潜む遺物と異者

第471話 その乳は神の御加護なり




 翌日、王国東の大街道途上。



「―――それで、オキューヌさんのお使いは上手くいきましたの?」

 ルイファーンの問いかけにシャルーアは、はいとハッキリ答えた。


「ルラシンバ様からお目当てのモノを頂き、オキューヌさんにお届け致しました。色々とたくさんのお土産もいただきましたよ」

 ルラシンバはシャルーアに あるモノ を貰った。

 それはシャルーアがオキューヌから分けてもらいたいモノのため、ルラシンバからオキューヌへ届けるモノを、少しでも多く融通してもらおうと思ったからなのだが……



「ですけどシャルーア様、アレはサービスが過ぎたんじゃないでしょうか?」

 昨日、唯一同行したマンハタが僅かに呆れ気味に苦言を述べる。


「? 一体なんの事ですの?」

「たいした事ではないのですが……。私の母乳ミルクを、ルラシンバ様にいささかお飲みいただいただけですよ?」

 それを聞いた途端、ルイファーンはえっと驚き、ハヌラトムがぶっと噴き出した。


「いやいや、あのジジイ……めっちゃぐびぐび吸ってたじゃあないですか、あの長筒で……っていいますか、あんなに飲ませて大丈夫なんです? 聞いた話じゃあシャルーア様のその、御乳は……」

 そう、単なる美少女のミルクでは済まされない。

 女神アムトゥラミュクムの力が覚醒し、その影響によりシャルーアの豊かな乳房の中身は神々の秘飲料ソーマの材料となる、貴重かつ異質な乳飲料となっている。


 しかも本来、それは酒でかなり薄めて摂取しなければ効きすぎる・・・・・

 かつて王都の将軍ドゥマンホスが飲んだ際は、薄めたモノですら希釈不足で濃度が高すぎ、昂り過ぎてしまったほどだ。

 (※「第323話 神の飲み物<ソーマ>」参照)


 それを原液のまま・・・・・老人が摂取する事は、危険なのではと、マンハタは思った。


「クスッ。心配は不要です、マンハタ。わたくしはアムちゃん様ほどまだ上手く精製できませんので、そもそもの量が少ないですからね」

「え、ですがあのジジイはかなり―――」

「ルラシンバ様がお吸いになられたのは、ほんとんど普通のにゅうですから大丈夫です。一応はお守りする・・・・・ため、神々の秘飲料ソーマも本当に微量をお飲みになっていただきました。ですがマンハタ、それを言いましたら貴方は今頃、大丈夫ではないはずですよ?」

 そう言ってニッコリと笑顔を見せるシャルーア―――僅かに間をおいて、何かに気付いたマンハタが、その顔面を燃え上がらせた。


 ワッディ・クィルスに滞在中、シャルーアの希望で部屋割りはシャルーアとマンハタが同じ部屋だった……そう、マンハタは連夜においてシャルーアのその御乳を頂いている。


「ですが、貴方はこうして大丈夫です。私もきちんと出し分け・・・・られますから、安心してくださいね」

「……は、はい……」

 黒褐色なので顔が真っ赤になってるのが分かり辛いが、マンハタは途端に恥ずかしくなったようで、声が小さくなっていった。



  ・


  ・


  ・


 ワッディ・クィルスから大街道を北に進むこと約50km。

 シャルーア達はおよそ半日かけて、ルヤンバの町に到着した。


「確かこの町の砦の、ヴォーホという軍人に手紙を届ける、でしたよねシャルーア殿?」

 ハヌラトムが確認するようにたずねると、シャルーアは頷きを返した。


「はい。オキューヌさんのお手紙はちゃんとありますか?」

「もちろん、なくしておりません!」

 道中、夜の情事をバラされたも同然な辱めを受けてからというもの、マンハタは恥ずかしさを誤魔化すかのように勢いある態度を取っていた。


「まだお昼ですし、先にお手紙を届けてしまいます? それともお食事を先にした方が良いかしら??」

 言いながらルイファーンが町並みを見回す。

 さほど大きな町ではないが小砦があるせいか、それなりに活況な雰囲気。

 ワッディ・クィルスとは打って変わって、人々の表情はゆるく、治安に不安もなさげだ。


「お手紙をなくしてしまってもいけませんから先にお届けしてしまいしょう。ヴォーホという方がお留守の可能性もありますし、とにかく砦の方に行ってみると致しましょうか」





――――――シャルーア達が、ルヤンバの町についたその頃


 ワッディ・クィルスの裏街の奥に、1人の影が近づいていた。


「あーん、なんだお前? 不気味なヤツだな、この先に何の―――」


 ボシャッ


「近づくナ、人間クズの中でも更なるクズの分際デ……」

 絡んできたゴロツキを払うように壁にたたきつけ、潰れたトマトのように殺し終えると、灰色のローブ・・・・・・をポンポンと手で払い、ホコリを落とす仕草をする。


 そのまま足早に歩くと、ルラシンバの店へと乱暴に入店した。


「……なんじゃね、アンタ? 客にしちゃあ、マナーがなってなさすぎじゃろうて」

 しかしルラシンバは、飄々とした言葉とは裏腹に、鋭い目でそのローブの男を見る。

 長年の経験から、招かれざる客であることを一瞬で見抜いていた。




「死ネ」

 ローブの男が間髪入れずに入り口からカウンターを乗り越える勢いで襲い掛かって来るのを、小柄な老躯が高く舞い上がり、ヒラリとその爪を交わした。


「(ひょう♪ ……こいつはええわい。これがシャルーアのお嬢ちゃんの乳のおかげかの?)」

 ルラシンバは老人だ。当然、こんな動きはできない―――本来は。

 だが、昨日訪れたシャルーアとの取引で摂取した彼女の乳が、彼女の説明通りにその身に活力を与えてくれているのを、この危機に際して実感する。


「フォフォフォッ、随分とストレートじゃな。悪さする連中を匿ってやってはおるが、ワシ自身命を狙われる覚えはないんじゃがのー?」

 しかし、ローブの男は答えない。

 ただただ、わずらわしいといった雰囲気を醸し出している。

 さっさと標的を殺してこんな場所はすぐにも去りたい―――そんな感じだ。


「何も言うことはない、と。じゃが、お前さんが何者であれ、簡単に殺されてやれるほど、いさぎよくはないぞい?」

 ルラシンバは既に準備していた。

 なぜなら昨日、招かれざる客が来るであろう事は、シャルーアから聞かされていたからだ。


 異質な気配が、ルラシンバを見ている。


 忠告を受けたルラシンバに心当たりはなかったが、裏街の事実上のボスをしている彼だ。危険な何かに狙われる可能性は常にある。ゆえに―――




 ジャキリ!! ジャキッジャキンッ!!


「!?」

「ほいや、まずはこれでも喰らってみぃ!」


 シュバババババァッッ!!


 店の棚の一部、立ててあた本を1冊引き抜いた途端、店のあちこちからローブの男を狙う射角で、3連装ボーガンが無数に現れ、そしてその矢を一斉に放った。



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