第13話 英雄『女(じょ)』

 そら見たことか。

 だから言ったのだ。やめとけと。

 ジャンヌやらシャンプーやら知らないが、お前如きがお前の言うその英雄とやらになれるわけがない。そもそもそいつが英雄なのかすらわからないが。

 槍に串刺し、最後に劫火。骨も残さず、灰となり、空へ散りに散り行くその様は、ただの馬鹿でしかない。

 そんな旗を持ったところで、魔人など倒せるわけがないだろう。




◇◇◇




 あれから何日かした夜。

 あれからというのは、太郎さん事件のことだ。何とか逃げてきたはいいが、完全に解決したわけではない。

 しかしメイドリスは満足気な顔でホクホクと湯気を体から空へ出しながら宿へ向かった。

 王都とは言っても、お風呂の普及率は低く、宿にお風呂があるものならば、その値段は普通の宿の倍の倍。

 それでも、ゲームでもお風呂に入りたいメイドリスは、宿近くに銭湯らしき建物を見つけ、覗いてみた。するとそこは、銭湯、つまりお風呂であった。

 街を見て回ったときには見落としていたのか、目につくところにあった。

 太郎さん事件があったのだから、ゆっくりと体を休ませたいと、早速お風呂に入った。

 結構な料金をとられたが、彼女はお風呂に入れたならばそれでよしとホクホクと湯気を立ち上らせながら、ホクホク顔で宿への道を歩いていた。

「お、嬢ちゃん」

 声がしたので振り替えると、そこにはおっさんがいた。

 そういえば一緒に来てたっけ、と思い出し、宿をどうするか聞いてみた。

「ん? ああ、宿は別にいらん。テントでも張りゃぁ十分だ」

「テント? 荷物があるようには見えませんけど」

 おっさんの手には何もなく──いや、牛乳ビンを片手に持っているだけだった。

「馬車を預けてるんだ。見なかったか? 入り口に馬宿があっただろう」

 いや・・・・・・ちょっと覚えていない。

 今は五時を回った頃である。村でゆっくりしたあと、ゆっくりと戻ってきたのだ。その後すぐに報告に生き、魔素のことを話した。おっさんのことは言わずに。

「あと、太郎さんがうじょうじょとたくさんでてきました」

 と一応言っておこうと報告したら、受付嬢が真っ青になりながら、奥へ引っ込んでいった。何を想像したのかは言わなくともわかるだろう。戻ってきた時に「体液がびちょって跳ねてきてですね」と意地悪をしてやるとまたもや顔を真っ青にし、倒れてしまった、などということもあったとかなかったとか。

 さて、今回のこの依頼はあくまで調査。その首謀者を捜す、というものではない。よって、メイドリスの仕事は終わったわけだが、彼女は気になっていた。

 現在、おっさんの頭上には魔素の塊はない。森から出ると魔素の塊はおっさんの頭上からなくなっており、森の中を覗くとそれが浮かんでいた。

 この結果から、おっさんが原因ではないことがハッキリとわかった。

 だとしたら、誰が行ったのか。

 村には、魔素が充満していたとしか伝えていない。しかし、いつまでも知られないとは限らない。別に知られてもいいのだが、あそこには兵士がいるために出来る限り知られるのを避けたい。何を企んでいるかは知らないが、絶対に良からぬことを企んでいるに違いない。メイドリスはそう考えた。ギルドは国の機関ではないので、賄賂や脅迫を受けていなければ、まず安心だ。とは言っても、情報が漏れないとは限らない。

 と、

「ねぇ、おじさん」

 呼ぶと、おう、なんだ? とおっさんが尋ねた。

「おじさんって、魔法使えるんですよね」

 この辺りが焦土と化す高位魔法だけだがな、とどうだすごいけどショボいだろう、と言っているかのように頷いた。

「じゃあ、魔素を魔力に変換することは可能ですか?」 

「錬金術の専門だな。師匠にできるとは聞いたことはあるが・・・・・・あいにくやり方は知らん。だが、知っていそうな人は知っている」

 その言葉を信じておっさんが言う〝知っている人〟に会いに行くことになり──

「──って、亡くなってるじゃん!?」

 行ってはみたものの、その人は既に寿命を迎え、亡くなっていた。

 ──何でなのよ!




◇Now Loading...◇




「おじさん、とんだ無駄足だったんですけど」

 メイドリスは横目でおっさんを見つつ言う。そうだな! と笑いながら悪びれる風もなくおっさんは言った。まったく、と彼女は息を吐く。

「それより、これからどうする気だ?」

 これからねぇ、とメイドリスは考える。

 彼女はリアルで飲食などを一週間しなくとも大丈夫な体をしている。どんな体なんだと不思議だが、そこは都合よく設定されているのだ。

「とりあえず、宿に戻ります。魔素の件については、ひとまず置いておきます。クエストでもこなしていけば似たようなことに遭遇するかもしれないので」

 そうかい、とおっさんは言った。俺も気になるから自分で探ってみる、と言ってメイドリスの前を歩く。流石に自分の頭上に魔素が浮かんでたことをないことにはできないらしい。

 おっさんは手をあげてメイドリスにお別れの挨拶とした。

「・・・・・・宿同じなんですけど」

 二人は宿で顔を合わせることになるのだった。




◇◇◇




 朝早くにメイドリスは宿を出ることにした。と言ってもギルドが開く時間帯にだが。

 おっさんはどうやらまだ起きていないようで部屋からいびきが聴こえてきた。貴族でもないので壁が薄いのは当たり前だ。リアルとは違うのだ。

 食堂でご飯を食べると早速ギルドへ向かった。

 街は人がいなく、静まっていた。流石に朝っぱらから騒がしいほどおかしな街ではない。

 ギルドに入れば冒険者と及ぼしき人たちとプレイヤーが依頼張り出し盤の前にたむろっていた。当分依頼を受けられないなと思った彼女は受付嬢がいるカウンターへ向かった。昨日帰り際にモンスターを討伐したのでその素材がたんまりとあったのだ。この前ほどの金額にはならなかったが結構な金額になった。アイテムボックスの枠が多くて助かった。

「メイドリスさんはモンスターを狩りすぎですよ」

 などと受付嬢と話す。職務中は駄目なのだが、大丈夫ですよ~という受付嬢の悪の声が今の状況を作っている。

「モンスターを狩りすぎと言っても行く先々にポップするんですからしょうがないじゃないですか」

 それを簡単に討伐してしまうのがおかしいんですよ、と受付嬢は呆れた顔で呟いた。

 ──ですが、まあ、助かってはいるのですけれど。

 王都には三つ冒険者ギルドが存在する。それは王都が広すぎるための措置だ。ギルドを利用するのは冒険者だけではない。依頼をする人だって納品する人だっている。冒険者ならば外へ出るために入り口近くのギルドを使用すればいいが、家が遠い人は大変だ。

 ──ここのギルドにはあまり冒険者はいませんし。

 いや、いるにはいる。プレイヤーどももいるために少ないわけではない。しかし、中心街の方と比べると廃れたギルドにしか思えないのだ。それほど中心街のギルドの方が繁盛しているのか。〝差〟というものはどうやってもどちらにも転ばない。もうこの道しかない。つまり、冒険者の格の差もあるということだ。

 ──にもかかわらず、モンスターは増える一方。どうにかなりませんかね。

 受付嬢が溜め息を吐くのも頷ける。

 ここはようは、初心者が集まる場所。高レベルな冒険者が来るような場所ではないということ。

 ──たまにいてくれるんですけどね・・・・・・

 そうこうしているうちに冒険者らしき人たちが集まり出したので話はお開きとなった。

 






 なるほど、とメイドリスは相槌を打った。手にはメモ書き用の紙が握られている。

 このゲームは、ステータスウィンドウやストレージなどのゲーム要素があるが、同時に普段リアルで使うような紙、お金、その他はステータスウィンドウでデータ化されない。依頼受領のときさえまず張り出されている依頼書を受付に出してギルドカードなどの確認の上ようやく、ついでであるかのようにクエスト受領という文字とアイコンがウィンドウに出てくる。つまりは、ゲームというのはあくまでついでであるかのように、何もかもプレイヤー自身の手を使わなければならないのだ。

 ──本当に異世界に来ているみたい。

 そこはもはや、異世界と言っていいだろう。

 この世界はリアルと同様に時間が動いている。止まる、などということはない。

 そんなのとはさておき、メイドリスはメモ書きに書いてあることを復唱した。

「えっと・・・・・・ホラノ・ストリート八番街ニニの五」

 ホラノ・ストリートというのは、中心部から東に逸れたところにある細長い道が二本ある通りのことだ。雰囲気はベーカー・ストリートのようだが、決してあの名探偵はいない。

 ここに住もうかなー、と口にしながら、メイドリスは一番街を歩く。始めて来た場所なのでどこに何があるかはわからない。そのため左右をキョロキョロと見る。

 レンガ造りの建物が左右をずらりと並んでいるために目がおかしくなりそうだ。

 さて、早く見つけなければならないとメイドリスは他のことを考えるのをやめて探す。とはいっても、来たことのない地なので運がなければそうそうすぐに見つかるわけもない。ドアのところに住所が小さく書いてあるのみだし、書いていない場合もある。

 しかしまあ、彼女はメイドリスである。最悪な状況にはならないだろう。

 結果的に言えば、見つかったのだが・・・・・・何というか、その・・・・・・

「おぅ・・・・・・大穴が空いてるのですが・・・・・・?」

 目的の建物、そこには大きな穴がぽっかりと空いていた。

 ちょっと待って、と彼女は自分に言い聞かせるように言った。ああ、参った。これはもしや、面倒事に巻き込まれるのではないか──

「そんなことを考えたところで今の状況に変わりはないのですが」

 今回受けた依頼は、戦闘をするようなものではなく、お手伝いの依頼。ある研究者が助手がいなくなって困っているとのことで、それだけならばメイドリスが依頼を受けることはなかったのだが、その人が研究していることが彼女には引っ掛かったのだ。

「・・・・・・魔力貯場マナ・ダムの研究・・・・・・」

 ぼそりと呟く。

 魔力貯場とは、その名の通り魔力を貯める場所──正確には地脈を利用して魔力を一ヶ所に集める魔法だ。それに直接的な意味はない。魔力を貯めるだけだからだ。しかし、その魔力をどう使うかによって脅威となる。

 まず考えられるのが、貯めた魔力を使っての大魔法の構築&発動。

 二つ目が暴走させて魔力を利用して大爆発を起こす。

 どちらにしろ被害は大きくなるだろう。

 その危険な研究をなぜやっているかと言うと、戦力の確保である。

 現在、リューグー王国と隣接しているバルバッソ王国が戦争をしている。戦争が起きた理由は、バルバッソ王国がこちらの国土を侵略しに来たからだ。

 現在、侵略は〝オルガンの壁〟と呼ばれるリューグー王国すべてを囲んでいる大きな十枚の壁によって進んでいない。とは言え、既に四枚も破壊されているので呑気にしている余裕はない。今日で約四ヶ月経っており、このままいけば諦めてくれるのではないかと思うが、壁が四枚壊されているということはつまり、一ヶ月に一枚は壊せるということに他ならない。このままいけば、あと六ヶ月もすればすべての壁が壊されることになる。敵兵力を削げばあるいは可能かもしれない。しかし、オルガンの壁がある以上、味方兵力をぶつける必要はない。兵力を無駄に減らすのは避けたいのだ。

 そこで魔法部隊が前線へ立つことになった。魔法ならば、敵が遠距離攻撃をして来ない限りこちらの兵力は衰えないからだ。しかし、長期戦になるのは確か。魔力が持つわけがない。国王は、魔力貯場に目をつけた。

 これが敵に知られると大変なことになる。

 なら普通、お手伝いは冒険者に任せないだろうとメイドリスは思ったが、元々この国の兵力は他国に比べて極端に少ないので──だからオルガンの壁を造った──兵士を回す余裕がないのだろう。

 それでも普通ならば、冒険者に成り立てのメイドリスに依頼を受けることは不可能だ。だが大丈夫なのだ。国からの依頼はAランク以上が受けられる。ということは・・・・・・そう、彼女は何故か短期間でAランクになったのである。

 ランクの昇格は、ギルド員が独断で決める。とは言っても一応の基準はある。大抵ギルド員の独断と偏見だが。強い敵を倒す、というのも昇格の対象だが、どれだけギルドに民に貢献したかも昇格する理由としては十分。メイドリスはどちらもクリアしてAランクへとなったのであった。

「どうしましょうか、これ。一応入ってみるかなぁ」

 中には人はいないだろう。これがどこからかの襲撃だったのならば、殺しきるはずだ。壁に大穴を開けたら人は死ぬ、なんて考える奴はいないだろうから。

 しかし不思議だ、とメイドリスは思う。ここにいた研究者を殺す、あるいは誘拐するにしてはこれはやり過ぎだ。他に狙いがあるのか・・・・・・。

 とにかく入ってみよう。メイドリスは玄関に向かって歩き出した。

「・・・・・・ん?」

 と、玄関手前まで来た途端、奇妙な気持ち悪さに襲われた。それは一瞬だったが、確かに何かに

「なるほど・・・・・・結界、でしょうか」

 メイドリスにはこちらの世界の知識はない。しかし向こうの世界の知識は頭に入っている。その中から導き出される答えとして、結界が出てきた。

「人払いの結界ではありませんね・・・・・・認識阻害の結界としか考えられませんが、しかしだとすると、中が見れるのはおかしいですね」

 認識阻害の結界と言えば、結界内部を一枚の壁(結界)によって結界内部を見えなくさせるもの。この結界は、結界の内部が見えてかつその事実を隠している。

「不可視化の結界ですか。器用な人ではなければこな結界は使用できませんね」

 隠したいことを任意にできる結界。魔力操作や感覚など器用な人ではなければ、すべてを隠す、ランダムに一部隠す、全部見える、という結末が待っている。

 だが待てよ? とメイドリスは疑問を抱いた。

?」

 おかしなことだ。術者以外に見える結界なのだろうか。いや、そんな結界を張る意味がない。というか不利になる。にもかかわらず私は気が付いた。術者以外に見える原因があるのか。それは私自身にあるのかそれとも結界にあるのかあるいは両方か。何にしろ不思議なことばかりで胸が気持ち悪かった。

「あ、あのう。すみません、そこの女性の方」

 声が聞こえたが、それがメイドリスは自分のことだとは思わず、考え事をしていたのだが、ちょんちょんと肩に何かが触れたために後ろを振り向くと、そこには白銀の甲冑を纏った兵士が立っていた。




◇◇◇ 




「報告します!」

 平民が暮らしているような部屋に甲冑を纏った兵士がガチャガチャと音をたてながら入ってきた。兵士は上司かと思われる男の前に立つと一礼をする。

 男は二十~三十歳に見える。普通の服装をした彼は一人掛けのソファーのような少し大きな椅子に座っており、その右には小さなテーブル、ワイン、グラスがあった。

「どうした」

 男は兵士に尋ねた。

「はっ。アグール研究者が拐われました」

「なんだと!?」

 兵士の言葉に男は動揺した。

 当たり前のことだった。なにせ、魔力貯場マナ・ダムを研究しているアグール・メフィストが拐われたのだから。

「それと・・・・・・」

 苛ついた風な声で男は聞いた。「それが、その」と

「アグール研究者の自宅前に女性がおりまして」

「女性?」

「ああ、いえ、少女と言った方が適切かもしれません。話を聞いたところどうやら冒険者のようでして。しかも、異邦人だとか」

「その者は今どこだ」

「扉の前で待たせておりますが」

 よくやった、と男は褒め、呼べと指示した。

 兵士が連れて来た少女は言うまでもなくメイドリスだ。

 服装はお出掛けに着ていくような洋服を着て、腰には短剣があった。見るからに──短剣以外──冒険者とは言えない。メイド服を着ていてもそれは同じ。

 それを見て男は眉をひそめた。

 まあいい。男は兵士に下がらせると、メイドリスに話しかけた。

「貴様、名は何という」

 急にここに連れてこられて急によくわからない男から話しかけられたメイドリスは動揺したがそれは既にそれはなくなった。彼女はメイドモードへと切り替えたのだ!

「メイドリスと申します」

 両手を前で組み、一礼。

 男はそれを見て少し驚いたが、話を進めた。

「メイドリス、か。ふむ。俺の名はガルドス。この国の国王だ」

 そんなんですねと無関心な風に彼女は思った。

 そこで疑問をぶつける。

「何故このような場所におられるのですか? 本来ならば王城にいるはずでは」

「まあ、そうなんだがな。俺は『俺は国王だ!

』と主張するのが嫌でな、しかもあんな畏まったところなんぞにいたくないのだ。やはり、こうして平民の暮らしをしたり家でゴロゴロしたりする方がいい」

 本当に国王なのかこいつ、と疑いたくなるが、国王である。

「それはいいんだ。貴様、冒険者だったか。服装からしてそうは見えんが」

「モンスター狩るのもこの格好なのです。鎧などは着たくありませんから。それに今日のご依頼はアグール様と言う方のお手伝いでしたので」

「なに? アグールの手伝いだと?」

「ええ、左様でございます。こちらに依頼書の写しがございますが、拝見なさいますか?」

「いや、疑ってはいない。が、アグールが手伝いを依頼するなど信じられんのだ。それにアグールが研究していたものは国外に漏れたら一大事なものだ。部外者には知られてはいけないものだ」

「しかし、本人がご依頼をしにギルドに来たとおっしゃっておりました。魔力貯場のこともこちらの紙に書かれおります」

 まじかー、とガルドスはそんな顔をした。

「そうか・・・・・・」

 それで、とメイドリスは気になったことを尋ねた。

「アグール様に何かあったのでございますか?」

 ガルドスは一言、わからん、と言った。

「誘拐されたと推測したようですが、既に殺されている可能性もございます。そしてもうひとつ、アグール様が裏切った線もございます」

 わかっている、とガルドスはぶっきらぼうに言うとめんどくせーと息を吐いた。

「しかし、建物の損害状況から考えまして、誘拐というのもおかしな感じがいたしますし、また殺人というのもおかしな感じがいたします。誘拐、殺人ならば建物を壊す必要性がどこにもございません」

「何? 建物が壊されていただと?」

「はい、しかもその損害箇所を隠すような結界が張られておりました」

「そんな結界聞いたことないぞ」

「やはり、ご存じありませんか」

 聞いたこともない。

「私も聞いたことがなく、予想でしかありません。本当にそのような結界なのだとしたら、少し疑問点が浮かぶのでございます」

 疑問点だと? ガルドスは考えるふりをして──やめた。

「私には結界内部が見えたのでございます」

「それのどこがおかしいんだ」

「損害箇所を隠すために結界を張ったのにもかかわらず人に見える。それでは結界の意味をなしません。それだけならばまだ少しおかしいかなと思うだけです。しかし、見えていたのは私にしかいませんでした」

「・・・・・・どういうことだ、それは」

「よくわかりません。先程の兵士に尋ねましたが、結界内に入らなければわからなかったとおっしゃっていました」

 そうか、とガルドスは目を閉じ、「わかった。貴様、この依頼は未達成のままギルドに戻れ。ギルドマスターに手紙を書く。それを渡せば報酬を貰うことができるだろう。それと、こちらからも報酬を出そうと思うが」

 メイドリスは報酬はいりませんと断ったが、今後協力してもらうかもしれんからな、とどうやら巻き込まれるようだった。彼女は嫌だなと思ったが、口にも顔にも出さず、了承した。

 調査のほうは国王がやってくれるらしく(とは言っても国王は指示を出すだけなのだが)、普通にギルドの依頼を受けていいそうだ。

 ギルドに戻ったのはお昼時を過ぎた頃だった。お腹が空いたとメイドリスは言いながら入ると、ギルド職員にギルドマスターに手紙を渡してほしいと言うと、少々お待ちくださいと部屋に通され一人にされた。

 暫くすると白髪の女性が入ってきた。年齢は二十歳から三十歳ほどに見える。多分この人がギルドマスターなのだろう。

 女性はメイドリスの目の前に座ると口を開いた。

「私がギルドマスターのハイリッタ・ベルウェーです。あなたは?」

「メイドリスです」

 変わった名前ねぇ、とハイリッタはそうかそうかと相槌を打った。

 それで、とハイリッタは話を切り出す。

「何の用でしょうか? 手紙とか言っていたようですが」

 これですと言ってメイドリスは手紙を渡した。

「・・・・・・えっと、・・・・・・んなっ!?」

 受け取った彼女は見た瞬間、目を見開いた。どうしたのかと聞くと、

「こ、これ、国王印が押されているんですが」

 国王印とは、国王のみが所持を許された押印のこと。これは、国王の身分証明ともなる。国同士との手紙のやり取りに使われるのが普通だ。しかし、こういう事態の際にも使われることがある。

「そうですが、何か問題でもありましたか? 国王様が持ってけって」

 それがおかしいんだけど! とハイリッタは頭を抱えた。どうせ碌なことが書かれていないだろうと彼女は予想する。まあ、あっているのだが。

 ハイリッタは恐る恐るといった感じで手紙を読み始める。

「・・・・・・えっと、メイドリスさん」

 はい? とお茶を飲んでいたメイドリスは湯飲みをテーブルに置く。

「ここに書かれていることは事実ですか?」

「どのようなことが書かれているかは存じ上げてはおりませんが、国王様と話した内容が書かれているのであれば、事実です」

「・・・・・・報酬の件は了解しました。後で持って来させます。本題は──」

 ──これです、とメイドリスに手紙を見せてきた。

 そこに書かれていたことは


========================


  略


 本件にメイドリスもかかわらせることにした。何かそっちのほうがいいっぽいし。こっちでいろいろやるが、ギルドを通して依頼をする。ギルドにも一枚噛ませようと思うが、ギルド職員と冒険者には秘密だ。ギルドマスターと副ギルドマスターらそれとメイドリスだけだ。詳しくは後日、文書を送る。じゃなー。


========================


「ものすごく軽い感じで書かれてあるんですけど」

「それは・・・・・・なんだろうね。じゃなくて、私まで巻き込まれた! 嫌だー、国の事のは関わりたくないー」

 何か、ハイリッタの表の皮が剥がれた。

「んもー、今はフミちゃんいないし!」

 やーだー、と子供のように喚く。

 やーだー、と言われても国王様からの指示なのだが。どうやってもこの件から降りることはできない。

 メイドリスも巻き込まれて嫌になっているのだから、道連れにしてやる! と思っているかもしれない。そんな表情は顔に出さないが。

「・・・・・・ふぅ。ごめんなさい。フミちゃん以外にこの私を見せたのはあなたがはじめてです」

 口調戻した! と思ったが口にはしない。

「面倒だけど、仕方がないしね・・・・・・。よし、メイドリスさん・・・・・・いや、メイちゃんって読んでもいい?」

 一瞬戸惑ったメイドリスだが、気を取り直して了承した。代わりに私のことも好きなように呼んでいいからと言われたが、何と呼べばいいかわからなかった。考えてまあこれでいいかなと決めた呼び名は『リッタ』。安易だが、色々考えて変な呼び名にするよりはいいだろう。ハイリッタもいいんじゃないかと言ったのでメイドリスは安堵した。こういうことには慣れていないのだ。

 後日副ギルドマスターを紹介するがてら食事でもどうかと誘われたのでこういうのもいいかなと思い、誘いを受けた。いつになるかはわからないが。

 報酬を受け取ったメイドリスは依頼を受けるのも嫌になったので宿に戻ることにした。ログアウトすればいいのではと思うだろうが、完全にそのことを忘れていた。異世界だけど本当の異世界ではないぞー、と誰かが言わなければ気づかないかもしれない。まあ、まだまだ時間はたくさんある。それまでにこの件を終わらせられるのかはわからない。




◇◇◇




「ねえ、ジル」

 少女が横に立つ鎧を纏った男に声をかけた。何ですか、と尋ねたが、何でもないと少女は返した。不思議に思ったジルと呼ばれた男はどうしたのかと尋ねるが、何でもありません! 何て言って小走りでテントに入っていった。それを見送って一息吐くジル。

「この戦争が終われば、ジャンヌ様は普通の少女に戻れるのでしょうか」

 太陽が昇る青空を見上げながらそう思う男。

 

 ここはバルバッソ王国とリューグー王国との隣接地点。つまり、国境だった。

「最前線へ明日向かい、壁を壊す。直接敵と戦わないのであればジャンヌ様を危険な目に合わせなくてすみますが」

 ふと、こんなことを思うのだった。

「この戦争を起こした意味は何なのでしょうか」

 何も検討がつかない。敵国となっているリューグー王国とは前々から敵対していたわけではなく、それでいてそこまで友好な関係でもなかった。この戦争を起こしたのは、戦争開始前に就任した現国王だ。いや、正確に言えば、その妻である女王だ。前国王はこれから友好関係を結びたいと思っていたらしいが、病に倒れそのまま亡くなった。継いだ第一王子、現国王のアンパンは髪の毛がアンパンの餡のような色をしている。例えがよくわからないが。もうアンパン◯◯でもよかったのだが、それだとあまりにもかわいそうなのでアンパンにしてあげた。と前国王はいつか言っていたのを思い出したジルは、雑すぎるだろと思った。

「何事もなく、終わればよいのですが」

 悪い女が妻になるとは──現国王、大丈夫だろうか。そう考えて、溜め息を一つ。

 テントからジャンヌがジルを呼んでいた。何ですかと歩きながらジルは尋ねた。

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