第56話 ラハスの正体




 リュッグが蹴りを入れてからというもの、魔物ラハスはリュッグにのみ攻撃を仕掛け続けるようになった。



『フゥー、ファー、フゥー……』

「はぁ、はぁ、ぜぇ…ぜぇ……、少しは堪えてくれてるのか?」

 ここまではリュッグにとって理想の展開だった。


 もしも多数の集団を相手にする場合なら、その中で最も弱そうな者を狙う。敵の頭数を減らし、集団としての強さを削ぐことが最も有効だからだ。


 しかし数の少ない集団を相手にするのであれば逆になる。

 もっとも強そうなのをまず仕留めるのが最良。強者を屠ってしまえれば残りは弱者が大半、楽に一掃できるようになる。




 その知能の高さゆえかラハスは、リュッグとシャルーアの二人を相手どり、状況は後者に当てはまると睨んだのだろう。

 徹底してリュッグ一人に狙いを絞っていた。しかし―――


「(おかしい……確かに理にかなってはいるし、俺を狙ってくれるのはこちらとしても有難いことには違いないんだが)」

 その理屈はあくまで人間の理屈。

 いかに知能が高いといっても、魔物が人の戦術・・・・に沿って戦うものだろうか?


 奇妙。


 高い知能以上に本能的なものが勝るはずであり、ここまでリュッグ相手に手間取っていることを考えると、方針転換してシャルーアに狙いを変えてきてもおかしくないはずなのだ。

 もしくは一度この場を離れて他の獲物を探しに行くはず―――長年の経験からリュッグは、明らかにこの魔物ラハスは異常な個体であると確信した。



「シャルーア、間合いをあけすぎるな。近づくのも遠ざかるのもダメだ、その距離を維持しろ」

「はいっ」

 ラハスがシャルーアを狙って攻撃を繰り出したとしても、咄嗟にリュッグが守るためのワンアクションが取れる距離感。

 この距離が近すぎると防ぐのが遅れ、遠すぎると届かなくなる。


 無論、ラハスの意識をシャルーアに浮気させるつもりはない。リュッグには、己が死なない限りは抑え続ける自信があった。




『フーフー、ハァー、ハー……』

「どうした、もう取っ組み合いには飽きたか? っと、こんなことをヨゥイに問いかけても分からないだろうがっ」


 腕を伸ばす―――パンチの予備動作。が、リュッグが実際に行ったのはキック。


 ドッ!


『フギュルルッ!? ググッ……ォォッォオオッ』

 ラハスはたばかられた事に憤り、両腕を振り上げて自慢の爪を連続して振るう。


「(これに当たるわけにはいかないっ)」

 リュッグにとっての敗北。それはラハスの爪か脚……すなわち四肢の攻撃を1撃でも受けてしまうことだ。


 鋭い爪は、まともにくらえば人間の肉など一閃で分割されてしまう切れ味があり、獰猛な肉食の鳥類を思わせる足も、一撃で人を戦闘不能にする威力を有している。


 ラハスとは間違いなく人間という種にとっては一撃必殺の戦闘力を持っている危険な妖異であり、丸腰のリュッグには勝ち目などまるでないはずだった。




「(なぜ尾を使わない? なぜ翼を活用しない? なぜ格闘戦ばかりだ?)」

 ラハスには猛毒の尾がある。最初の攻撃の際に移動に使ったはずの翼も、距離が詰まってからはまるで用いない。

 至近距離の格闘戦にしても、鋭利な牙で噛みつこうという素振りもない。戦い方がまるで人間の至近距離での格闘戦そのものなのだ。



「(ルール有りの格闘技の試合スポーツでもあるまいし―――)」

 不意に、ハンムの話が脳裏をよぎる。



――― 人工的に魔物を作りだす行為に手を染め……その結果が、魔物を使役することに成功した希少例として ―――



「……まさか? いや、それならこの動き、あり得る……かっ!?」


 ドガッ!!


『フギュウウウッ!? ……クハァー、ハァー』

 隙を見つけてラハスを蹴り飛ばし、一度間合いを取って落ち着く。


 リュッグが感じている違和感の正体がもしそうだとしたなら、この魔物ラハスのおかしさの全てに説明がいく。


「(あの謎の鎧のヨゥイもそうだ。今にして思えばあれは……人。そう、人が考える動きだ、このラハスも!)」

 だがリュッグの考えた通りだとしたなら、ハンムのあの話が本当だったという事。


 強烈な恐怖が沸き起こり、心の底からゾッとするものが沸き立つ。


「……笑えないな。人工的に魔物を作って動かせる、だなんて言うのは与太話だけにしといてくれよ、まったく」





 ・


 ・


 ・



――――――ムカウーファの町中、とある民家の中。



「戦況は?」

「五分五分ですね。こっちも動かすのでやっとなんで、ラハスの力を100%出せてないってのもありやすが」

 ローブの男は、ふむとアゴに手を当てて少し考えた。


「だが、魔物ラハスの身体能力は活用できているはずだな? それでも丸腰の男一人殺るのにそれほど手がかかるものか」


「勘弁してくださいよ、こちとら操作方法知らされたばっかでいきなりですよ、そうそう上手く戦わせられませんて。それに対峙してるヤツは、どうもあの時・・・の傭兵と同じ奴っぽいですから、そこらの町人ぶっ殺すほど簡単には行きそうになですよ」

 自身も弱いながらに傭兵業の端くれな彼は、正しく一般人と傭兵の力量差を理解している。

 その意見を受けて、ローブの男は興味深そうに目を光らせた。


「ほう? それは奇縁だな。自律型オート遠隔型リモートの両試験でモルモットになってもらえるとは」

「音とか聞こえりゃ、相手の話声とかも聴けたかもしれませんけどね。……しっかしこのオヤジ、カワイコちゃん連れやがっていい御身分ですよ、チクショウめ」

 彼がリュッグばかりを狙い続けるのは、何も複数人を相手にする時の戦術の基本にのっとっているからではない。


 単純に、女の子を連れているリュッグへの妬みからだ。


 何ならこの中年オヤジをぶっ殺した後、ラハスを操ってそのカワイコちゃんを攫ってやろうか、などと邪なことすら考えていた。




「いい機会だ。その男にはもう少しばかりこちらの試験に付き合ってもらうとしよう。動けず、ボロボロになり果てるまで……な」

 ローブの男は大金を支払ってくれるいい依頼人クライアントだ。対して実力のない彼には、非常に良い金づるだった。


 なのでこの怪しげな妖異ヨゥイを操るなんて実験にも、二つ返事で快諾し、罪のない人を殺すこともためらいなかった。


 が、時折見せるローブ男の冷酷そうな雰囲気に、自分がヤバい事に足つっこんでいないかと自問せずにいられない。



「よし……予定を延ばし、このまま続行するとしよう。延長分の報酬を上乗せしてやる、引き続き頼むぞ」

「! マジっすか! よーし、任せてくだせぇっ」

 しかし金に目がくらんだ彼は、そんな疑念などすぐに些細な事だと、頭の隅っこに追いやってしまった。








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