第46話 渋谷熊吉 取り調べ(三)

荒木巌殺害容疑者となった渋谷熊吉の裏付け捜査は、二人の刑事により翌日以降徹底して行なわれた。



「渋谷!先日の調べで犯人は、『富永正治』と言っていたが間違いないか!?」


「又同じ事を聞くのですか?まだ分からない事があるのですか?先日担当官に詳しく申し述べたのに。何度も言いますが犯人は、冨永正治に間違い有りません」


「貴様!いい加減な事を言うなよ!おまえが当時家屋の修理や家財の購入など、大金を使用した事が村人の噂になり疑われた事があっただろう?それとおまえが当時使っていた鉈(なた)は今何処にある?」


「そんなに大金ではないが、牛馬の買い付けと牛舎の改築費用に使いました。鉈?そんな古い話、忘れましたよ。先日も答えましたが、家に無いと言う事は誰かに盗まれたと思います」


「盗られた?その鉈に持ち主の名前を打ち込んでいたのか?!」


「名前!そう、あの頃は物不足で、盗難が多く鍛冶屋に注文する時、名前を入れる事がはやっていたのました。急ぐ場合は店頭に並んでいる品物を買うこともありましたが。覚えはないね、名前を入れていたかも知れません?」


「名前を入れたかは覚えてない?しかし毎日使う道具に見覚えがあるだろう?また、それはどこ鍛冶屋で作らせた?鍛冶屋の銘は入っているだろう!」


「皆と同じく名前は入れたと思います。その鉈がどうかしましたか?鍛冶屋は金物で有名な、三木市で作った事は確かだけど『丸長か、丸富』みたいな屋号でした。しかし前にも言ったでしょう!何でしつこく聞くのですか!?」


「渋谷!もういい加減トボけるのは止めんかい!警察は『渋熊』と刻まれた鉈を回収し、鍛冶屋も調べ、お前の持ち物と断定しているのだ!この鉈で『富永正治』を殺したな!」


一舜顔色を変えた熊吉は、

「鉈?私には関係ありません。おそらく正治が捨てたのでしょう。それに正治は、海で行方不明と聞いていますが?わたしが正治を殺したなんて全くのおかど違いですね」


「コラ!お前まだ分かってないな!その鉈が正治の遺体と共に井戸から出て来たのだ!」


「正治の遺体?海で死んだ正治が、井戸で?本当に正治ですか?海での自殺と思っていたが?まさか、鉈を使って井戸で自殺?そう云えばその頃から鉈は見当たらないなと思っていました。井戸の中にあったのか?」


「何、自殺だと?正治が?出鱈目を言うな!それと荒木さんの頭部も同じ井戸から出てた!お前の犯行だろうが!村人達から事件当時の話を聞き、裏付けを取るとお前が犯人で、口封じに冨永正治を殺ったと噂されていたとか!海で死んだはずの正治の遺体が、なぜ野井戸の中にあるのか?当時村人達の身辺調査と不審な動きを調べたが、お前以外に正治を殺す動機を持った者は一人も居ない事も分かっている」


「そんな、やっていないものはやっていない」


「お前が幾ら芝居をしても、警察は動かぬ証拠を押えているのだ!良いな、ここらで未だ成仏してない被害者二人の御霊を忍び、又遺族の方々の悲しみを想い、お前に一片の人間としての心があるなら、お詫びの気持を表し、包み隠さず真実を云って見ろ!それが、お前に残された唯一の道と違うか!」


このような取り調べを連日受けた渋谷熊吉も、ついに『荒木巌、富永正治』両名の殺人事件に付いて全面的に自供した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る