第182話 意外な父の残り香




 ラッファージャの宮殿に比べてかなり落ち着いた雰囲気。軍事拠点の意味合いもあるからなのだろうが、そもそもラッファージャの宮殿がやたら華美で過剰だったとも言える。




「……」

 シャルーアは兵士の後について、そんな宮殿の廊下を歩いていた。


 外を見るとすでに夜。

 このエル・ゲジャレーヴァに着いてから、ほとんど町中を見て回らないうちにここへと連れてこられたので、少しだけ落ち着かない。


「(お馬さんは大丈夫でしょうか? エサもあげていませんし……それに荷物もそのままです)」

 今のシャルーアは身一つ。持ち物はいつもの服だけ。


 あの男性は何やらお偉いさんらしいから、馬車の扱いはキチンとしてくれてると思いたいが、やはり心配になる。



「こちらの部屋です、お客様。グラヴァース閣下がお待ちでございます」

「ご案内のほど、ご苦労さまです」

 兵士の男は何かこうゾクッとしたものを感じた。それは悪い意味ではない。


 特に可もなく不可もない平坦な応対をしているつもりの彼だが、少女の返す言葉が、兵士を不思議な気分にさせるのだ。


「(まるで高貴な方に仕えているかのような……いや、そんなまさかな)」

 彼は実際に高貴な身分の人間に仕えている。しかし同じように労いの言葉をかけられた時に、今までこんな感覚を味わったことはない。

 間違いなく仕事をこなせているという安堵感や、失礼をしないようにという緊張感こそあれど、この言い表せない感じは初めてだった。


 強いて言葉にするなら―――思わずひざまずきたくなるとは、この事かもしれない。



「(何者だ、この少女? 閣下の客人ということは相応の身分の者なのか??)」

 不思議な興味を覚えるその少女は、兵士を尻目に開かれた扉をくぐって部屋の中へと入っていった。




  ・


  ・


  ・


 

「この度は」「本当に」

「「ウチの閣下がご迷惑をおかけし、申し訳ございませんでした」」


「おい……なんで俺がナンパした子にお前らがそこまで謝るんだよ」

 まるで悪さをした子供の代わりに両親が謝るが如く、ヒュクロとアーシェーンがソファの左右からシャルーアに対して真摯に頭を下げる。


「ええと……よくわかりませんが、謝罪はすでに受け取っていますから、頭をあげてください」

 さすがにシャルーアもちょっと困惑する。

 恰好からして明らかに高い立場にありそうな二人が、そろって自分に頭をさげてくるというのは、あまりにも過剰だ。



「すまねぇな、カワイ子ちゃん。こいつらはどーにも生真面目すぎてダメで―――」

「閣下、この方はアッシアド将軍の御息女だそうですよ」

 頭を下げたままのヒュクロがそう一言発した瞬間、対面のソファに座っていたはずのグラヴァースが、光の速さで高級なガラス製テーブルの上に飛び乗り、土下座していた。


「すんませんでしたぁー!!!」

「?????」

 ますますもって意味不明。よくよく見ると、頭をさげる3人の手先や肩が微かに震えている。




「あの、本当にその……まずは頭をあげてくださいませんか? 何がなにやらまったくわからないのですが」

 言いながら、そういえばアーシェーンという女性と二人で話をした時も、彼女の表情が凍り付いて停止していた時があったなと、シャルーアは思い返す。


「もしかして……お三方は父をご存知なのでしょうか?」

 彼らの異様な態度に共通するのは、話の中で父―――アッシアドの名が出た時。


 そして今も、シャルーアの問いかけに三人はビクリと身体を震わせる。


「ええ、それはもう。我ら3人、軍に入隊したての新人の頃に指導いただいたのが他でもない、アッシアド将軍―――貴女あなた様の御父上なのです」

 アーシェーンがそう言うと、他二人も顔をあげてウンウンと頷く。シャルーアはほぁ~と感嘆しながら、彼らを眺めた。



「御父上は元気でいらっしゃいますでしょうか? 此度の件は何卒、御父上には穏便に―――」

 ヒュクロが、その美男子な顔に似合わぬ慌てぶりを見せているが、彼の言葉を受けてシャルーアは悲しさを胸中に沸き立たせる。

 喜怒哀楽の希薄な表情が、明確に哀しみへと偏った。


「父は……もう、この世にはおりません。亡くなりました」

「!? あのアッシアド将軍が!?」

「……亡くなっ、た?」

 シャルーアから先んじて話を聞いていたはずのアーシェーンすら茫然とする。彼女は話の最中、シャルーアがアッシアドの娘であることを聞いた時点で二人の下へと慌てて走ったため、そこまではまだ聞き及んでいなかった。


「はい。母と共に2年近く前、事故で……」

 そういえば、もうそんなにも経つんだなとシャルーアは思う。両親亡きあと、毎日泣き崩れていた自分。

 そこに愛を囁いてくれたヤーロッソが現れての1年。そして捨てられ、リュッグ達と出会い、旅をし―――もうそんなにも時間が経過していたんだと、改めて気づかされ、なんとも言えない感慨が心を満たした。




「すまない、嫌なことを思い出させてしまった」

 いち早く茫然とした気分から抜け出したグラヴァースが、土下座をやめて居佇まいを正した。

 そして真摯な態度でしかと頭を垂れ直す。



 その所作と表情には、イチ将軍として確かな立場ある者の風格と真面目な哀悼の意が宿っていた。




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