I. 先輩、あんた一体何度俺の命救えば気が済むの?
結局俺は、ウチの演劇部の定期公演には一度も出演しなかった。俺の狙いを聞いた坂口たぐたぐの案だ。
「暁みちるという役者を護るためです。相当の集客力と注目度を誇るここの公演に、もちろん最初はみちるも出演したがっていました。しかし彼は、『自分で満足できる芝居ができるようになるまで世には出ない』という断固たる決意をしています。また、前例がいくつかあるようですが、定期公演で注目を集めた生徒が後に劇団にスカウトされるというケースも、みちるの望むところではありません。しかし逆に、校内のみのイベントや、文化祭などでは、みちるを積極的に前に出す。女性役の方が面白いかもしれません。『やたらきれいな役者がいる』程度の情報の拡散なら、上手く行けばデビュー前からファンダムを築くことが可能かもしれません」
たぐたぐのこのプレゼンに同意した山浦先輩、そして進級して部長になった日向先輩と二年の俺、そして新入生たちは事実そのようにした。
ちなみに新入生らは俺を見ても男か女か分からず、俺が面白がって、男女を演じる独り芝居を披露したら、『すっごい美男美女!』、『お二人は実際に付き合ってるんですか?!』なんて反応を見せたので、俺は内心で腹を抱えて笑った。
日向先輩の最後の舞台は、二学期の文化祭だった。
主人公の男性は先輩が演じ、俺は彼の恋人の女性と、彼を狂気へと導く悪魔の男性役を演じた。オリジナル脚本で、シンプルだが部員全員の魅力が余すことなく発揮される、まるでオーダーメイドのようなホンだった。
それが日向先輩によって書かれたものだと知ったのは、文化祭の打ち上げでのことだった。
『ちゃんとおまえらしさを出せる役にしたつもりだったけど』
先輩はそう言って笑った。
そして、東京の某芸術大学のシナリオ学科へと進学していった。
先輩のいない最後の一年はつまらなかった。そもそも俺は定期公演に出ないのだ、日向先輩のいなくなった時、芝居で俺とタメをはれる奴なんていなかった。
高校を卒業した俺は、東京の俳優育成学校に入学した。
もちろん、『暁みちる』という名前で、ジェンダーレス俳優としてだ。
その時、すでに俺は予感していた。
『そろそろ、世に出てもいいんじゃないか』
それほど厳しい学校ではなかったが、最初に自己紹介の独り芝居をエチュードでやれと言われたので、俺は例の男女二人役を演じるある種の『持ちネタ』を披露したんだが、周りはドン引きしていた。もちろん、良い意味で。
そして俺はここでも異端児となる。
講師陣は俺に男女どちらの役を振るかで揉め、色恋沙汰でも色々あり、技量のない連中には嫉妬の陰口を叩かれ、とても演技だけに集中できる環境ではなかった。
『よお、将彦』
そんなおり、日向先輩から連絡があって、久々にメシでも、という運びとなった。
俺は愚痴りまくってしまった。俺は演技の勉強だけしたいのに、なんでコクられてフったら逆ギレされて『アイツのセクシャリティは云々』とデタラメを吹聴されるのか。女子生徒より明らかに美しくなった俺に、彼女たちは何故嫉妬し、俺が主演の女性役を与えられると『暁は枕営業で役を盗った』なんてバカな噂が流れるのか。
でも俺も人の子だから、学校全体が敵のように思われて結構しんどい、と言った。
『そりゃしんどいけど、でも将彦、ひとつ覚えとけ』
先輩は変わっていなかった。なんで芝居から身を引いたかは知らないし追求もしなかったが、ホンを書くのは楽しいと言っていた。
『根拠のない自信を持て。根拠なんて後付けだよ。とにかく自信を持って堂々としてろ。堂々と歩いて、堂々と演じろ。結果なんておまえならすぐに出せる。誰がおまえに芝居を教えたと思ってる? ジェンダーレス俳優なんて前人未踏のことをおまえはしてるんだ、楽な道じゃないだろう。でも、堂々としてろ。でないと後に誰も続けない。どんなに辛いことが起こっても、演じろ。将彦、おまえは「暁みちる」を演じられる唯一の役者なんだぞ?』
自殺すら考えていた時期だった。
こうして日向一将はまたしても俺の命を救ったのだった。
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