第418話 女の園で苦慮する男たち




――――――後宮。


「……~~」

「こら新入り、顔の挙動が不審だぞ。平静を維持しろ」

「そ、そうは言われても……」

 後宮詰めの護衛兵士が、ラフマスに注意を促す。


 二人は背筋を伸ばして壁際に立っているわけなのだが、場所が普通ではなかった。




 ザバァ……、……タプン……プルン、プル


「(うわ、丸見え……めちゃくちゃ揺れて……―――だめだだめだっ)」

 ここは浴場。

 それも側妃の個室の風呂場ではなく、大浴場である。


 広くも湯気が支配する空間の中を、様々な美姫が恥ずかしがることもなく平然と、ラフマスの視界内を全裸で行き来していた。


「まぁ、最初は仕方がないが……シャルーア様に推薦されたのだ。早く場に慣れることだな」

「(そうだよ! なんであのコは俺を名指しで―――)」



『―――ラフマスさん、貴方に後宮に入っていただきまして、護衛の兵士の方々とご一緒にお勤めしていただきたく思います―――』



「(―――なんて言ったんだ?? おかげでこんな天国だけど生殺しな仕事をするハメになって……)」

 悶々とするなという方が無理だ。


 顔立ちやスタイル、肌の色に髪の長い短い等々と様々あれど、さすが側妃に選ばれるだけあって、全員が普通にはまずお目にかかれない美少女や美女ばかり。

 それが全裸で、胸やお尻を揺らしながら目の前を横切ったりしているのだから、健全な男子であれば反応しないわけがない。


 しかし相手は陛下のお相手を務める側妃である。


 今でこそさほどの立場とは言えないにせよ、陛下の御子を身籠ろうものなら即座にその身分は王族となる―――絶対に失礼や不快感を与えてはならない女性達なのだ。



「(フッ、若いな。まぁ、俺にもこういう時代があったが……懐かしいものだ)」

 先輩護衛兵士は、必至に男の性欲と戦いながら表面上は取り繕っているラフマスの様子を眺めながら、微笑ましくも懐かしいと、かつての自分を重ね見た。



 そして、ラフマスの試練は続く。


  ・

  ・

  ・


―――トイレで


「あら、切れてるわ……兵士さん、そこの紙を取ってくださる?」

「はい、ただい―――~~……こ、ど、どうぞっ」

「ありがとう。ふふっ、貴方新人? 初々しいわね♪」


  ・

  ・

  ・


―――閨の行われる部屋の前で


『ぁあんっ、陛下、陛下ぁっ』

「~~~……ッッ」


  ・

  ・

  ・


―――着替え中の側妃の部屋で


「まぁ、届かないわ……兵士さん、背中のところ、引っ張ってくださらない?」

「あ、はい。えーと、ここですか?」


 スルッ……パサッ


「ぶっ!? ……~~ッ」

「フフッ、ありがと。……あら? 別に見てもよろしいのよ? クスクスクス♪」



  ・


  ・


  ・


 ローテーションで配される場に、男を刺激されない場の、なんと少ないことか。

 耐え抜くため、これでもかと気力をすり減らした。


「…………」

 ようやく訪れた食事休憩の場で配給された食事を前に、ラフマスは机に突っ伏して頭から魂が抜けかけ、食べるどころではなかった。


「はっはっは、新入りか。随分と悶々としてきたようだな?」

「まぁ後宮に配属されると誰もが通る道だな。なぁにそのうち慣れる」

「慣れるまでが大変だがな。……処理するなら、場所と周囲に気をつけろよ?」


 護衛兵士の先輩たちが面白い玩具を見つけたとばかりに先輩してきた。


「先輩たちは……よく、そう平然としてられますね……慣れですか、やっぱ?」

「ああ、そうだ」

「もちろん、配属されたばかりの頃は今のお前のように毎日悶々としたもんさ」

「そーそー。で、そのうち彼女らの姿が記号的に見えてきてだなー」

「やがて虚無に至ってー」

「気付けばそーゆー世界だって事で、当たり前になってっから平気になる……みたいな感じだな」


 そう言って笑う先輩たち。

 しかし言ってることは正直ちょっと笑えない。聞きようによっては、どこかの聖職者の修行で変化する心境のようにも聞こえて怖い。


「……まぁ、アレだ。一番はやはり、陛下に信頼されている、という自負が誇りを持たせてくれるからこそ、っていうのが大きいだろうなぁ」

「陛下に、信頼……」

「そう。何せこの後宮は王のそのだ。大臣サマですら立ち入ることが出来ないんだからな。この場に配属されるってぇのは、絶対に陛下の信頼を裏切らないって信じてもらえてるって事でもあるんだぞ?」


 確かに、とラフマスは思う。自分の園をまもることを任せるのだから、後宮護衛の兵士は、王直々の信頼が並みならぬモノがないと配属される部署ではない。


 そう思うと確かに、陛下に信じてもらえているというのはこう、誇りが湧き上がってくるような気がして、ラフマスは少しばかり気力を持ち直した。


 しかし彼は忘れていた。

 ラフマスが後宮に務めるハメになったのは、ファルメジア王が後宮に配したからではなく、シャルーアが推薦したからで……


 


――――――その日の夜。


「え……? あの、すみません。今なんて……」

「はい、鎧と衣服を脱いでください」

 ラフマスは、シャルーアの部屋の警護に入ったその夜、いきなり脱衣を命じられる。

 何なんのかと思いつつも、思い当たるのはボディチェック的なことだ。


「(そうか、時々こうやって抜き打ちで調べるとか、そういう事だな! そうに違いない!!)」

 そう思う―――いや、思うことにする。

 良からぬ期待を持って、陛下の信頼を失ってはならない。


 ラフマスは昼間に沸き上がった一抹の誇りを胸に、堂々と服まで脱ぎ、胸を張った。

 が……目の前で、シャルーアも全裸になっているのを見た瞬間、そんな誇りは一瞬で吹っ飛んでしまう。



アムちゃん様のため・・・・・・・・・、協力をお願いします」

 こうしてラフマスの精神的頑張りは、シャルーアによって全てぶち壊されてしまった。



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