第200話 ブライダルの火



 結婚式当日。


「グラヴァースの旦那―! ついにだなー、おめでとー!!」

「グラヴァース様ー! おめでとうございますー!」

「ひゅー、やりやがったなー、おめでとうよっ!!」


 さすがに東西護将の一人たる人物の結婚ともなると、エル・ゲジャレーヴァ全体をあげての騒ぎとなった。


 シャルーアの事はムーの仲間で間違って名前が広まった、という事で収束。縁談騒ぎはこの結婚によってひとまず収まることになる。





「二人は町中に盛大なパレードで出掛けたわけだけど、本当にこれでよかったのかい?」

 オキューヌに問われたシャルーアは、いかにも頭の上に?を浮かべるような表情を向けた。


「経過を見ると、なんかムーに男を取られたみたいな感じじゃないか。シャルーア自身は思うところとかはあったりしないんだ?」

 グラヴァースを生涯寄り添う異性として選ぶことは、確かに悪い話ではない。しかしそれはあくまで一般的な女性の視点や価値観によるところ。


 シャルーアにとってはどこまでも、相手の子を自分が成すかどうかが生涯ただ一人を選ぶ条件であり続けているので、そもそもムーに男を横取りされた……などという感覚自体がまったくない。

 なので当然、思うところなどありはしなかった。


「はい、特に何かがあるわけではないです。取られたみたいと言われましても、グラヴァース様は私の所有というわけではありませんし」

「いや、まぁ……うん、そうだけどもね。……やれやれ、相変わらずってことかい」

 オキューヌは、この件で少しは普通の女の子らしい情動の一つも芽生えるかと期待したが、あきらめつつバルコニーの手すりに両腕を乗せ、外の喧騒を眺めた。



 パレードは町の主要な通りをぐるっとまわってくるコースだが、エル・ゲジャレーヴァは広い都市なので丸1日がかりだ。


 つまり今日の町は完全にお祭り状態。今、パレードが進んでいる位置は宮殿から遠い位置のはずなのに、喧騒がここまで聞こえてくる。現地はとても盛り上がっているようだ。



「そういえばエスナ家の令嬢さんやリュッグ達はどうしたんだい? パレードに随行しちゃいないんだろう?」

「ルイファーン様はリュッグ様を引っ張って町へと行かれました。ナーさんはお部屋にいらっしゃるかと……する事があるからと、言われていましたが」

 色々とありはするが、とりあえず今日は休養にしようとリュッグが提案。そもそもグラヴァースとムーの結婚のアレコレで、何かしらする余裕はない。


 パレードが帰ってきたら夜から披露宴よろしくな大宴会の席が始まる予定だ。


 新婦ムーの仲間としてシャルーア達も出席するし、ルイファーンは名家からの賓客として宴席の格式に華を添えることになっている。





 その夜までの時間は、パレード中のムー以外フリー。


 シャルーアは外を眺めながら、ルイファーンから聞かされた自分の両親や血筋について、ぼんやりと考えていた。


「(……とは言え、私は何も知りません。……お母様、お父様……)」

 自分をとても可愛がってくれた亡き両親を思い返す。


 ルイファーンの話から察するに、母がその血筋の者であったようだが、どんなに思い返してみても母から何かそういった話を聞かされた心当たりがない。

 当然、父からも何か関係しそうなことを教えてもらった記憶はなかった。



 なので自分の血筋が “ 北の御守り ” の一族と言われても、まったくピンとこないし、“ 御守り ” というのが何なのかも分からない。

 知る限りの母の記憶を思い返してみても、その “ 御守り ” に関するような行為や行動を行っていた風には思えない。


 普通に生活していただけ―――あるいは知らないところで何かしていた可能性はあるが、二人とも子煩悩で一日のほとんどをシャルーアと一緒に過ごしてくれていた。


「(……私の知らない時に、何か……していらっしゃったでしょうか??)」

 まったく思い当たらない。

 確かに母は、少し神秘的な雰囲気があったような気がするが、それだけだ。


 シャルーアは正直困惑していた。







――――――夜。


 300人は入れる、本来は出兵式などの軍事儀礼の一環で利用する広い会場は、騒がしくも活気に満ちていた。


 用意された料理と酒はドンドン消えていき、やがて酔いの回ったお調子者な招待客がバカな芸をし始める。


 列席にはグラヴァースの部下の中でも主だった者や各部署のトップたちに、ゲストとしてリュッグ達は元より、町の偉いさんやエル・ゲジャレーヴァ近郊の町や村の長などが座っており、わいわいと盛り上がっていた。



 そんな中、相変わらずの健啖ぶりで食事を嗜んでいたシャルーアは、隣に座っていたナーにつつかれ、その手を止める。


「(シャルちゃんシャルちゃん。……来たっぽい。準備はおっけー?)」

「(分かりました、大丈夫です。ではムーさんのところに走ればよいのですね?)」

「(そそ。ソレ・・をお姉ちゃんに渡してくれればいーからね)」


 二人はそれぞれ、テーブルの下に置いておいたモノを手に取る。まるで陸上の短距離走をするスタート態勢のような雰囲気を醸しながら、その瞬間を待った。




 そして、数秒後――――――



 ガシャァアン!!


 けたたましい壁やガラスが破壊される音と共に、ソレらは現れた。


『グギャァァァッ!!』

『オォオオッ!!』

『グォォオオッン!!』


 3体の妖異の出現。会場にいた者達が制止して凍り付く中、ナーとシャルーアはそれぞれ逆方向に走り出した。




「ムーさん、こちらを!」「ん!」

 シャルーアが壇上のグラヴァース達のところに到着するのとほぼ同時に悲鳴と、それまでとは違う喧騒が起こり出す。


 会場内の2か所で重金属の複雑なパーツが音を奏で、そして―――


 ズガンッ! ドゴォンッ!!


『!?』

『ギャッ!』



 エウロパ圏様式のウェディング姿で銀髪赤褐色肌なお嫁様が、料理を蹴散らして登ったテーブルの上で重厚な銃を構え撃ち、同じ容姿の妹が射線の被らない位置取りで、同じく銃口から煙をあげていた。




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