第7話 戦闘

「我を妨げる者全てを燃やし尽くせ! ファイヤーボール!」

「荒れ狂う風よ切り刻め! ウインドカッター!」

「全ては鋼、全てを護る鎧になれ! アイアンボディ」


 バレットの指示で各組み合わせの戦闘がはじまる。

 互いの開始位置は10メートル程離れてから行うので、距離を生かし魔法で牽制する者、防御を固めている者、トラップを仕掛ける者など様々であった。


「で、俺はこの時間どうしていればいいんだ?」

「そうじゃのう~何なら儂とでも一つ運動でもするか?」


 ニヤニヤと笑いながら尋ねてくるバレット。


「遠慮しとく、また地面に叩きつけられちゃ敵わんからな」

「手を抜いておった癖に」

「そんなことねぇよ」

「ほほ、言いよるわ、まぁ終わるまで大人しくしとくがよい、観察もまた訓練じゃぞ」


 言っていることは正しい。

 魔法により発動タイミング、威力など覚えておけば対応しやすくなるだろう。

 ……が、大体の魔法については、小さい頃から身体で覚えているからな……嫌な思い出だぜ……。

 小刻みに震えながら地獄の訓練の事を思い出していると、突然隣にいたバレットが驚いた表情し、大声で全体に話しかける。


「儂は少しばかり席を外す、各自戦闘が終わったら鐘が鳴るまで自由にしてくれ!」

 

 そう言うと見た目と反した速度で学院に駆け抜けていくバレット。

 思念で誰かと話してたみたいだが何かあったのか……。

 俺だけ抜けて追う訳にもいかないので、このまま待つことにした。

 

 暫く様子を見ていると、決着がついているペアが出てきたようだ。

 どれも重症負った奴は見られない。まぁ仮にも騎士志願なら問題ないだろう。

 など考えていると、もう何組で終わるという所で、一人の騎士がこちらにずかずかと歩いてき、目の前で立ち止まる。


「お前シュヴァリエールの騎士だっけか? ムラマサ? っつたかな? サボって何やってんだ」


 緑色で短髪の、前髪が一部前に垂れ下がっており、槍を肩に担いでいる青年がぶっきらぼうに話しかけてくる。


「別に、余っただけだよ」

「何だ、てっきり、あまりにも弱すぎて先生に構ってもらってるのかと思ってたぜ、お前魔法が使えないんだってな」


 へらへらと笑いながら人を見下すように喋る緑髪の青年。

 試験結果がどこかで公表していたのだろうか? 仮になかったとしてもお嬢様のお付きとあらばその程度調べれるかも知らないが……


「その前に誰だお前は、俺の事はもう知っている様な口振りだが」

「おっと、これは失礼したな、俺はランス・クロフォードってんだ、何、シュヴァリエール嬢が騎士を連れて来たって事で、うちのお嬢が少し調べただけだよ。まぁそんな事はどうだっていい、俺がお前を見てやるから1戦付き合えよ」


 そんなことを話していると、ぞろぞろと戦闘を終えた騎士たちが周りに集まってくる。

 なるほど、ギャラリーが集まってきた所を見計らって来たという訳か。

 魔法が使えない俺を倒して目立ちたいらしい。もしくは単に好戦的な奴なのか……どちらにしろ面倒な奴だ。

 集まってきた連中もシロナの事もあるのか、はたまた今回俺だけ戦闘を行ってないので興味があるのか、やれやれ! だの勝手に盛り上がってきている。

 無駄に戦って倒したとしても逆に目立ってしまうので、断ろうとしたが……。

 いや、まてよ……。


「いいぜ、やろうか」

「お? いいのか? 物分かりがいいじゃねぇか~魔法が使えないってんなら、手加減でもしてやろうか?」

「別にいらないぜ、全力で来てくれ」

「……っち強がっていられるのも今のうちだぜ?」


 淡々と答える俺が気に食わなかったのか、ぶつぶつと何か言いながら所定の距離に着くランス。

 そして10m程離れた所で停止した。


「それじゃ、やらせてもらうぜ? 骨の一つや二つは覚悟しとけよ?」


 魔法が使えないからと舐め切っているのか、にやにやと表情が緩んでいる。


「ああ、お手柔らかに頼むよ」


 ギャラリーも静まり、二人の戦闘を見守っている。

 そして開始の合図もなく、戦闘は開始される。先に動いたのはランスだった。


「それじゃ遠慮なく……沈めや!!!」


 ランスは持っている槍を俺に目掛けて投擲する。

 いきなり武器を捨てた……? 

 俺は飛んでくる槍をサイドステップで躱す。この距離なら避けることは容易いが……。

 

「風よ! 大地を揺るがす鉄鎚となれ!」


 そんな事はランスも分かっていたのだろう、槍を投げた直後に詠唱を行っていた。 


「叩き潰れろぉぉエアハンマー!」


 圧縮された不可視の空気が頭上に振り下ろされる。

 まともに食らえば結界があるとはいえ、普通の騎士であれば何本か骨を持っていかれるだろう。

 仮にまともに受けたとしても俺なら大したことはないんだが……。

 あえて俺はその場から動かず、奴らには見えないであろう速度で素早く下から拳を叩き込みエアハンマーを相殺、その後あたかも直撃したかの如く地面に倒れる。


「おぉぉぉ! やった! やっぱランスのエアハンマーはすごいぜ!」

「シュヴァリエール家の騎士だからって期待してたけど、弱いじゃないか!」

「気になってたけど、お嬢様に報告するまでもないか」

「魔法が使えないってのは本当なんだな! 詠唱すらしてないじゃないか」


 俺が倒れた様子を見て、騒ぎ出すギャラリー。

 やはりある程度俺は注目されていたらしいな……。

 

 そして授業終了の鐘が学院に響き渡る。

 興味が失せたのか、ギャラリーは各々学院の中に戻って行き、やがて俺とランスだけになった。



「……起きてるんだろ」

「……よくわかったな」


 俺は地面からゆっくりと土を払いながら立ちあがる。


「お前……何をした」

「何って?」

「とぼけんじゃねぇよ! 俺の魔法をどうやって潰したんだよ!」

「そこまでわかってるなら上出来だよ」

「一瞬何か動いたのが見えただけだ、詳しくはわかんねぇが……ただ、直撃していない事は確かだった」

「そうか、それでどうしようってんだ?」

「もう1度だ、もう1度立ち会え」

「……どうしてそんなにこだわる」

「ギャラリーの前でいい格好しようとしたのは認める、不快に思ったのなら謝罪しよう」


 最初に立ち会った時と違って真剣な瞳と言葉で喋るランス。


「だが俺も騎士として、全力のお前と真剣に立ち会ってみたいと思った、それだけだ」

「……」

「ギャラリーを気にしていたみたいだが、今は俺らしか居ない。何か事情があるなら他言もしねぇ、どうだ」

「……わかった、しかし本当に全力でいいのか?」

「ああ、あんたからは他と違った『何か』を感じる、そいつを見たくてな」



 *


「ああ、なら少しだけな」

「そうこなくっちゃ」


 俺は所定の距離より短く距離を置き槍を構える、時間もあるが直でこいつを見てみたいという好奇心もあったからだ。


「そんなに離れていないが……いいのか? 詠唱もあるだろう?」


 クロトが距離を気にしたのか俺に問いかける。

 魔法も使えない奴が気に掛けるなんて変な奴だ。

 

「同じ戦法は使わねぇ」

「そうか」


 そう言うとクロトは特に構える様子もなく、ポケットに両手を突っ込んだまま立っているだけになる。

 初見でその様子を見るとただ舐めているようにしか見えない立ち振る舞いだが、今改めて立ち会うと全く隙がない。

 ある程度実戦経験がある俺でさえ、どこから攻めていいのかすら判断できなかった。


「じゃあ、始めるぜ?」

「あ、ああ」


 咄嗟のクロトの一言に取り乱してしまう。

 気を保て、相手は同じ騎士だぞ。

 俺は槍を締め付けるように握りこむ。


「無理はするなよ?」

「? 何を言ってるかわからんが、まぁいい。また先手を取らせてもら……っ!?!?」


 先手を打つつもりだった、槍を構え重心を動かそうとした瞬間、クロトの瞳から目が離せなくなる。

 殺気というものを何度か感じたことがあるが、今まで経験したものと全く違……いや比較にもならない。

 槍を持つ手がガタガタと震える、脚なんて立っているだけでやっとだ。


「……あっ…‥‥がっ……」


 逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ。


 だが動けば死ぬ、瞬き一つ許されない、呼吸を止めろ、意識を保て、目を離すな。

 喉が渇く、全く動いていないというのに額から汗が大量に流れ出る、あれから何時間と過ぎた感覚に陥る。

 本当にあれが騎士なのか? 実は魔法を使っているのでは? 俺は一体何と対峙しているのか。

 わからない判らない解らないワカラナイ。

 もうすべて投げ出してしまいたい。勝負にもなっていない。

 もう……限界だ……。

 

 俺の意識は途切れその場に倒れこんだ。




「ったく……無理はするなって言ったんだがな」


 倒れる直前、素早く移動しランスを抱え込む。槍は後で回収することにした。

 流石に全力で相手をする事はできないので、少し殺気立ててみたが、騎士といえどまだ学生には少し重かったようだ。


「とりあえず医務室に行くか」


 ランスを抱え込み医務室へ向かう。

 向かう途中にフルに見つかりハァハア言われたのは言うまでもないだろう。

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