第319話 異界より到来せし異邦の存在たち




 アムトゥラミュクムの語りを静かに聞いていた面々は、完全に固まっていた。



『かの世の人間達が “ カミカクシ ” と呼びし現象―――ある日ある時、忽然と人が消える。それは単なる行方不明とはワケがちごうてな。予兆前兆は無論、人数も1人より時に数千人と多少様々……その内、真なる “ カミカクシ ” にった者の行く先の一つが、異界と言われておる』

「?? な、何だかチンプンカンプ―――ふぐぐ」

 懲りずに無用な茶々を入れようとしたオブイオルの声が、見えない何かによって強引に閉ざされた。



彼奴等きゃつらはかつて、かの世にて義心に燃ゆる徒たちにより敗北し、逃走せし者ども……神からも行方をくらませるべく “ カミカクシ ” を強引に応用せし術により、かの世より・・・・・この世へと・・・・・渡った・・・のだ』

「! つまり、彼奴等というのは異界の “ キジン ” とやらだと……」

 ファルメジア王は顔面蒼白だ。そんなこの世界に存在していなかった者が敵だという途方もない話に、信じられないというよりも信じたくないという気持ちが湧いてくる。

 ……だが、そのショックはより強いものへと容易く上書きされる。


『いいや、“ キジン ” はあくまで彼奴等・・・が己が眷属と変えた元人間のことぞ。……彼奴等とは “ 鬼 ” おに。しかもこの世に元よりおる邪悪と結託し、より凶悪なる力を身に着けた者どもよ』



 その後、この世に渡って・・・きた、今日こんにちに伝説に語られる異邦人と、その仲間達がアムトゥラミュクムら神々の助けと共に、その “ 鬼 ” 達とこのファルマズィ=ヴァ=ハールの地で戦い、勝利した。


『その時、“ 鬼 ” どもは、この地に根付いたより邪悪なるモノを支配し、顕現させんとしておってな。古に、この地が魔の巣窟であったその元凶たる邪神、その力の復活を阻止すべく、最後の決戦を行った地こそがここ、バーヴァウランズなのだ』

「そ、壮大だな……」

 リュッグがそう呟くと、隣でヴァリアスフローラも思わず小さく頷く。

 呆気にとられるしかない―――神すらも力を貸して戦った敵など、想像も及ばない。


『ちなみに、その時の仲間の一人で泣き虫な少年がおってな。ソレが戦後、この地に国を気付いた初代国王ボウヤ……すなわち、汝の先祖よ』

「なんと、そうであったのですか。いや、確かに歴史の書物には記載されてはおりまするが、漠然と “ 強大な敵を討ち取りし地に国を開く ” という具合にしか伝えられておりませなんだゆえ」


『致し方あるまい。子孫の中に、悪しき考えの人間が現れんとも限らんと危惧し、委細は伝えぬとしたでな。……そして、その邪悪なる神を討ったとて、この地が魔に塗れておる状況は大きく変わりはせなんだ故、我ら・・は血を残し、愛し子らが代々意志を継いで、魔よりこの地を庇護してきた―――それが汝らが “ 御守り ” と呼びし一族よ』

 昔話は以上だと言わんばかりに、テーブルの上の飲み物を口に含むアムトゥラミュクム。

 しかしファルメジア王を始め、誰もがシーンとしたまま、しばらく声を発することができなかった。




『ちなみに、ボウヤは我の血を王家にと望みおったが、我が目覚めた折に述べた通り、我を―――シャルーアを孕ませること自体、相手を選ぶ狭きにすぎる門であるがゆえ不可能。……仮に万が一、一族の後継を孕んだところで、残念ながら “ 御守り ” は復活せぬ』

「!? そ、それは一体、どういうことでしょうか、アムトゥラミュクム様?」

 ファルメジア王が必死の形相になる。

 何せそれこそがアムトゥラミュクムを目覚めさせた目的だ。北の “ 御守り ” そのものか、もしくはこの王家に同等の力の持ち主を―――そう望んだからこその今である。


『シャルーアは気付いておらなんだがな、シャルーアの両親を事故に見せかけて殺した者……その糸を裏で引いておったのは他でもない、 “ 鬼 ” おにどもよ。無論、先代の我が愛し子たるシャルーアが母、それを亡き者にするため……そして、同時に “ 御守り ” の繋がり・・・断ち切るために、彼奴等は動いた』

「繋がり?」

 アムトゥラミュクム曰く、“ 御守り ” の一族とはすなわち彼女らの血を色濃く継ぐ子孫たちであり、代々の “ 御守り ” たる者はただ一人。


 本来なら先代は、産む時に素養を継承させ、半生をかけて自身が “ 御守り ” として世の中に影響を及ぼしている繋がり・・・を少しずつ次代へと移してゆくのだという。


『 “ 御守り ” はその地と繋がっておる。ゆえにただ生きて生活しておるだけで特別何かをする必要なく ” 御守り ” の効果を発揮し続けておったのだ。シャルーアは一族としての力こそ問題なく受け継いではおるが、繋がり・・・を譲りうける前に先代―――母親が亡くなってしまった。その瞬間、脈々と代々の我が愛し子たちが受け継いできた繋がりは断たれた。 “ 御守り ” たる者がいかに健在であろうと、地に繋がり無き以上、“ 御守り ” は復活せん』

「そ、そんな……。! で、では繋がりとやらを繋ぎ直せばっ」

 すがるような声のファルメジア王に、アムトゥラミュクムは無情にも首を横に振った。


『 かつて “ 御守り ” の繋がりの完成には数世代を要した。それもいかなる者の邪魔もなく―――だ。加えて “ 御守り ” の効果は限界に近づいておった、仮に元のように戻す事が叶ったとて、もはや魔の者を抑えきる事は叶うまい』

「? ちょっと待ってくれ、効果は限界に近づいていた? それは ” 御守り ” が無事だったとしても、どのみち近い内に、今のような状況になっていた、って事なのか?」

 リュッグの問いかけを肯定するように頷く神。




然様さよう。鬼どもの暗躍もあるが、何より時間の流れにより、邪悪の根源―――太古の昔、この地が魔の巣窟であったその元凶たる力が、もう抑え続けられぬほどに蘇りつつある。彼奴等がもっと以前よりではなく、最近になってより “ 御守り ” を潰すなどの動きを見せ始めたは、この力の高まりを待っていたからであろうな』



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