第349話 返ってきた刀と天舞のおけいこ
「お嬢様、お預かりしていた剣をお返し致します」
メサイヤが恭しく、シャルーアに刀を差しだす。
それは王都に向けて旅立つ前、リュッグが “ 業物な武器は権力者に目をつけられやすい ” という理由でメサイヤに預けて行った荷物の1つだ。
シャルーアがしばらく使っていたことで、いつの間にか刀に力が
……とはいえ、意図して力を込めていたわけではないので、さすがにもう刀にはエネルギーは残っておらず、ただの切れ味良い異邦の片刃剣を模した武器に戻っていた。
「ありがとうございます、メサイヤ。……はい、今でしたら少しは以前よりこのコを、上手く振るえるかもしれません」
言いながら、鞘から抜くシャルーア。
その抜刀する動きと姿はいつかの時、トランス状態になった時と同じだった。
(※「第118話 目覚める天舞の刃」参照)
「おお……」「……」「な、なんかスゲェ……」「ゴクンッ」
メサイヤの後ろで親分と同じようにヒザをついて控えているアワバ達。
そのシャルーアの動作から醸し出される神秘的な雰囲気に、思わず息を飲むほど魅入られる。
が、次の瞬間―――
「あ」
しまったと言わんばかりに小さく声をもらしたかと思えば
ドスッ
刀を抜き終えたシャルーアの柄を握っていた方の腕が、その重さでガクンと落ち、刃の先端が地面へと突き刺さってしまった。
「だ、大丈夫ですかお嬢様?」
メサイヤが思わず駆け寄ろうとする。
しかしシャルーアは普段通りだ。ただその雰囲気から神々しさが消え、並みの少女に戻ったといった感じだった。
「はい、大丈夫ですよメサイヤ。……少し、
アムトゥラミュクムが顕現しているその裏で、シャルーアは様々な事を学んだ。
その一つが、腕力のない細腕でも一定の重量ある武器を
「動作と呼吸、ですか……」
「はい、アムちゃん様に教えていただいた事なんですが、自然にできるようになるにはまだまだです、たくさん練習いたしませんと」
たとえば重い箱を持つ時、対角線上の角に手を配するように持ったり、上半身だけでなく下半身も使って体全体で持ち上げるなど、ありとあらゆる物事にはコツがある。
そういったものを突き詰め、知識や技術として大系化したものが、一部の武術などに見られるような、一定の信じられないような動きや結果を成せるモノとなる。
「動作はそのままの意味で、呼吸はつまりタイミングの事なんだそうですよ」
人の精神は常に一定ではない。上下に微細に動き続ける波形のようなものだ。
そこに環境や状況、敵、位置、さらには自分の筋肉の膨張縮小や血流などなど、あらゆる状態が絡んでくる。
そんな数多の要素の全てが、ピタッと
「―――つまりですね、その全てが上手く絡む瞬間に最適な動きをすることで、今の
理屈は何となく分かる。
メサイヤやアワバ達にしても、戦闘経験豊富な男達だ。
そういう ” ハマる ” 感覚というのは確かに感じたことはあるし、その際には自分でも惚れ惚れするような満足いく一撃を放てた記憶がある。
だが、それは滅多にある事ではない。自分の力だけでなく周辺の状況や状態にも異存する話だからだ。
確かにそんな事が常に行えるのであれば、自分の
理屈では分かる、理屈では。しかしそんな事は絶対的に不可能―――そうメサイヤ達は率直に思った。
ところが、シャルーアは落とした刀を手に取り直すと……
「……スーゥ……ハーァ……」
深呼吸をついた、直後。
スッ……ヒュゥンッ、ヒュッ、フォッ、フォンッ
「おおぉ」「!?」「なっ」「……マジかよ」「えええ??」
メサイヤ達の前で、まるで軽い棒切れのように刀を振り回しはじめた。
身体ごと動き、武術というよりは舞うような動きでもって、見事に刀を振るい続ける。
その刃の軌跡に揺らぎはない。鋭く、繊細で、それでいて空気が見惚れて抵抗するのを忘れているのかと思うほど速い。
そのスピードある刃の輝く軌跡が、まるで刀というよりは扇を振るっているかのように、見る者を錯覚させた。
事実、メサイヤ達はポカンとしながらもシャルーアの姿に魅入ってしまっている。
素晴らしい、芸術的とも言える動きと光景に、我を忘れそうにさえなっていた―――が
ヒュンッ、ドスッ!!!
「おわぁあったぁっあ!!!!?」
それまで空を
「申し訳ありません、大丈夫ですか??」
手からすっぽ抜けた刀。
アムトゥラミュクムにトランス状態になっていない今のシャルーアには、完璧に集中し続けるのは容易ではない。
「……なる、ほど……確かにこれは、練習が必要そうですな、お嬢様」
メサイヤが、軽く呆けつつも思わず笑顔になる。
正直、近くにいたくない怖い練習ではあるが、シャルーアの凄さを目の当たりにして、また自発的に練習をなされようとしている姿に確かな成長を感じ、軽く感動を覚えた。
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