第203話 焦りに駆られた願望は黒く染まる

 



 会場の入り口で、一人の男が茫然と立ち尽くしていた。


「……」

 色々と信じられない光景に、動けないでいるのはグラヴァースの側近の1人である、ヒュクロだった。


「(こんなバケモノだとは聞いていなかった・・・・・・・・……いや、でもそのバケモノが押されているではないですか?!)」







――――――数日前。


「(いかにすれば、王子グラヴァースをその気にさせられるか……なかなか物事は上手くいかないものですね)」

 ムーとグラヴァースの出来ちゃった婚が決まった後、ヒュクロは憂鬱だった。


 婚姻自体は良い。

 トップに家族が出来ることで、下の者にもいい刺激になるし、今までよりも皆、意識が引き締まる。


 だが、そこでグラヴァースに止まってもらっては困る。ヒュクロの望みは、彼のルーツであるいにしえの小国の再興と、その王となる者を支えることなのだから。



 だがヒュクロの働きかけはなかなか進展せず、密かなはかりごとはことごとく失敗。

 今度は縁談対象から外れたシャルーアを、都の王のところへ仕向ける手立てを進めるも、これも事はスムーズにいっていなかった。


 その原因は、ルイファーン=ヴァフル=エスナが来訪したこと。


 彼女はシャルーア達とは知己のようで、ヒュクロが何とかそそのかそうと彼女らに接触を試みても、ことごとくルイファーンに阻まれてしまった。



「(ファルマズィ王にグラヴァース閣下の存在感をアピールし、ファルマズィ国内にて強い発言力を得る……それでようやく第一段階だというのに)」

 平和的にかつての小国再興を成すためには、時間と手間と手順が必要。

 中でも国内での発言力や影響力を大きくする事は必須。なので王国へ多大な恩を売り、王の覚えめでたくし、グラヴァースという者の存在感を高めなくてはならない。


 だがその第一歩ですら、もう10年近く進められていなかった。グラヴァース本人が乗り気でないというのが大きく、無理矢理持ち上げるのが困難だったからだ。



「(もうこうなれば強行的な手段も視野に……いえ、しかしそれでは後々が……)」

 一方面軍ともなれば、数個師団からなる軍隊。グラヴァースの手勢だけでも強引に独立を行うことは不可能ではない。


 だが、それは離反行為だ。ファルマズィ王国から見れば軍事的に鎮圧する対象となり、戦争が避けられない。

 そうなると国力差で100%勝ち目はない。数か月程度の独立ごっこで終了する。


 ヒュクロの野望を叶える道はどうにも険しかった。






 そしてこの日、仕事で町中に出張っていた彼に接触してきた者がいた。



「―――その案、本当に上手くいきますか? 間違ってグラヴァース閣下を傷つけるなどという事は?」

 話を聞いた後、ヒュクロは怪訝そうにローブの男・・・・・を睨んだ。


「もちろん。なぁに、ただの威嚇ですからねぇ~……死人なんて出やしませんよ」

 路地裏スラムの住人だとのたまう男は、商売で魔物を扱っているという。いわゆる裏社会の闇商売。

 本来なら厳しく取り締まる側であるはずのヒュクロだが、昨今の焦りからか、その男の言葉に耳を傾けてしまった。


「(会場に魔物を投入し、混乱を起こす……確かに招待客にはそれなりの賓客もいらっしゃいますから、証人は十分といえばそうですが……)」

 ローブの男の案はこうだ。


 グラヴァース結婚の宴会場に頃合を見て魔物を乱入させる。当然、場にいる客たちは驚き戸惑い、混乱が生じるだろう。

 それをグラヴァースの指示で見事におさめて見せる―――いわゆるマッチポンプだ。


 当然だが、一方面軍の拠点であるエル・ゲジャレーヴァの宮殿に魔物が入り込んだとなれば王への報告必須な大事件である。これの調査は力を入れて行われることになるだろう。


 一方で招待客たちはグラヴァースの手腕を称える。大事件ゆえに人から人へと話は伝わり、そこに “ さすが東西護将のお一人だ ” という華を添えれば、グラヴァースの名声は広く大きく高まる。



「ですが、魔物の侵入を許してしまった……と受け取られてしまえば、逆に閣下の名が落ちてしまうと思うのですが?」

「はっはっは、そーはなりませんて。考えてもみなさいよ、昨今は野の魔物が活発化して危険になってるんですよ? 町や村、あるいは軍の拠点だって100%魔物の侵入を許さないでいられると思います?」

 むしろその事を印象付ける意味でも大きいと、ローブの男は続けた。


「このままだと明日は我が身ってなもんで、小さな町や村の人間は特にビビるでしょうねぇ。そうするとどーなると思います? 侵入してきた魔物を見事撃退したって人間がいるところに、移り住もうってのが結構でてくるんじゃないですか?」

「!」

 国家とは人だ。国土ではない。


 領地が狭くても、競合する他国に対して人口で劣らなければ、たとえ軍事衝突が起こったとしても光明が見えてくる。


 たとえば今、このエル・ゲジャレーヴァとその近辺の人口が10として、ファルマズィ全体200だとする。

 何かの理由で・・・・・・ファルマズィからこの近辺に人々が流れ、その人口が50対160くらいまで変動すれば、短期で強行的な国家再興に打って出てたとしても、周辺諸国との連携を上手くできれば何とかなる。




 現時点では皮算用かつ雑な青写真もいいとこだが、我が大望の叶う目は小さくないと手だとヒュクロは判断し、ローブの男の提案に乗ってしまった。




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