第430話 根っこを残してはいけない




 朝。シャルーアは目を覚ました。


「……」

 光の射す角度や明るさから、まだかなり早い時刻であると理解する。

 何より、腹中に感じる “ お相手 ” がくたびれたままだ。朝の生理現象が起こっていない事からも、少女は当たり前のように二度寝しようと、男の胸板に頭を置き直し、すぐにも静かな寝息を立て始めた。


 その際の衝撃が、今度は男の目を覚まさせる。




「―――ん、あ……? …………(……あー、そうか昨日はハメ外し倒したんだっけか……)」

 いつもと違う朝だ。飲み過ぎたか頭が痛い。そして腰も痛い。

 しかし全身が心地よく、仰向けの自分に重なるかのように乗っている少女の重みと、豊かな山の感触がたまらない。


 薄目を開ける。綺麗な天井、褐色美少女の寝顔、清々しい早朝の空気と光……


 恵まれた有力者の、余裕ある朝の目覚め―――カッジーラがイメージする、理想の朝そのもの。

 なのでとても満足感ある目覚めだった。


「(あー、久しぶりだったな。……うん、大当たりを引いてきたマンハタには、今度美味いモンでもおごってやらねぇとだなー……)」

 正直に言って、昨晩は人生で一番の楽園の時だった。


 美味い酒と御馳走を嗜みながら、超上玉たちの舞踏を楽しみ、そのお酌でじゃれついてイチャイチャし、特に上玉の3人を自分と仕事で特に活躍した手下達と、そして後ろ盾スポンサーであるオードモン大臣で分け合い、いい具合に酔いが回ったところで、それぞれ寝室へとお持ち帰り。


 宴は楽しく、そしてベッドの上でも極楽―――いつ、睡眠に入ったのかも記憶にない。


 二日酔いの頭痛すら、この極楽気分を味わうための代償だったと思えば、悪くないものだと思えてしまうほどに、カッジーラは充実しすぎた一晩を過ごせた。



  ・

  ・

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 その日の昼になって、ようやくシャルーア達はオードモン大臣の別荘から出ることが出来た。


「おっつかれーエルア、ママー」

 裏口から出て、迎えにきたリュッグのところに集合する3人。当然ながら3人とも、ケロッとしていた。


「お疲れ様、アンシー。そっちはどうだったの??」

 エルアがそう聞くと、アンシージャムンは両肩をすくめ、イマイチと言わんばかりのジェスチャーで返す。


「ぜーんぜん。人数ばっかいても1人1人が外ればっかりだったし。いつかの魔物化したはぐれ・・・のほーが、ぜーんぜんマシだったカンジ」

 (※「第267話 成長した子らは今日も変わりなし」参照)


 昨晩はシャルーアがカッジーラに、エルアトゥフはオードモン大臣にそれぞれ指名され、アンシージャムンは宴に同席させてもらえたカッジーラ一味の手下で、仕事の功労者達を一手に引き受けた。

 最初、取り合いになりかけたところをアンシージャムンから提案して、全員を引き受けることになったものの、彼女を納得させられる野郎はいなかったらしい。


「こっちもおんなじような感じでした。すっごくお腹がブヨブヨで、その事を言ったら “ 面白いだろう? ” なんて少し不思議な人間でした」

 大臣はおそらく、エルアトゥフが本気で肥満を指摘したのを、気を利かして面白おかしくイジってきたのだと思ったのだろう。

 それだけでもオードモン大臣とやらが普段、どんな生活をしているのかが想像できる。


「私利私欲を肥やしている大臣なんて、そんなもんだ。……とにかく、3人とも無事で何よりだな」

 娼館のスタッフに変装しているリュッグと共に、帰路を歩くシャルーア達。念のため、協力を取り付けた本物の娼館まで向かう。


 その後の事も取り決めてあり、仮にオードモン大臣かカッジーラ一味の誰かがやってきて、再びシャルーア達を所望なり問いに来たとしても、上手くやってくれる手はずも整えてあるので問題ない。



「そういえばシャルーア。カッジーラの方は上手くやれた・・・のか?」

 リュッグの問いの意味―――それは夜の話ではなく、今回の潜入における一番の目的を果たせたかどうか、だ。


「はい、しかと出来ました。これであの人の居場所はいつでもどこにいても分かると思います」

 それはラフマス達に行った事の応用だ。

 カッジーラと接触し、シャルーアのエネルギーの僅かでも彼に “ 焼き付け ” られれば、一味の頭目である彼の居場所や動向は掴める。


 だが今回、カッジーラがシャルーアと一夜を共にまでした事で、 “ 焼き付け ” はしっかりバッチリと行えた。まだまだ能力を用いるに未熟なシャルーアでも、相手のことが手に取るように分かるほどに。



「よし、でかしたな。これでもう一息というところか」

 リュッグがシャルーアの頭をわしわしと撫でる。と、アンシージャムンが不思議そうに口を開いた。


「ねーねー、どーして一気に捕まえちゃわないのー?」

 自分達なら、潜入してそのままとっ捕まえるなりその場で殺してしまうなり、簡単にできるのにと言わんばかりのアンシージャムンに、リュッグは首を横に振る。


「カッジーラ一味と繋がりを持っている大臣が、他にまだいる。しかもあの本アジトには一味のごく一部しか出入りしていない事も分かっているからな。仮に昨日、潜入した時点で頭目のカッジーラやオードモン大臣をどうにかしてしまえたとしても、それによってまだ残っている者達が、息をひそめ、隠れ、あるいは逃げてしまう」

 組織の頭をまず潰すことは、確かに有効な手ではある。

 が、カッジーラ一味が王都に広く分かれて活動している態勢である以上、全てを一気にカタを付けてしまわなければならない。

 さらにファルメジア王にとって、今回の件で賊に加担した大臣達は一気に掃除してしまいたい事だろう。


「―――だから、絶対に逃げられない、逃がさない、敵の1人たりとも逃げ道なく捕まえられるようにしなきゃあならないわけだ。一味の本アジトだけをどうにかするだけだと、始末は終わらないんだよ」

 まったくもって面倒なケースだ。統制され、なおかつ分割して多くの裁量をそれぞれに任せてあるというのはつまり、複数の異なる賊集団が王都内で活動しているようなもの。


 頭目のカッジーラがいなくなっても、これ幸いにと独立し、活動を続ける分隊も出てくることだろう。

 何より彼らと繋がっている大臣連中を残さず潰せなければ、今後も同じような事が起こってしまう。



「人間はとても面倒なのですね……大変です」

 リュッグの話を聞き終え、エルアトゥフは理解と共に考えるだけでもうんざりしそうだと苦笑いを浮かべた。



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