神様だけが見ていない

綾繁 忍

#1

 ……失敗した。

「よくきてくれたね、星野さん。ボランティアに関心がある人に悪い人はいないし、きっと僕の仲間たちが気に入ると思うよ」

 私の後悔をよそに、目の前の彼は確信に満ちた声でそう話している。

 このH大学に通うために単身地方から出てきた身として、寂しさがなかったかといえば嘘になる。けれども、友達が作れるなら誰でもよかったわけではない。

「僕たちには特別なつながりがあるんだ。一度仲間になったら君達にも感じられると思う。そうだ、近いうちにちょっとしたイベントがある。久しぶりにあの御方がお見えになるんだ。せっかくの機会だから、君も参加するといいよ」

 サークルごとに割り当てられた学内のボックス席。決してゆとりのある席配置ではなく、周囲に他のサークルの学生は多数いるものの、この新入生入学の季節に熱心な勧誘など珍しくもないためか、目の前の彼の熱弁を気にかける者はいなかった。ただ新入生への声かけは芳しくないようで、一緒に聞いているのは私と隣の一名だけだ。

 そのボランティアサークルは「ひかりのみち」という名前らしい。部員は二十名ほどで、普段は高齢者施設を手伝いに行ったり、特別支援学級の子ども達と交流したりといった活動をしているそうだ。

 彼は部長の前田という。勧誘チラシを受け取りながら学内を歩いていたときに、声をかけてきたのが彼だった。

「そうね。最近はなかなかお出ましにならないけれど、今回は特別なんだって。運がよかったね」

 前田の言葉を受けて、その右隣の女性もしきりにうなずきながら同意する。佐伯という名前で、先程副部長であると自己紹介があった。二人ともまぶたを上下から引っ張られているかのように目を見開いていて、その熱意がこちらを飲み込もうと押し寄せてくる。今のところ私の運は微妙なところなのだけれど。

「いえ……私はまだ、入ると決まったわけでは」

 と、私が言いかけると、彼らの雰囲気が少し変わる。

「もちろん! 性急だったかな? でも僕としても、君のような綺麗な心を持った人を他のサークルに取られたくないと思ってね……つい力が入ってしまったけれど……わかってくれるよね?」

 この短時間で私の心の美醜をどう判断したのか問い詰めたい気にもなったけれど、前田の独特な口調で語られると、どうにも反駁する気持ちが起きなかった。熱っぽい振る舞いの割には不思議な人懐こさがある。なんというか、邪険にしづらいタイプだ。

「まあ今日のところは、まずは親睦会ということでちょっと飲みにいこうか。そんなに長くはならないと思うし、一気飲みなんてさせないから。ね?」

 私はとっさに断る理由を探すけれど、うまく見つけられなかった。理由などなくても断ることはできるはずだった。なのに、心のどこかでこのやや強引な数時間程度のつながりを、無碍にするのは間違っているような気がしていた。

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