第70話 シャルーアの謎




 リュッグとしては、紛失した剣の受け取りの他に、もう一つ目的があった。

 それはシャルーアの出自について知ることだ。しかし……




「大丈夫か? 何かあったのか??」

「いえ何もありません……大丈夫です、リュッグさま」

 宿での夕食時、シャルーアは明らかに消沈していた。町で何かあったのは間違いないだろうが、語りたがらない。


「(シャルーアも年頃の娘、あまり執拗に聞くのは逆効果かもしれないな)」

 リュッグがその場にいたのならともかく、完全に別行動していた中での出来事が原因ならば、何を言ってみたところで慰めにはならない。

 なのでそれ以上は聞かないことにし、代わりに彼は給仕を呼んで料理のおかわりを注文した。





 ジューバの町の低級宿―――1階はレストランで、2階と3階が宿になっており、1泊が比較的安い。

 もちろん寝室の設備は最低限だ。それでも一時滞在には十分でコスパが良い分、旅人にとても人気で、レストランも常に賑わっている。


「お待たせいたしました、エイシュ平パンの追加とシーシュ羊肉ケバーブ串焼き、モロヘイヤとコフタ肉団子の煮込みスープです」

 料理を持ってくる給仕の男性は白人系だが、店の制服がわりの地元の伝統的な装束を着こなしている。

 このレストランで働いて長いのだろう、テーブル上に置いていく動きもスムーズで、シャルーアにニコッと歯を見せて笑う仕草は明らかに作り笑い―――愛想を振りまくための営業スマイルだ。


「……ありがとうございます」

 同じ白人系だから、というわけではないが給仕の男を見て思い出してしまうあの人とのこと、そして追い重ねられる暗鬱。


 だが、気持ちが沈んでいてもお腹はすくものらしい。


 お礼の言葉を述べたあと、シャルーアはすぐにモロヘイヤとコフタ肉団子の煮込みスープを口に運ぶ。そして、ものの数分でペロリとたいらげてしまった。



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「(さて、どうするかな……シャルーアの故郷に行く予定だったが)」

 夕食後。シャルーアがお風呂にいっている間、自分達の部屋でリュッグは一人考え込んでいた。

 シャルーアの不思議の謎を解明し、理解する一助となればと考えてスルナ・フィ・アイアを目指していたが、どうもシャルーアには故郷の町には行きたくないような雰囲気が感じられる。


 やはり嫌なことを思い出したのだろうか? 気持ちが沈んでいたのも、過去を思い出して考えたくないのだろうか?


「(まぁスルナ・フィ・アイアに行ったからといって、何か分かるかっていうと、根拠もないしな)」

 とりあえずなくした剣を受領するという目的は達したので、無理に帰郷を促すような真似をしなくても良いのではないか?


 そう思いながら手元に戻った剣を鞘から抜いて眺める。


「(やはり痛んでいるな……アイアオネに目的地を変えるか?)」

 マルサマからもらった剣は切れ味鋭いが刃の頑強さに欠けるのか、やはりあの鎧のヨゥイとの戦いで刃こぼれがチラホラ見てとれる状態にあった。どのみちマルサマのところへ行かなければならないだろう。


「(……ふーむ、明日ギルドに行ってみるか。ついでに出来るいい仕事があれば、その行先で決めるのも悪くないな)」

 もしスルナ・フィ・アイア方面に行く仕事ならそちらに、それがなければアイアオネのマルサマのところへ行くことにしようと、自分の中で結論付けたリュッグ。ふと他の荷物と一緒に簡素なベッドの上に放り出してあった懐中時計に視線が止まる。


「? いつもよりも遅いな、珍しく長湯……のぼせたりしていないだろうな?」


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 その頃、宿の浴場の出入り口(男湯)より、シャルーアが出てくる。沈んでいた気分が幾分か解消されたようで、いつもの無表情に戻っていた。


 そして彼女の後に続いてもう一人出てくる者がいた。シャルーアは向き直って、会釈の礼をする。


「無茶なお願いを聞いていただいてありがとうございます、チャックさん」

「あ、ああ。いや、まぁお嬢さんがそれでいいなら僕は別に構わないんだけどね、ハ、ハハ」

 彼は、夕食時にレストランで給仕をしていたあの白人系の男だ。

 チャック=マーレン―――エウロパ圏の生まれだが父親がこの辺りの出身のハーフで両親の死後、父親の遺産を継ぐためジューバの町に移り住んだ20代後半の青年。


 深夜の酒場営業を前に休憩時間を利用して入浴に来たのだが、そこで同じく入浴にきたシャルーアと遭遇し、彼女からお願いを頼まれた。



  ――― 私を抱いてくれませんか ―――



 客に手を出すなんてとんでもない話だが、何やら苦しそうな表情でそう言われては、チャックも断わりきれず……



 少なくとも事後、彼女の表情は事前よりも良くなっている。

 いまだ困惑こそしているものの、少なくとも自分はその願いに応じることで、何かしら彼女の役に立てたのだろう―――慈善行為、あるいは人助けになったのだと思う事にして、己を無理矢理に納得させる。


「……でもお嬢さん、あんまりああいったことを知らない男にお願いしない方がいいよ。世の中、僕みたいに気のいい人間ばかりじゃない、悪い男だっていっぱいいるからね」

 お願いされたとはいえソレに応じ、やっておいてどの口が言うのかと、自分自身の滑稽さに自己嫌悪を感じながらも、年上男性として注意を促す。


 まだ困惑して思考や感覚が定まらずフワフワしているのだろう―――チャックは風呂場でシャルーアから骨抜きにされるほどの心地を御馳走になった。気を抜けば今でも足腰から力が抜けて、その場に倒れそうな気さえしている。


「はい、ご忠告ありがとうございます。ですが、貴方様なら大丈夫だとなんとなく・・・・・分かっておりましたので……それでは、これで失礼致します」

 ペコリと深くお辞儀すると、シャルーアはリュッグの待つ部屋へと戻っていく。




 遠ざかる小柄可憐な背中を見送りながら、男は自分自身に不思議な違和感を感じた。


「? ……なんだ、この……邪気が……消えていくような?」

 明らかによこしまな真似をした後なのに不思議と気分が安らぐ。そしてなぜか活力が湧いてくる。それは仕事へのやる気や日常生活への意欲だった。



 それから数日間。

 

 チャックは、まるで起きているのになお目が覚めたようなスッキリした素晴らしく爽やかな気分で毎日を過ごすことができた。





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