第362話 凸凹なる攻城戦線




 エル・ゲジャレーヴァにおける戦闘は、グラヴァース軍が有利に進めているものの、東側のグラヴァース軍の陣地前での戦闘では、ヒュクロ側がやや押し気味だった。



「さすがに兵の疲労がたまってきたな、敵が今までよりもしつこいかっ」

 リュッグが魔物化した囚人の1体を斬り伏せながら、軽く額の汗を拭う。


 敵戦力は、攻め寄せて来た際は約2000で、何度かの衝突と後退を繰り返した結果、今は1000少々と最初に比べてほぼ半減している。

 一方でリュッグ達は、3500の兵力は死傷者が増えて2300ほどに目減り。それでも敵の強さを考えれば、十分に健闘している方だ。


 これも防備を強化した陣地の拠点力のおかげ―――だが、断続的かつあきらめの悪い敵の攻撃で、かなり食い込まれる位置まで押し込まれてしまっていた。


「(ムーの銃声もちょくちょく聞こえてくる……妊婦に銃を取らせるとか、情けない話だが……)」

 残念ながら、今のこの軍には余裕がない。

 直接陣地内まで攻め込ませずに、押しとどめられているだけでも相当に兵達が頑張ってくれている証拠だ。


 そして、何より―――


「むんっ! はっ、ふっ、ほっ!!」

 ドコッ、ズゴォッ、ドスッ! ズガッ!!


 ザーイムンがこれでもかと敵中に飛び込んで暴れてくれるおかげで、常に敵の5、60体ほどは、ザーイムンに対応せんと向かわなければならなくなっているのが、非常にありがたい。



 何千何万の軍勢でも、実際に敵と接触する人数というのは限られる。

 軍の表面―――最前列にいる者達だけだ。


 なのでザーイムンのように突出して強い個体が、敵の最前列のやや浅い部分で暴れ回ってくれれば、敵側の最前列は、こちらの最前列との衝突に全力を割ききれなくなる。


『クソ、またコイツ!』

『一匹だゾ!? 誰でもイイから早クぶっ殺セ!!』

「偉そウに! ンな事イうなラ、お前がヤれヨ!」


 しかも敵は、協力なんて言葉が辞書にあるのかすら疑わしい元凶悪犯罪者の集まりだ。

 連携力は皆無。いかに個々が強くとも、頭数の強みを活かせない相手だ。ザーイムンほどの強さがあれば、決してやられはしないだろう。


「(そうは言っても、1人で倒せる数は時間あたり決して多くはない。それでもザーイムンだけで累計300は敵を倒してくれている……何とか一度態勢を立て直して、一呼吸入れたい状況だな)」


 2300 vs 1000


 頭数では確実に有利。だが、まだまだ兵士達だけで当たるには難しい数差。

 残念ながら、ザーイムンを下げて休ませる事は、まだ出来そうにない。



  ・


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 リュッグ達が陣地防衛に奮戦しているその頃、エル・ゲジャレーヴァの北側。



「よし、そろそろだな……全軍展開! 横に大きく広がれ!」

 グラヴァースが号令を出すと、6000の兵士達は一気に左右へと駆け出し、数分とたずに綺麗な長方形の横長な陣形を形成した。


「おぉー……すごい、乱れなく動く様子……面白い」

 ルッタハーズィは感動したと言わんばかりに、やや間延びしたリズムの拍手をした。


「これが軍隊っていうものだよ。個々の能力は君達兄弟には劣るかもしれないが、数で連携し、集団で力を発揮することが大事というわけさ」

「なるほど、俺、勉強になる……なら ” アレ ” を使うのもその集団で?」

 ルッタハーズィの質問に、ニッと笑みを見せるグラヴァース。

 一度、視線を外壁上に向け、敵の様子を再確認してから答えた。


「その通り。君達ほどの怪力は彼ら一人一人にはないが、多数で “ アレ ” を用い、そして抜くことができれば、そのままその多数が流れ込む事ができる。ぶち抜いた後も戦いがある事を思えば、重要な事さ」

「俺、わかった。……タイミングは?」

「まだだ、外壁上は混乱こそしているが、こちらにまだ注意を向けている奴が多い……こういう時こそ慌てずにしっかりと見極めるんだ」

 そう言って敵の様子を睨み続けるグラヴァースにならって、ルッタハーズィも外壁上を注視する。


 彼らの後方では、ルッタハーズィ謹製の車輪台付きなぶっとい突貫用の巨大木槍がその出番を今か今かと、物資を天日から守り覆う用の布の下で待ちわびていた。



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 そして、エル・ゲジャレーヴァの南側。


「敵は、かなり混乱している……数も明らかに減っているな」

 ムシュラフュンが軽く目を細めながら、煙に巻かれて混乱の阿鼻叫喚に巻き込まれている敵の様子を見て、そう呟いた。


「中に潜入した組が、かなーり戦果をあげてるっぽいからねー。こっちもちょこちょこ撃って、数減らしたから……最初は壁の上、1000はいたと思うけど、もう半分くらいになってんじゃない?」

 ナーが少し暇だと言わんばかりに余裕の態度で答える。


 実際、内部では煙に紛れてアンシージャムンとエルアトゥフが、どんどん暗殺して行っているので、事実、南側の外壁上の敵数は500ちょっとと、ナーの見立て通り、当初の半分になっていた。



「……取り決めの通りですと、もう少しでしょうか??」

 一応、この南側の軍はシャルーアが率いる形をとっている。最初はナーが最適と思い、シャルーアは辞しようとした。


 しかしタッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人5人の兄弟姉妹達の力を多分に借りる事になるグラヴァース軍である。

 シャルーアに名誉ある役割を担ってもらうことで、彼らの気持ちを盛り立てるべきだろうと、グラヴァースに押し切られてしまった。


「だねー。もうこっちの弾薬もないし、後は中に入って南の門の内外を固める、ってカンジ」

 ナーが自分の愛銃ではなく、シミターを背負っている事からも、既に弾薬の類は限界。それどころか矢も底をついているので、今のグラヴァース軍に真っ当な攻城戦はそもそもが不可能だ。


 ここで上手くエル・ゲジャレーヴァを切り崩せれば、一気に戦況は楽になる。




 特に南北の成果は重大だ。この双方の外壁を抜き、エル・ゲジャレーヴァ内部にてさらなる攻めへの足がかりとなる橋頭保きょうとうほを築くこと。



 これが、今回の戦いにおけるグラヴァース軍側にとっての最大目標であった。


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