第94話 飲んでも飲まれるな
「あー、“ 御守り ” なぁ。ウワサにゃ聞くけど、どーなんだかは知らねぇな」
「そうか。まぁ俺もウワサでしか聞いたことがないし、そんなものかもしれないな」
「けどなんでまたそんな事聞くんだい?」
「いや、最近の魔物の活発化に何か関係あるのかと思って何となくな。もし関係あったら何か詳しいことが分かれば、道中の危険を避ける手助けになるだろう?」
「あーなるほどなぁ。アンタなかなか頭いーじゃねーか、たしかにたしかに」
「済まなかったな、つまらない事聞いて。御馳走する、俺の分も飲んでくれ」
「おお、いいのかい? いやー悪いな、大した事知らなくてよ、へへ」
酒場を出たリュッグは、軽くため息をついた。
ジューバの町に複数ある大小さまざまな酒場を1軒づつまわっては情報収集を試みているものの “ 御守り ” とやらの話はまるで聞くことができなかった。
「(ナーダ達が何か勘違いしている可能性もないとは言えないが……)」
正直に言って、リュッグ本人には “ 御守り ” とやらに興味はない。
伝説やウワサによれば、この国の平和を守ってきた
それがこの国の " 御守り " という存在。それはこの国の誰に聞いても共通している認識だ。
「(しかしワダンの偉いさんか、その息のかかった調査員っぽいあの二人が、そんな不確かなことでわざわざ国境またいでやってくるとも思えんしなぁ)」
二人の腕がたつのは見れば分かる。なので少しばかりシャルーアの指南をお願いした手前、その代価として彼女らが求める情報を持って帰るのが筋だ。
傭兵ギルドで次の仕事を探しつつ、リュッグは町での情報収集を続けた。
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そして、そんな彼の行動が、彼自身の安全に寄与する。
「(あのリュッグという男…… “ 御守り ” のことを調べているようだが……)」
密かに警戒し、観察し続けているバラギは、今日のリュッグの行動に不可解さを覚えていた。なぜなら彼は、リュッグこそその “ 御守り ” に関係する者ではないかと疑っていたからだ。
場合によっては、本当のところがどうあれ、殺してしまう気ですらいた。
「(関係ないというのか? ……いや、確かに我が考えすぎているのやもしれん。あのニホントウもどきも、どこぞでたまたま入手しただけである可能性はある。少々警戒に過ぎたか……)」
先だっての、あの嫌な波動のほとばしりと自分が仕事をしくじっていた可能性から、いつの間にか焦っていたのかもしれないと、バラギは
疑わしきは抹殺―――物事を簡単に片づけられるが、ヘンに足がつきやすい。
バラギとて、軽率に選択すべきでないと理解していたにもかかわらず、いつの間にかそれ前提でリュッグを監視していた節がある。
「(いかんな、我としたことが)」
あるいはあの波動に自分もあてられていたのかもしれない。気を取り直したバラギは、イチから考え直す。
「(しかし、ある意味では良い展開やもしれん。あのリュッグとやらが情報を聞き回ってくれれば、労せず安全に得られる)」
長年傭兵として活動してきたリュッグを、知ってる者は知っている。つまり何かについて情報を聞き回ったとしても、さほどおかしく思われない人間だ。
何より傭兵ではないバラギには訪ねにくい、傭兵ギルドでの聞き込みなども簡単に行える。
安全に情報を獲得する―――リュッグをこのまま観察していればそれが叶う。
「(特に、北の " 御守り " がまだ健在であるのかどうかの情報が聞ければ最高なのだがな)」
――――――その夜。宿1階のレストラン。
「ふーん、つまりあんまり市井にゃ影響なしなわけだ? んぐっんぐっ……ふぅー」
ナーダは納得の様子で酒をあおった。
「一般の方々は “ 御守り ” に関心がないとも言えますね。あ、シャルーア様、こちらもいかがですか?」
ジャスミンはさりげなく非アルコール飲料をシャルーアにすすめる。二人とも、昨日一晩で懲りていた。
シャルーアにお酒を飲ませてはいけない。
「(まぁ、アレはさすがにな……)」
「しかしつまらんな、師弟揃って禁酒とは。昨日は無理にすすめたのは悪かったが」
言いながらも、酒に酔った勢いで絡もうとしない。
ナーダは、手元の皿に入ったつまみを指先でトンッと突いた。すると揚げられた豆が1つ空中に飛び上がり、綺麗な放物線を描いてナーダの口に入った。
「理由は察してくれると助かるよ。問題は起こしたくないのでね」
「?? リュッグ様がお酒を断たれているのは知っておりましたが、私もですか?」
シャルーアは覚えていない。なので、禁酒と言われても何のことだかわからずに困惑していた。
――――――昨晩、シャルーアは人生で初めてお酒を飲んだ。
酔ったナーダにすすめられての初チャレンジだったのだが、そこで判明したのはまず、シャルーアがまるで酔わない酒豪だったということ。
ナーダが意地になってジャスミンも巻き込んで深酒をし、それに付き合わされたにも関わらず、シャルーアはまったく酔わなかった。
そして問題はそこからだった。
二人が音を上げて降参した後、その飲みっぷりに関心したレストランのバーカウンターのマスターがシャルーアにおごったのだ。
シャルーアはお酒を気に入ったわけではなかったが、すすめられて断るのは相手に悪いと思い、すすめられるままにどこまでも飲み続けた―――結果、さすがにザルといっても飲み方を知らない少女だ、量が及べば酔いもする。
そしてボーダーを越えた時、異変が起こった。
『ピーーーー、ピー、ピーー、ピーーーー、ピー、ピーーー』
見た目に酔ってる風はない。いつもと変わらず平然としていたシャルーアが、会話の中で性的なワードをガンガン吐き出すようになったのだ。
本来ならたとえ下ネタやそういう話であっても憚るべきところを、フルオープンで発言するものだから、レストランは騒然となった。
しかも相当にディープでハードコアなワードが混じっていたこともあって、最初は照れ恥ずかしい感じだった他の男性客らがだんだんと引きはじめる。
そして何か見てはいけないもの、聞いてはいけないものから背を向けるように、一人また一人とレストランを後にしていった。
その吐き出す卑猥ワードの数々は、シャルーア自身がかつてヤーロッソに受けた酷い仕打ちの賜物と言えるほど酷いものだった。
結局、その夜の売り上げがガタ落ちになったレストランの責任者が全店員を集め、
だが当の本人はやはり酔いが回っていたらしく、自分がどれほどの発言をしまくっていたかなど、まったく覚えていなかった。
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