第263話 天秤にかけるは娘の要望と国の危機




 リュッグ達が王都ア・ルシャラヴェーラへと到着する数日前、王の後宮に1通の手紙が届いていた。




「……」

 手紙の宛先たる女性は、その手紙の1文字1文字を丁寧に読み上げる。他でもない愛娘からの手紙ゆえ、読み間違いや見過ごしがあってはならない。


 後宮の妃教育係、ヴァリアスフローラ=イトル=エスナ。はるか北方のエウロパ圏出身で、白肌プラチナブロンドの絶世の美女であり、娘であるルイファーンと比較して、彼女が大人になってキリっとしたような顔立ちをしている。


 今でも娘と並べば姉と勘違いされるほど、その若さと優れた美貌は健在。王から後宮の妃たちを任せるに不足なき格・容姿・能力の揃った逸材と、信頼されている。



「……ゴメンなさいね、ルイファーン。ママは初めて、あなたの望みをかなえてあげられないかもしれないわ」

 申し訳なさそうに手紙から視線をあげると、丁寧に折りたたんで胸元にしまった。


 場所が後宮ゆえか彼女も妃たちに劣らず、際どいドレスに身を包んでおり、しかして歩く姿は凛として同性異性問わず、まずカッコイイと感じるほど。

 妃たちからは鬼の教官と恐れられる彼女だが、同時に全員から深く信頼もされており、事実上の後宮のボスを務めている。


 そんな職場では厳しい彼女も自分の娘には甘い。が、今度ばかりは手紙につづられた娘の要望には応えてやれそうにないと、いつもより僅かに元気のない雰囲気を漂わせながら、後宮の廊下を歩いて行った。


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「これはエスナ様、ご機嫌麗しう」

「急ぎゆえ、御前失礼いたします」

「エスナ様、申し訳ございません。会議が長引いておりまして、こちらは警備の観点よりお通しすることができません」

 今日も王宮内は、忙しない空気に包まれている。

 隣国からの侵略の兆しに加え、魔物の活性化とそれに伴う各地での被害増加、そしてそこからくる国民の経済活動の低迷。


 おかげで官僚たちは王宮内を行ったり来たりと走り回り、大臣や王は会議につぐ会議と、飛び込んでくる報告に頭を悩ませる日々が続いている。


 なのでヴァリアスフローラも、後宮の教育係という地位はあれど、目当ての人物にお目通りかなうにはなかなかの時間を要した。



「(やはり色々と難しい、と言うのでさえ呑気に聞こえるほど、状況は深刻……)」

 中でも一番深刻なのは、いまだに王に御子がいない事だ。


 一応は親類縁者がいるため、御子が出来なかったとしてもファルマズィ王家が潰れて消えることはない。だが、その際には確実に後継者争いとそれに伴う大臣達権力者らの政争が勃発する。


 これが平時なら、どうぞ勝手にやっててくださいというところだが、今この国が晒されている難題は国家存続の危機レベルのもの。

 そんな状況下でさらに内部で権力争いとか……自分たちから国を滅ぼそうとするようなもの。


 しかし、大臣達は構わず自分の利権のために動くだろう。


 ヴァリアスフローラは、家族の住むこの国を守るためには―――心を鬼にして、やはり娘の要望に応えることはできないなと、目当ての人物との会談を待つ間、再度認識を深める。




 ―――と、待機していた部屋の扉が開く音がして、彼女はすぐに座していたエウロパ圏から輸入された後宮なソファーより立ち上がった。


「待たせてしまってすまぬな、ヴァリアスフローラ」

「いえ、陛下にあらせられましては、此度の会談をお受け頂いたこと、深く感謝いたします」

 深く首を垂れる彼女に、入室してきたファルメジア王はよいよいと礼を失することを許可するようになだめた。


「しかし珍しい……。そなたが密会・・を求めるとはのう」

 密会―――それは臣下が王に対し、機密性の高い情報を含む話をする上で求める1対1の会話の場だ。


 ヴァリアスフローラは王専用の庭ともいえる後宮の教育係ゆえ、内緒話ならば王が後宮にいる際にするだけで本来は事足りる。

 何せ後宮の機密性は非常に高い。王以外の男性は入れないし、配備されている兵士も全て女性だ。


 ……だが、それでも人はいる。


 王の妃たちやその侍従らおよび兵士達すらもはいした上での話を求めてきた彼女に、ファルメジア王は穏やかな表情を浮かべつつも一定の緊張を全身に宿していた。



「……正直に申しますと、このお話は相当に迷いました。王にどのタイミングで、どのように話を持っていくべきか……非常に悩ましいと言わざるを得ませんでした」

 ヴァリアスフローラはその絶世の美貌と女傑と言って差し支えなき能力と性格ゆえ、迷い悩むという事とは無縁のように思える人物だ。


 そんな彼女に悩ましいと言わせるほどの話―――腰かけて背もたれに預けたはずの上半身を、王は無意識のうちに前に傾けていた。


「そなたがさように申すほどとは……聞くのがいささか恐ろしくなってくるな」

「申し訳ございません、ですがそれほどに重要な事でございますれば、できうる限り、他の者の耳にも届けられないため、ご容赦ください」

 そう言いながらヴァリアスフローラは、胸の谷間の中から1枚の紙を取り出した。それは娘からの手紙―――ではなく、白紙。


 それに筆を走らせ、簡潔に文章をつづっていくとテーブルの上、王の御前へと差し出して示す。


「……。……―――っ!?」

 さすがの王もその文面を見た瞬間、目を見開き、思わず椅子から立ち上がらんとしかけた。

 しかし老いた上に日々多忙ゆえの疲労もあって、僅かに腰が浮かぶ程度に留まる。


 ヴァリアスフローラの差し出した紙面に書かれていたのは―――




  < 故・アッシアド将軍の一人娘がこの王都へと向かっております >




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