第36話 雪中野営訓練(二)


「ところで、俺の行き付けの店の名前を誰から聞いた?」


「そんなことは誰でも良いでしょう…この件に付いて他の者は何も知らないのですから…あまり、詮索すると却って事態がおかしなことになりますよ」


「そうか、もう一度尋ねるが、この件に付いて本当に貴様以外誰も知らないのだな?」


「約束します、他の者は知りません」


「分かった!明日の夜間訓練は、今迄にない厳しい訓練になるだろう、だから少しは楽な伝令要員として俺のそばで働くよう隊長に許可を取るので、全すべて話したことは内密にしてくれ。良いな?」


「伝令?同期生と同じ訓練でいいですよ。もとからそのつりでいますから。」


「まあ、明日考えとこう。」


このような会話を終え、我々は寒風の中、テントに引き上げた。




この野営期間中も、前にも述べた不寝番勤務があり、外套で身を包み小銃を携行した勤務者が「止とまれ!誰か?」と『誰何』する声が時折聞えていた。


翌朝、目を覚ますと外は一面銀世界。


周囲の山々はかなりの積雪があり場所によっては「掛け軸」に出て来る華麗な水墨画がを見るようでした。


朝食後、天幕の徹収を行い、帰隊準備をして最終訓練に移ったが、日が昇ると共に、演習場はぬかるみ、移動の度に足元を取られ苦労を強いられたが、これが教育隊で最後の野営訓練だと思えば皆不平も言わず、むしろ意気盛んであった。


昼頃より、鉛色の雲が空を覆おおい、雪も降り続き、強風が樹木を打ち鳴らしていた。


この激しい雪中訓練を体験しながら、以前聞かされた明治時代後半、青森第五連隊二大隊の隊員が犠牲になった、「八甲田山、雪中遭難事件」(明治35年1月、犠牲者199名)を思い出していた。


厳寒と自然の力に極限状態に追い込まれ、それでも生き残る為の強い執着心と普段考えられない異常な行動や目前で倒れ行く同僚を見ても何も対処出来ない苛立ち等、遠く青森の台地「八甲田山」の悲劇と自分たちの境遇を重ねていた。


今夜もかなり降雪が予想されたが、夕食後教育隊長より訓示が伝達された。  


「候補生諸君!ご苦労!今夜の夜間演習をもって、教育隊での野外訓練は終了となるが、寒さ一段と厳しい折、候補生諸君!各自健康に留意し、この教育期間を無事終了して呉れ」


「「はい!」」


「現場の各部隊は優秀な君達の配属を、今や遅しと待っている。亦、各戦線に於いて日本軍は、祖国の繁栄と勝利を信じ、益々国防意識に燃え我が身を捨て、苦しい戦況に立ち向かっている時だ!君達も、栄えある帝国軍人の士官要員としての自覚を持ち、日夜軍務に専念し、軍部の方針に従い一致団結、国民と共にこの難局を乗り切ってほしい。これが諸君に課せられた今の任務だ。以上!」

このような訓示内容であった。


訓示終了後、教官より夜間演習に付いての趣旨説明があり、私は伝令要員を命ぜられ数名の者と伝令任務に就いた。


部隊を「青軍」と「赤軍」に分け今迄に行ってきた夜間戦闘訓練を主とした総合訓練で、訓練終了予定時刻は、午前5時30分。


その後国鉄「青野ヶ原駅」発午前6時45分の列車で、姫路に帰隊する予定でした。


夕刻から寒さが厳しく、雪が間断無く降り続いており、私佐川は、第二小隊の後部に随行、前進する小隊の軍事行動と共に、目的地に向かっており午後12時、演習場北端を出発、1時間余りが経過した。


この頃より間断なく吹き付ける強風や降雪も激しくなり積雪は25㎝以上となり、隊員の動きを確認する事が難しい状態となったがこれも訓練、皆不平も言わず上司から指示される戦技訓練に併わせ応用実技訓練が続行されていた。

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