第509話 異国の砂に踏み入る一行



――――――アイアオネとスルナ・フィ・アイアの中程より北東の国境地点。


 物々しい一団が国境を越え、ファルマズィ=ヴァ=ハール王国へと入国してきた。

 1500人もの兵士が周囲を固める馬車の車列は長い。


 危険を想定した客車は、道中で強力な魔物に襲われようがビクともしない頑丈な超VIP用の特注品。引く馬は筋骨隆々とした馬体とギラリとした眼光を放ち、重い騎馬用の馬具をもろともしないパワーで、悠々と後ろの重量級の車を引いていた。




「ついにファルマズィに入りましたか。ルシュティース義姉さんは大事なく過ごされているだろうか……」

 馬車の中で揺られている貴族男性シャイト=タムル=パルミュラは、南方の国へと嫁いだ義姉ルシュティースを案じながら窓の外を眺めた。

(※シャイトは「第88話 嫋やかなる先輩のコーチング」あたりや、

  「閑話 人物紹介.その9」などを参照)


 殺風景な砂漠地帯―――祖国ヴァヴロナにもこういった場所はある。だが見渡す限り遥か地平線の彼方まで砂と空以外のものは何も見えないほどではない。

 街道があるので馬車が足を取られることはないが、街道の外にはみ出さざるを得ない護衛の兵士達は歩き辛そうだ。



 もちろんこんな場所ばかりではないと分かってはいるし、他国を悪く言うつもりもない。しかし、それでも心配はこの若く青い青年の口をついて漏れ出てしまう。


「こんな国で、本当にルシュティース義姉さんが耐えられるのか……これじゃあ叔父上様が心配なされるのも無理はないな」

 祖国ヴァヴロナの枢密院長を務めるパルミュラ公爵家の現当主。一族の大黒柱たる親戚の叔父さん、テルセス=エリ=パルミュラの事を思い浮かべる。


「(義姉さんの嫁ぐことが決まった時も、叔父上様は最後まで反対されていた……果たして……)」

 今回、シャイトはパルミュラ家を代表してルシュティースを訪問する事になった。

 その目的は気楽な親類訪問―――は、表向き。真に課せられたことは先方、つまりは夫であるヤーロッソとその住まいおよび周辺環境の密かな査察だ。

 なのでスルナ・フィ・アイアに直行せずに、まずは近隣の町や村へと立ち寄る予定になっていた。


「そこの。ローディクス家の馬車の方は問題なくついてきているか?」

 窓を開け、最寄の兵士に問いかける。

 すると兵士は兜のバイザーを上げ、後方を振り返り、確認した。


「ハッ、問題なく。先ほど護衛のローテーションを切り替えましたので、現在は我がヴァヴロナ第6賓衛ひんえい中隊が護衛についております」

「そうか、くれぐれも大事なきようにな。そちらには師匠……んんっ、やんごとなきお客様が乗られているゆえ、万が一はもちろん億が一も許されない。心してくれ」

「ハッ!」

 もっとも、こんな念を押さずとも彼らは分かっている。

 パルミュラ家はヴァヴロナにおいて王族にも等しいほどの一族だ。その命に従うことは、かの国の兵にとって誉れですらある。

 そんなパルミュラの代表として今回、この一団の長を務めるシャイトが “ やんごとなきお客様 ” と形容する相手だ。彼と同等かそれ以上の賓客―――兵士達に1人として油断する者などいない。


「(……とはいえ、ファルマズィの治安は日々悪化していると聞いてる。ここまでは問題なく来れはしたけれど、油断はできないな)」

 まず向かうはスルナ・フィ・アイアから南東に30kmほどの所にあるという村だ。そこが現在位置からもっとも近く、一団が休息を取るには最適だとして移動予定に組み込んだ。


 しかしシャイトには少し、思うところがあった。


「(もう少し離れた町規模のところの方が良いのではないだろうか……?)」

 今回の予定はあくまで地図を見て決めたもの。

 実際に国境を越え、こうしてファルマズィ王国の現場を直に眺めたことで、小さな村ではこの規模の一団が十分な休息を取るのは難しいのではないかと思い始めていた。



「御者、目的地にしている予定の村以外で付近の町はどのようになっている?」

 馬車を操る御者の男性は、問いかけられた後少しだけ考えてから口を開いた。


「んー、そうですねぇ。村からスルナ・フィ・アイアには街道で30kmですが、反対方向……南東に行きますと、アイアオネっていう町がありますね。ただ村から20kmはありますから、スルナ・フィ・アイアと50kmくらいは間がありますよ」

 ここまでも結構な長旅だ。今更50km程度はさほどの距離には思わない。

 とはいえ休みなく後ろの馬車の客に長い距離の移動をお願いするのは気が引ける。


 考えた末にシャイトは、今後の方針を決めた。


「よし、ならまず予定通りに村には立ち寄ろう。そこで一息を入れた後、アイアオネとやらに向かい、そちらでしっかりと旅の疲れを癒してから、スルナ・フィ・アイアに向かう―――そのように頼めますか?」

「はい、大丈夫です。けど兵隊さん達や他の馬車の方へのご連絡はそちらでお願いしますよ」

 御者は地元の地理に明るい雇い者だ。軍人でもなければヴァヴロナ国民ですらない。なので一団の行動についてはノータッチ……ただ命じられるまま、高給に応じるままに馬車を動かすのみで、それ以上の事をする気はない。



 サービスが悪いなと冗談めいた軽口をつきながらも、シャイトは最寄りの兵士に呼びかけ、今後の予定と行先について周知するように命じた。



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