一郎との戦いを成立させていた。
しかしその戦いは傍から見れば奇妙なものであり、七篠が居るはずのない場所に現れ、何もない場所から斬撃が発生し、更に言うならば七篠が振るった剣が佐貫の体を通り抜けることすらあった。
「(速さじゃねぇなこりゃ。見えるやつにはしっかりと肉がある。実際にその位置に小僧が増えてるって感じだが……奇妙な真似をしやがるなぁ)」
数えて4人目の七篠を切り捨て、その返り血を浴びながらも佐貫はそれを観察する。
奇妙な挙動に加えて速度も上昇、また斬撃の重みも高まっている。
佐貫の知る国内の実力者の中で、この攻撃の嵐に対処できる人間が居るだろうか?
『剣聖』である彼にそう思わせるほど、今の七篠は比類無き武勇を発揮していた。
だがそれも長くは続かない。
加速度的に消費されていく魔力は七篠の体を蝕んでいく。
身体能力の向上に合わせて行われる事象改竄の御業は、天に二物を与えられた七篠を持ってしても日に一度、数分限りの奥の手である。
「(だから、ここで死んでくれッ!)」
突如として猛攻を打ち切る。
その隙に反撃として放たれる斬撃を避けることなく、攻撃に割いていた魔力を人体の複製に回すことで生み出した、十数人にも及ぶ七篠が佐貫へと殺到する。
「お、おぉ?」
全く同じ顔の人間が人智を超えた速度で迫りくる。
中には生身ではなく、周囲の床や壁の残骸を全面に押し出して抑えにかかってくるものまでいる。
そして何よりも、佐貫が放つ刃に対してこの七篠達は一切の怯みを見せないだけでなく、命中したはずの刃がスルリと抜けていくのだ。
こちらからは何もできず、向こう側から一方的に干渉できる。
その状態で攻撃をしてこない辺り何らかの制限があることはわかるものの、その異様な光景にやや面食らった佐貫は彼らの膂力も合わせて僅かではあるがその動きを封じられる。
「(こりゃ、潮時だわなぁ)」
『剣聖』が剣を翻す。
完全に密着された状態から体内のうねりを利用し生成した力が、体の各所を巡り増大。
それが剣の持ち手へと集まり、手首の返しのみで紛うことなき『剣聖一閃』を放ってのける。
抑えつけるという『お互いに干渉し続けている状態』であれば刃が抜けることはないと踏んでいた佐貫の一閃は、彼の推測に正答を与えるように七篠達全てを切り払う。
しかし『剣聖』のみに許された理外の技法に数打ちの剣が耐えられるはずもなく、元々負荷のかかっていた刀身はその一閃の終わりと共に四散した。
そして、ぽさりと。
力なく佐貫の胸に収まったのは、1人の少女。
少女を抱きとめながらも視線を上げれば、その先にはうなじから骸骨の上半身を生やしたピグマリオンが背を向け走り抜ける姿。
逃げるために少女を囮にした?
刹那の疑問が頭をよぎる。
剣も砕けた以上、追撃をすることは難しい。
奇妙な技を使う七篠と五体満足なピグマリオンを無理に追うよりも、どういう訳か切り捨てられた少女を確保するほうが次善だろうか?
そんな逡巡と共に視線を少女に落とせば、その大きな猫目の双眸と視線が交わり――――少女が小さく呟いた。
「『自爆』」
人体の穴という穴から視覚化出来るほどに濃縮された魔力が開放されていく。
少女の発動したスキル『自爆』は、発動したキャラクターを戦闘不能に陥らせる代わりに敵味方含めフィールドに存在する全てを対象に絶大なダメージを与える大技。
その威力は『発動時点でのHPとMPの合計値の5倍に、残り全ての能力値合計を加えた数値』という余りにも雑な計算式によって成り立っている。
そんな技を、プレイヤーキャラクターよりも遥かに高いHPを持つ
その『自爆』の威力の程は言うまでもなく、それを受けたオブシウス商会の建造物がどうなるかなど、言葉にせずともわかるだろう。
朝永 彩子の『設定』に合わせて七篠が習得させた『自爆』スキル、これが彼の用意していた奥の手の一つ。
次の瞬間、オブシウス商会が爆散した。
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