第412話 振り回される下っ端の栄転




 王都の治安維持部隊は、総数およそ1万ほどの規模だ。

 しかしその構造は基本1隊・・・・である。


 なので、王都内をエリア分担しての見回り体制を敷いても指揮系統は1つ。報告や命令、権限などの問題でその活動は効率を欠いていた。




「報告の結果ってどうなったんだ?」

「さぁな、上にはあげた。読んでるかどうかは知らんよ」

 王都内にある部隊駐屯地の受付の男は、愛想もなくそれだけで言葉を切る。

 事務書類の仕事で多忙を極めているとばかりに、カウンターの向こうで席を立ち、どこかへと向かっては新しい書類の山を抱えて戻ってきては、処理に追われていた。


 これ以上邪魔しても悪いと思った彼―――治安維持部隊所属の兵士ラマフスは、溜め息まじりに邪魔したなと呟きながら、その場を後にした。



 部隊駐屯地は、外部から来た者を応対する受付カウンターや事務仕事を切り盛りする部署が詰まっている建物と、実働する兵士達が休息する兵舎、そして訓練や出動前の集合場所等に使われる広場で構成されている。


 ラフマスは広場に出てくると、太陽の光を浴びながら軽く背伸びをした。


「くっそだるい。カッジーラ一味の件で、全然疲れが抜けねぇ……」

 上からは檄を飛ばされ、とにもかくにも王都内を血眼になって探せ、捕らえろと叱られる毎日。

 だが当の現場では、連中を追って返り討ちに合い、命を落とす者も増えている状態だ。


 しかも治安維持部隊に求められるのは賊を追いかけることだけではない。王都内すべてにおいて、あらゆる治安の乱れを取り締まることが仕事として求められる。

 この広大な都市ア・ルシャラヴェーラでそれを完璧にこなすには、1万という数はあまりに少なすぎる。


 しかも治安維持部隊のトップであるお飾り貴族大臣サマ役立たずのブタは、自分の権益を損なうのを嫌って、部隊の指揮系統を自分を長として一本化したまま、絶対に変えようとはしない。

 結果、最低効率で毎日過酷な仕事の数々に出向かされるラフマスら下っ端兵士たちは、心身の疲労の限界に近づきつつあるほど疲弊してしまい、しかしカッジーラ一味に関してはまるで成果をあげられないでいた。



「あと1人……―――! ラフマス、おいラフマス! 丁度いいところにいた、お前も加われ!」

 広場に集合している10人弱の集まり。そこからラフマスを呼ぶ声がする。

 集合している兵士達の前、やや下っ端兵士とは異なる意匠の鎧に身を包んでいる男が、ラフマスを呼んでいた。


「ホマール兵長。お呼びですか?」

「ああ、緊急だ。陛下よりお声がかかってな……よし、これで15人、すぐに王宮に向かうぞ!」

 ラフマスは、何だか嫌な予感がした。

 部署のトップではなく、陛下直々にお呼び出しだなんて、普通はまずないことだ。

 仮に陛下が治安維持部隊に何か頼むとしても、普通は部署のトップたるあのブタ野郎に声がいくはず―――なのに下っ端の兵士のまとめ役の兵長クラスが陛下に御呼ばれ? しかも兵士15人連れて?


「(うわー……行きたくねぇ……)」



  ・

  ・

  ・


「ホマール兵長以下、15名。陛下の御召おめしにより参上いたしました!」

 王宮の高級そうな絨毯の上、揃って膝をつき頭を下げる。

 一番後方にいたラフマスは、どうか面倒な仕事を言い渡されませんようにと願いながら、下げた頭で綺麗な絨毯の模様を眺めていた。


「よくぞ参った……苦しゅうない、おもてを上げよ」

 落ち着いた老齢の人間の声が響く。

 穏やかな中に、しかと威厳が込められているのを耳で聴きとりながら、言われた通りに頭を上げる―――と、ラフマスだけじゃなく、同僚の兵士達全員が思わず驚く。


 豪奢な椅子に座る陛下、その両隣に数人の女性が立っていた。



「(? ……まだ10代くらいか? けど―――)」

 凄い美少女たちだ。顔立ちだけじゃなく、そのスタイルの良さも思わず生唾を飲むほどだ。


 こちらから見て陛下の左隣に立っているのは、まだ現実的な感じのする、それでも十分過ぎる容姿とスタイルの少女―――恰好からして、おそらくは陛下の後宮にいる、いわゆる側妃と思われるが、通常側妃は王宮には来ない。

 何より肌を合わせる陛下と、護衛で後宮に張り付いている徹底教育された兵士以外の男の目に触れる事はよろしからぬ事だとされている。


 なので側妃らしい女性がこの場にいること自体が、かなり異例だ。


「(おいおいおい……マジでヤバい案件じゃないだろうな??)」

 どんな仕事を言い渡されるのかと不安が増すラフマスは、現実逃避するように今度は陛下の右隣に並んで立っている3人の女性を見た。


 先ほどの側妃とは恰好が違う。が、すごい美少女たちだ。

 褐色肌と揉み上げのあたりに赤いメッシュが入った黒茶髪の女の子を中心に、2人がそれに添うように並んでいる。

 3人とも細い腰に豊かな胸とお尻、洗練されたボディーラインや肌や髪の色の良さから、相当にいいとこ育ちのお嬢様かと思われる。



 が、ラフマスを含めて兵士達の誰一人として、その魅惑の容姿に心奪われる者はいなかった。

 それだけ良さげな女の子らが陛下の傍に立っている―――兵士全員の脳裏によぎっているのは、一切の粗相も失敗も許されない……どこぞの超VIPを護衛せよとかそんな難易度の高い仕事が言い渡されるのではないか、という不安と恐怖であった。


「(なんだ……陛下は俺達に何をさせる気なんだ……?)」

 ラフマスも、見目麗しい美少女たちに鼻の下を伸ばす気持ちが一切沸いてこない。

 恐怖の意味でのドキドキを抱えながら、ファルメジア王のお言葉を待った。




「そなたらに来てもらったのは他でもない……本日よりそなたらには、治安維持部隊を解任し、余が新たに創設した部署 “ 王賜おうし直令ちょくれい部隊 ” への転属を命ず」

 まさかの新部署への異動―――ラフマス達は、突然のことにポカンとして、すぐにファルメジア王に返事をかえす事ができなかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る