第107話 前払いは一時のセクハラ



「ふーん、このスケベタマゴが腕利きの鍛冶師かい」

 鍛冶場に用意された椅子の一つにどかりと座って脚を組んだナーダを、マルサマは懲りずにいやらしい視線で眺めていた―――シャルーアの胸に抱き着きながら。



「……相変わらずだな、爺さん。毎度毎度呆れるよ」


「そう褒めるでない、照れるじゃろうが」

「褒めてない」「褒めてないだろ」

 リュッグとナーダがハモって指摘すると、マルサマはわざとらしく泣きまねしながらシャルーアの胸に顔を埋め、グリグリとこすりつける。シャルーアは、よしよしと慰めるように彼の後頭部を撫でた。



「はぁ……それで爺さん。シャルーアの刀は出来たのか?」

 茶番は終わらせてさっさと本題に入ろうとリュッグが促す。

 するとマルサマはぐグリグルしてた頭をピタッと止め、シャルーアの胸の弾力を借りるかのように跳ね跳ぶと、空中で1回転して綺麗に着地した。


「あと一息、といいたいところじゃ。まぁその一息がかなり遠い……まず見てもらった方が早いな」

 そう言って取り出してきたのは一振りの刀。


 シャルーアが貸してもらってる " コダチ " よりも10cmほど長く、刀身の幅がやや広くなっているなど違いは明らかだが、形状の面では大きく変わったとは言い難い。

 しかし鞘から引き抜かれたその白刃の輝きは段違いで、外からの光と溶鉱炉の輝き以外に光源のないはずの薄暗い鍛冶場ですら、ギラリと強く光る。


「! ………」

 ナーダが驚き、そして表情に真剣味が宿った。


「フォフォフォッ、コイツの凄さが分かるかね、黒褐色のねーちゃん。伊達に美味うまそうな太ももしとらんのー」

 真面目なんだかふざけてるんだか分らないマルサマにもまるで反応せず、ナーダは無言で刀の出来栄えを観察し続けている。


「随分と凄そうだが……これでも ” まだ ” なのか?」

 正直リュッグにはその良し悪しはあまりよく分からない。

 確かにリュッグが借りている刀やシャルーアの “ コダチ ” と比べても言い知れぬ迫力と存在感を感じはするが、リュッグにとって武器とはあくまで生き抜くための道具であって、使えるなら消耗品前提のナマクラでも全然かまわないのだ。

 たったの1本。折れてしまえば一気に意味をなさなくなるモノにそこまで手間暇かけるのが理解できない。


 そんなリュッグに、マルサマは首を横に振った。


「まだじゃよ。何せシャルーアちゃんの " 魂に刻まれた武器 ” を作るには失われた技術と呼ばれとるものが必要でな。ワシが師より受け継いだモノにもなかったものじゃ。それを少しずつ試行錯誤し、編み出してゆきながら1本1本試作しておる。コレでも完成度でいえば七割まで来てはおるがな」

 言いながら鞘に刀を納める。思うように進んでないようで、相当に苦心していると全身から醸し出していた。


「ま、とりあえずこの “ コダチ ” は持っていくがええ。前の奴は返してもらうぞい、溶かして新しく打ち直すでな。最近は物騒になったおかげで、材料もなかなか手に入れずらくなった、再利用リサイクル必至じゃ」



  ・


  ・


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「ふむ……これが失敗作。今まで見てきた中でこれほど出来のいいモノは見た事がないのだがな」

 鍛冶場のそこらに打ち捨てられてる剣を拾っては品定めするナーダ。実際、マルサマが失敗、駄作として破棄した武器はいずれも、世に出せば一級品の業物レベルであった。


「良ければいいってもんでもないんじゃ、ワシは客の注文……一点ものがメイン。その客にとっての最高の一本を打つ、そこに到達しておらんモノは全てダメじゃよ」

 言いながらマルサマは熱したシミターの刃を水平に持ち上げ、片目で注視する。


「……ほっほ、悪くないが材質は並みじゃな。耐久性は市販のモンとさほど変わらん。むしろこれだけ痛んでまだ折れておらんのは、ねーちゃんの腕が良い証拠じゃ」

「その誉め言葉は素直に受け取っておこう。……それで直せるか?」

 するとマルサマは僅かに考え、そして何度かシミターを眺めなおした。


「直せるかどうかと言えばもちろん直る。じゃが……ふーむ、そうじゃな。そこらに転がっとるヤツから1本選んで持ってくるんじゃ、ねーちゃんの直感で好きなのでエエぞい」

「? ……ふむ、そうよな……、……、……では、これにしよう」

 鍛冶場の入り口付近では、リュッグに指導を受けながらさきほど受け取った刀を構え、慣れない様子で扱いに四苦八苦してるシャルーアがいる。

 その手に馴染んでいない得物と向き合う様を何気なく横目で捉えた後、ナーダは1本の剣に手を伸ばした。



 取ったのは鎌のように逆湾曲しているショーテル。自分が今まで扱ったことがないタイプの剣。

 選んだ理由は特にはないがシャルーアの頑張っている様子に、何となく自分も未知を選んでみたくなったのだ。


「なるほどなるほど……うむ、ええ感じじゃわい」

「それは剣がか? それとも我が尻肉がか?」

 ショーテルを見ながらナーダの尻に片手を這わせるマルサマ。しかし彼女はとくに怒りはしなかった。


「追加料金はいただく事になるかもしれんが、ただ直すよりも良く仕立てることは出来るじゃろう。どうする、いい尻したねーちゃんよ?」

 するとナーダはニヤリと不敵な笑みを返す。


「ならば頼もうか。……まぁ、既に料金は前払いで支払っているのだ、それぐらいやってもらわねば困るな」

「ほ? いやいや、ワシはまだ金を貰っとりゃせんぞい?」

「何を言う。散々人の尻を触り、性的視線を叩きつけ、頬を擦りつけもしてきたではないか? まさか過ぎたセクハラがタダで済むと思っておるのか、スケベタマゴよ?」

 ニッコリと、これでもかという笑みをマルサマに向けるナーダ。


 そしていつ拾ったのか、落ちていた失敗作の刀を持って、トントンとそのみねで彼の頭頂部を叩き、命 or タダ働きの二択を容赦なく突きつけた。





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