第260話 不安に塗れて向かうは都




 王都への道は、かなり厳重な警備と物々しい雰囲気に包まれていた。


「傭兵か……ふむ、通ってよし」

 道中、幾重にも設置されてる真新しい関所―――関所というには配備されている兵士の数が多い。

 それはどの関所でも同じで、リュッグは不思議に思い、ふと聞いてみる。




「随分と物々しいですね、それにしてはすんなりと通してもらえるようですが……」

 すると応対する兵士は現状にウンザリしてると言わんばかりに肩を落としてため息を吐いた。


「ああ、魔物の数が増えてからというもの、王都周辺の治安維持を優先せよと大臣どもがな……よほど上は、我が身が可愛いということだな」

「なるほど。……それで傭兵もすぐに通してもらえるというわけですか」

「そういうことだ。ただでさえ各地で魔物が活発になり続けているところへ、北西のエッシナ方面の戦況も長引いているとなれば……各方面軍も国境から他国の動きを睨まねばならない以上、どうしても人手がな」

 (※「第165話 捜索止めるは嫌な報せ」参照)


 リュッグはすべて察した。この国の方面軍……とりわけ侵略野心が透けて見えている国との国境近辺を守る軍は、戦力を低下させられない。


 ならばどこから北西のエッシナで発生した魔物のスタンピードに対する戦力を出すかといえば……


「(主に王都圏の、特に王都の守備隊が大幅に出払っているんだろうな。有事でなければ暇を持て余す戦力……国内の状況もあって、まとまって動かせる戦力はそれしかない)」

 余剰戦力を抱えすぎるのも問題だが、イザという時にすぐ動かせる戦力が少ないのも問題だ。

 平和ボケした国最大の問題点は、日頃から軍事力をしかと保有し、そこに高い能力を持たせていないことに尽きる。




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「状況からして、おそらくは仕事として傭兵に、王都の治安の一端を担わせるような事をしているのだろうな」

 馬車を走らせる道中、リュッグはざっとシャルーアとアワバ達に、推察される王都の状況を説明した。


「警護や守備の兵士が抜けた分、肩代わりさせようってことか」

「そこは単純に穴埋めだろうよ」

「お偉いさんの脇はガラ空きってか、ざまぁねぇなぁ」

「しかし、堅苦しい兵士が少ないのであれば、王都内は動きやすそうだ」

 4人の野郎たちは目的地の状況は良好と解釈する。


 だが、リュッグは違った。


「逆だ。戦力が少ないからこそ、町中はピリピリしていると見た方がいい。お偉いさんの保身欲は並みじゃない」


 金、権力、名声、地位―――――――それら全てを得た人間は、それを守ろうとする。僅かでも損なうことを嫌い、厭い、回避しようとする。


 そして、そのためには手段を選ばない。強欲であればこそ、自身と持ち得たモノの安全にもまた、強欲なのだから。




「そんなわけでだ、王都での行動だが、基本は ” 旅行者 ” で貫くことにする。各地で魔物の活発な状況に辟易とし、国で一番安全と思われる王都に来て長期滞在する旅行者、といったところだ」

 シャルーアの事もある。それにアワバとミュクルル、そしてハルガン達4人はメサイヤ一家という、社会的には犯罪者に分類されるゴロツキ達……慎重な姿勢と正確な身の上は、軽々しく表に出すべきじゃない。



「わかった」

「了解したぜ」

「うん、無難」

「おうよ」

「わかった、任せてくれ」

「おっけー、旅行者ね」


「シャルーア、お前は出来る限り俺か他の誰か、最低2人と常に一緒に行動しろ。もし一人になってしまった場合は、まず人の目の多い所に行く事第一、誰かと確実に合流すること第二として考えるんだ、いいな?」

「はい、かしこまりました、リュッグ様」


 正直、リュッグ自身は今すぐにでもきびすを返してしまいたかった。


 何せこれから行おうとしている事は、長年培った傭兵の考え方とは真逆の、不明瞭な危険が待ち受けている場所へと飛び込む行為。


 最悪の展開なら、己の死もパターンとしてありうるとさえ思っている。



「(だが、これ以上シャルーアのことを先送りにしているわけにもいかない。虎口に飛び込みたくはないが……いくしかない、か)」

 王やその周囲にシャルーアの事が知れるのはもう遅かれ早かれだ。あるいは既に伝わっているかもしれない。


 どうにかして、上手く事を運び、シャルーアのことをシャルーア自身に理解させた上で、何事もなく王都を後にする―――


「(―――うん、まったくもってして出来る気がせんな)」

 胃が痛い。頭が重い。全身の関節が鈍い。

 まるで行くなと身体が警告してくれているかのよう。




 王都の外壁が遠目に見えてくる。あそこが最後の地となるのか、はたまた希望の地となるのか、不安しかない。


 それでもリュッグは手綱を振るう。一行の馬車は道中、これといったアクシデントに遭遇することもなく順調に、王都へと近づいていった。



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