第296話 コソコソと嗅ぎまわるは十八番
―――王都内にある、とある建物の前。
「よし、積み荷は発注通りの品だな。中に運び入れてくれ」
「へい、かしこまりました」
運び入れるのは注文を受けた食料品や日用品などのありふれた物品だ。
しかし……
「(……旦那、旦那、もう大丈夫ですぜ。中に入りやした、周囲にゃ誰もいませんぜ)」
男がそう、俵形にまとめられた大き目のワラ束にささやきかける。するとワラ束は途端にモゾモゾと動き出し、バサリと大きく開いた。
「ふう、さすがに窮屈だった。……すまねぇな、危ない橋わたらせちまってよ」
「なぁに、アワバの旦那にゃあ
男はかつて、メサイヤ一家に属していたゴロツキの一人で、名をケンゴと言った。彼はメサイヤ一家の一員でこそあったものの、当時はまだ若く、また闇の経験が少ない人間であった。
ある時、メサイヤの命を受けてまだ彼のように表社会に復帰する事が容易な者達を、アワバが面倒を見ては復帰させてきた時期があった。
ケンゴもその際にメサイヤ一家を卒業し、社会復帰した者の一人であり、たまたまこの王都にてアワバと再会した。
「ケンゴ、万が一の時はアッシを
「へい、もちろんでさぁ。遠慮はしやせん!」
「いい返事だ」
これがメサイヤ一家流だ。こういった仕事を社会復帰した者に手伝わせる場合、もし見つかったなら知らなかったフリをして突き出すのをヨシとする。
この場合、当事者であるアワバを、ケンゴが然るべきところに突き出す、あるいは被害者ヅラして積み荷に紛れていた怪しい男を通報する、といった事を許容するのが手伝わせる上での前提となる。
失敗の責任は、すべて計画だてた人間が背負い、協力させた者に害及ばせぬため、己を売らせることを良しとせよ―――それがメサイヤが所属する幹部たちに常日頃から叩きつけている言葉だった。
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「(ケンゴが個人の荷物運送業をしてるってのは渡りに船だったが……)」
残念ながら、荷に紛れての潜入には
「(……昨日見た建物とは、また違うな。中の造りが、まるで小さな砦か何かだ)」
何か所かあるというヴァリアスフローラが出入りする怪しい建物。その形状や規模はそれぞれ違っている。
今回潜入したところは、1階部分こそ普通であったが、7階建てかと思うような高い塔が2階より上にそびえており、中もちょっとした軍の駐屯所を思わせる雰囲気があった。
しかし不気味なのは、それだけではなかった。
「(ひとっこ一人いやしねぇ。警備はちゃんと置いてるってのに……どういうことだ??)」
生活設備や居住スペースはちらほら見て取れる。だが肝心の人は誰もいない。
慎重に全てのフロアを探るアワバだが、どのフロアにも人影はなく、気配もまるでなし。
途中で誰かがやってくるような雰囲気もなく、王都内にある建物なのにまるで誰もいない砂漠のど真ん中で廃墟となった駐屯地の如く、不気味なほど静かだった。
「(分かんねぇな……こんな場所に妃の教育係が出入りするなんざ、意味あるのか??)」
隠し部屋のセンもあるかと、壁や床も念入りに調べたものの、何も見つからない。お偉いさんが別荘に使うにしても殺風景な部屋ばかりだし、これといった物が置かれているわけでもない。
「(と、するとあと考えられるっつーたら……、……ブラフか?)」
それなりに高い身分の人間が特定の建物に出入りする。王都のように必然、人の目が多い場所で行動する場合、誰がどんな目的でその動きを見ているかも分からない。
単純に、ケンゴに運ばせた積み荷の保管場所という事も考えはしたが、それだけならヴァリアスフローラ自身が出入りする必要はない。
あえて複数の建物に出入りをして、彼女の行動を見ている者をかく乱する―――そのためのハズレであるというセンは、十分に考えられた。
「(もしそうなら、それだけアタリは探られたくない、隠したいっつーことだな)」
探られて困るからこそ、わざわざハズレの建物にブラフとして出入りをするという事をするのだ。それだけアタリの内容は重く大きい事が期待できる。
だが、アワバはそれでもなお不可思議に思った。
「(ただの妃の教育係がそこまで念入りにコソコソするもんか? ……もしかすっと、もっとデカい話が隠れてるのかもしれねぇな)」
後宮の妃教育係は、その地位こそ高いものの国の政治に関わるような権力があるわけじゃない。
なので隠れて何かやるにしても、その内容はそこまで慎重になるほど重大な事があるとは思えない。
しかし後宮の教育係という事は、当然ながら側妃達のことで王とも直接話をする機会は多いはずだ。つまり……
「(王様も裏で一枚噛んでるってか? ……ふーん)」
むしろ、王が糸を引いてヴァリアスフローラが実行に移してる人間という図式が、一番可能性が高い。
もしそうなら相手が悪すぎる話。しかし、それで引き下がるアワバではない。
親分に任された以上は、相手が何者であろうとも臆することなく、行動する。怖れはなく、むしろ相手が大物だというならそれだけやり甲斐があるとばかりに、不敵に笑みをこぼした。
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