第460話 お仕事.その19 ― 幻の大ハマグリ ―
『……と、いうわけでだ。次の仕事には野宿の用意をして向かうこと、シャルーアはもう何を用意し、持って行けばいいかは分かっているな?』
そう言って今回、リュッグから託されたギルドの仕事は、おそらくはほぼ1日がかりで、日帰りでは済まないモノだった。
「
現場へと移動する途上、ルイファーンが聞いた事がないと言わんばかりに首をかしげた。
「えっと……
シャルーアの説明によれば、
「随分と危険な魔物ですのね。ザーイムンさん達を同行なされますのも、なるほど納得ですわ」
今回はマンハタ達ではなく、ザーイムン、ムシュラフュン、ルッタハーズィの3人を、シャルーアはお供に呼んだ。
討伐対象が危険度が高いからこそ、彼らを選んで連れて来た―――そう解釈したルイファーンだが、シャルーアは首を横に振った。
「いえ、ザーイ達が知らないヨゥイだったそうですから、リュッグ様が後学のために連れて行くといいとおっしゃられまして」
「まあ、そうでしたの? ……と、いうことはそこまで脅威ある魔物ということでもなかったりするのでしょうか?」
ルイファーンの疑問に、シャルーアは即答せず、少し考えだす。
「なんとご説明すれば……そう、ですね。直接的な危険は低いものではないでしょうか? ただ―――」
・
・
・
「―――ただ、ものすごく手間がかかる、という事でしたのねーーーっ!!?」
砂漠にルイファーンの叫びがこだまする。
シャルーアが申し訳なさそうに少しだけシュンと縮こまりながら、はいと小さく肯定した。
「この
宿泊用のテント以外にも、日陰で休める用のテントを数か所設営し、およそ半径200m四方の範囲で、何もない砂の上を探し歩く。
しかも
さすがのシャルーアも、普段の起伏の少ない表情を崩し、少し参ったような顔で水を口にし、一息入れていた。
「なるほど……単純な力では対抗できない魔物は、確かに厄介です」
だが、探すところから厄介な相手ともなると、彼らの身体能力や戦闘力はほとんど役に立たない。
「かーさん、大丈夫か? 俺が代わるから、少し長めに休んで……」
「ありがとうございます、ムシュラ。ですが、貴方達も無理は禁物ですよ? この魔物は絶対に焦ってはいけませんから」
そう言って、シャルーアは砂漠の上で何やら地団太を踏んでいるルッタハーズィを指さした。
「このヨゥイは、熱さと隠れている事以上に縄張りに入った者を知らず知らずのうちに迷わせてくる事が大変に厄介です。ああなりますと、自分では “ 迷い ” から抜け出す事がとても困難になりますから、体力に問題がなかったとしましても、短く区切りながらお休みを取りつつ、探さなくてはいけません―――まずはルッタを呼んできてください。誰かが呼びながら身体に触れれば、迷いは解けるそうですから」
尊敬する母の教えを、なるほどと深く頷きながら理解を示すザーイムンとムシュラフュン。
早速ムシュラフュンがルッタハーズィの元まで走り、その名を呼びながら肩を叩いた。
「では、必ず誰か1人は休みを取りながら様子を伺う者が必要になる、という事ですね、ママ?」
「はい、その通りです。かつて私がリュッグ様と討伐に出かけた時は、時間を測りながら、5分おきに交代しながら討伐を行いました」
「うん? ではリュッグ様は以前はどうされていたのでしょう? シャルーア様と御出会いになられる前は、お一人で傭兵業をなされていたはずですわよね??」
ルイファーンが小さい頃からそうであることを知っている。シャルーアを連れて歩くようになり、そのシャルーアに討伐方法を語っていると言う事は、過去にもこの魔物に対処した事があるはずだ。
「リュッグ様は、この
「そうでしたの? 少しだけ意外ですわ」
リュッグは優しく、弱きを助ける紳士的なおじ様―――ルイファーンの中ではそんなイメージが根強い。
それは確かに間違いではない。だがそれはあくまで平時の話。命の危険が常に伴う傭兵のリュッグは、仕事に関してはとことん現実主義だ。理想も綺麗ごともすべからく命を落とすことに繋がると理解している。
「……ですから、リュッグ様によりますと、“ 自分を良く知り、自分の手に負えない事に背伸びをする事は決してよい結果をもたらさない。身の丈に合った……とは卑屈ではなく、生きて活動し続けるためにはとても重要な意識 ” なのだそうです」
「身の丈に合った…………」
今日において、“ 身の丈にあった〇〇 ” という文言は、どちらかといえば自分の能力や立場におさまれ、というネガティブな意味合いで使われる事が多い。
しかしリュッグは、それこそが肝要にして重要な事だと考えている。
リュッグは決して一流の傭兵ではない。最強を争うような戦闘力があるわけではないし、世の魔物や危険の全てを
全ての傭兵業を行う者の中で言えば、二流三流の域だろう。
だが、確かな生存能力と己の力量で行える事ともたらす事のできる結果というものを見据えている。それは夢想を忘れた大人の、堅実なれどつまらない奴だと時に笑い飛ばされるモノかもしれない。
しかし、だからこそ危うさがない。そして確実に結果を残す。
リュッグは己が英雄でない事を知っている。世の中というものを知っている。男と女、身分の上下、そして社会の明るさも暗さも、清さも醜さも知っている。
その中にあって自分という者の在り方の最適解を、間違いなき生の在り方を、理解しているのだ。
「(リュッグさま……)」
ルイファーンは、つくづく自分が子供だったと感じさせられる。
こんな自分では母にリュッグを取られるなど当然だ。しかもリュッグは、その母すら意に介していない。
秘密の子を身籠らせた負い目など微塵もなく、むしろ母が彼に追いすがっていっているくらいの姿勢だ。
リュッグという男性の良さを再認識すると同時に、ルイファーン自身はまるでそこに並び立つどころか、まったく足りていないお子ちゃまなのだと理解に至った。
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