第117話 お仕事.その9 ― アイアオネ鉱山5 ―




 シャルーアの目が捉えたモノ、それは―――



「ヨ……イ……の、いのち……?」

 謎の巨大な塊に向かって流れていく気流は、まるで生命エネルギーそのもののように感じられた。

 しかし、吸収されているというよりは " 回収 " されているという風に思える。



「! シャルーア殿、何か分かるか!?」

 ミルスがシャルーアの様子に感づいて問う。だが自身も塊から目を離さない。ミルス自身は、何か空間が異様な状態にあるというくらいにしか感じることが出来ておらず、気流などは見えていない。


「あの……、大きなモノがその……吸っている? いえ、集めているような……ええっと。とにかくその、何て言えばいいのか分からないのですが、ヨゥイの命そのものみたいな風のようなモノが、あの大きなモノに流れ込んでいるように見えるのです」

「! それってもしや、かなりよろしくない事なのでは? ミルス様っ」

 シャルーアが懸命に紡ぐ言葉をいち早くフゥーラが理解する。呼ばれたミルスは皆まで言わずともと言わんばかりに、攻撃する態勢へと移った。



「おうよ、悠長なことは言っとれんようじゃ! ナーダ殿!」

「ああ、分かっているっ。あのデカブツを潰せばいいんだろう!」

 二人が構えるのを見て、スラーブはシャルーアとヘンラムの前に立って手斧を両手で構えた。守りの態勢だ。


「フゥーラよっ、準備は・・・しておけいっ」

「ハッ! わかってます!」

 パーティは戦闘態勢を整えた、攻撃が始まる。


「行くぞっ、ぬぅうんっ……<トツクァン>!!」

 ミルスが目にもとまらない勢いで地面から巨大な塊めがけ跳ぶ。


 ズドォンッ!!


 塊は大きく凹んだ……が、突き破れてはいない。


「そこっ、ハァァッ!!」

 続いてナーダが跳ぶ。大きく形を歪めた塊の中に斬り裂きやすいそうなポイントを見つけ、刀を振り下ろした。


 シュラァッ!


 切れ味抜群の白刃は、塊の5分の1ほどの部位をあっさりと切り離す。浮かんでいる本体とは違って、切り離された部分はそのまま地面に落下した。


「……よっと。ふぅん、痛がる様子もないね。魔物……いや、生物ではないか?」

 優雅に地面へと降り立つナーダ。その横に、ミルスも地面をえぐりながらパワフルに着地する。

 

「…―――むう、殴りつけた感触としては確かに肉のようなものと思うが。しかし感じた通りであったわ、アレは " アルイキィーユ ” を内へと溜め込んでおる。シャルーア殿が見たという気流は、おそらく坑道内より流れてきたアルイキィーユそのもの」

 心底気味の悪いモノを見たと言わんばかりの表情で、巨大な塊を見上げるミルス。

 その表情を例えるなら、巨大な石をめくり上げたら気色悪い虫がウジャウジャいたのを見てしまった類のもの、だった。





「こ、攻撃は……仕掛けてこないのでしょうか??」

 そう言いながら、ヘンラムは恐る恐る塊本体と切り離された部分を交互に見る。


 ミルスに歪むほどの突撃を食らわせられ、ナーダに一部を切り離された塊だが、それに対する反応は特にない。

 危険がないのなら、近づいてもっと詳しく見てみたいのだろう、さすがは学者。

 だが1歩踏み出そうとした彼の片腕を、シャルーアが両手で掴んで強く自分の方へと引き寄せた。


「……ダメです、アレは……アレは近づいてはいけないと、思います……」

「しゃ、シャルーアさん?」

 柔らかい胸の感触に感動する余裕もなく、彼女の強く緊張した様子がヘンラムにも伝わってくる。


 坑道の調査中に魔物と遭遇した時は一切見られなかった反応。つまり、それほど恐れていなかった魔物よりも目の前のモノは遥かにヤバいと感じてる証拠だ。

 ヘンラムは改めて巨大な塊を見あげた―――コレは、それほどにヤバいのか、と。




「! 変わります……っ、ナーダさん、ミルス様、避けて・・・ください!」

「「!!」」

 シャルーアが叫んだ。二人は一切の疑問を感じることなくその場から跳ぶ。その直後―――


 ドバドバドバドバドバッ!!


「んなっ!? なんですかアレは!??」

 フゥーラが驚きつつも、気持ち悪いと言わんばかりに口を抑える。


「な、んじゃと、魔物が大量に湧いて出よった!!?」

 スラーブが信じられないものを見たと全身を硬直させた。


 それはちょうどミルスとナーダが立っていたあたり。

 巨大な塊は、まるでゲロを吐くように自身の一部を流れ落とした。ところがソレは地面に落ちると同時に、有象無象の様々な魔物へと姿を変え、動き出す。


「ちいぃ!! そういうことかいっ! いっちばん最初、坑道に詰まってたあの魔物どもはっ」

 言いながらも剣を振るうナーダ。

 出現した魔物は雑魚ばかりだが、この最深部の広い空間を埋め尽くさん勢いで増えていく。


「このおかしな塊が出していたモノであったかっ。ぬぅっん!!」

 ミルスも跳び退いた先で着地するなり、蹴りを繰り出す。

 魔物は雑魚だが出現して即座に襲い掛かってくるあたり、自分達を敵と認識しているのは間違いないだろう。




「なんて数じゃ、二人ともワシの後ろにおれよ!!」

 スラーブがヘンラムとシャルーアを庇って懸命に斧を振るう。1対1なら元鉱夫の彼でも楽に対処できる相手。ところが、それが波のように押し寄せてくるとなると押しとどめるのでさえ簡単にはいかない。


「ひぃいいい!!?」

 ヘンラムは完全に腰が抜けたらしい。情けなくも自分より小さいシャルーアの腰に抱き着いて、彼女の胸の下の方に頭頂部を少し潜らせるような状態で恐怖に震える。


「…………」

 シャルーアは黙しまま、その手で怖れ怯えるヘンラムの後頭部を優しく撫でた。

だが視線は、スラーブの肩越しに押し寄せる魔物の波をじっと見たままだ。


 喜怒哀楽はない。いつもと変わらない、これといった感情のこもっていない表情のまま―――しかし彼女の髪の一部が、炎と見間違うようななびき方をした。




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