第50話 男心の水面にミルクは回る



 兵士達は思い知っていた。上司であるオキューヌが命じた時、どこか疲れたような様子だった理由を。




 パチッ、パチン……スルスルスル……ペロンッ



「ちょっ、しゃ、シャルーアさん?!」

「はい、何でしょうか?」

「いや何でしょうかじゃなくてですねっ、いえこちらに向き直らないで結構でっ」

 ドレサックを連行するにあたり、シャルーアの胸にその手がひっついたまま。


 なので彼女は兵士達の前で堂々と自分の服の胸元を脱ぎとって、オキューヌから貰い着けていた痴漢捕縛機能強力粘着付きブラを、彼らの前で恥ずかし気もなく取り外した。


 そしてすぐに胸元を隠すでもなく、その豊かな丸みを完全にさらけ出したまま、彼らの態度が不思議だと言う代わりに小首をひねる。


「へっ、この真面目チェリーな兵士どもにゃストリップは刺激が強すぎるってよ、お嬢ちゃん。けっけっけっけ!」

 捕まったせめてもの腹いせとばかりにドレサックは、初心な反応を示す彼らを笑い飛ばした。

 実際、兵士として厳しい訓練と任務の毎日だ。女っ気とは無縁の生活を送っているだけに、半裸姿のシャルーアが刺激的なのは道理だった。



「え、ええい、やかましい! おい、さっさと連れていけっ……それと、お嬢さんに何か羽織ものを!」

 指名手配犯現行犯逮捕の連絡を受け、遅れて現着した階級が一つ上と思われる兵士が、場を落ち着かせようと気概を奮い立たせ、指示を飛ばす。

 他の兵士達は水でも打たれたかのようにハッとして、慌ただしく動き始めた。


「あ、大丈夫ですお気遣いなく。下着は元々付けておりませんでしたので」

 そう言うと自分の服を着つけ直し、露わになった胸もその一番の恥部を黄色系の縞々模様のラインの向こうに覆い隠し直す。

 元より布が少なくて露出あるよそおいではあったが、やはり肝心な部分が隠れたことは、彼らの盛り上がったボルテージを冷まさせる。


 一部の兵士達は残念なような安心したような、何とも言えない表情を浮かべる。それでもなお、目に焼き付いたシャルーアの胸のポッチを頭の中で想像して、服越しに透かし見ようとするかのように、しばらく凝視していた。



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「あ、あー、コホン! 申し訳ありません、シャルーアさん。オキューヌ隊長よりお話は伺っておりますが、よろしければこの後のご予定などお聞かせ願えませんでしょうか?」

 完全に場が落ち着いたところで兵士の代表者が、これ以上ヤキモキさせられるのはゴメンだと、暗にシャルーアの町散策の目的を聞く。

 彼女が何をしたいのか、どこに行きたいのか? それが分かればもっと効率よく護衛任務をこなせ、彼らの心労は緩和されるだろう。


「ええっと……リュッグ様が、持っていらっしゃった剣をお無くしになられたので、捜索のご依頼をギルドの方に出させていただいたのですが、いつ見つかるとも分かりません。ですから代わりの武器などを探してみたいと思っておりまして」

 その場にいた兵士の全員が、彼女の口から固有名リュッグが出た時、ピクリと反応を示した。


「リュッグ……さま、というのはお連れの方ですか? 男性の?」

「はい、今はお怪我で治療院に入院しています。ですので私がいろいろとお手続きなどを代わりに……あ、武器のお話は私の一存なのですが」


 周囲の兵士達はこれでもかと怨嗟を宿した顔付きになった。見ず知らずの男に対する嫉妬―――こんな素直で、異性に肌を晒すのに抵抗のない美少女ちゃんを連れている。なんてうらやまけしからん奴だと誰もが血が出そうなほど奥歯を噛み締めていた。



「おい、お前達、さすがにみっともないぞ―――いえいえこちらの話です、あーえー…ということは武器を取り扱っているお店に行きたい、という事ですね? それでしたら案内できますが、御同行してもよろしいか?」


「まぁ、それはとても助かります。この町のことはまだよく分からず、お店がどこにあるのか探すのに難儀しておりました」

 ぱあぁっと明るくなるシャルーアの表情に、男達もにこやかな笑顔で応える。だがその善良な笑みの下では誰もが嫉妬心をこじらせていた。







「ち、ちなみにですが……そのリュッグというお連れ様は、シャルーアさんのご家族か何かですかな?」

 歩き出して50m弱、話題に事欠いていたこともあったが、同僚全員が気になっているであろうと思い、隣を歩く案内役の兵士が意を決して聞いてみる。

 2、3歩後ろを同行している他の兵士達が心の中で、彼の勇気を称賛した。


「いえ、家族の者ではございません。御父様とお母様は亡くなっておりまして……」

「そ、そうですか……申し訳ありません、嫌なことを思い出させてしまい」


「……大丈夫です、もう過ぎたことですので。お気遣いありがとうございます」

 丁寧にペコリとお辞儀する少女の顔は、笑顔なれどやはりどこか寂しそうだった。その様子に兵士達の嫉妬の炎がしゅんとなって縮こまる。


「リュッグ様は何もかもを失った私を拾ってくださいました。そして足手まといにしかならない私に日夜、さまざまな事をお教えくださっている、大変な恩人なんです」

 瞬間、兵士達の心にハレルヤの福音が鳴り響いた。

 それはつまり、彼女にとってその連れの男性とはあくまで赤の他人、男女の関係にはないと言うこと。


「なるほど。“ 恩師 ” なのですね、そのリュッグという方は」

「……恩師、ですか。なるほど、確かにそうですね、恩師……恩師……。今までリュッグ様と私の関係を聞かれた時、どのようにお答えするのが正確なのか分かりませんでしたが、これで納得がいきました。お教えいただきまして、誠にありがとうございます」

 シャルーアは本当にうれしそうに、長年の問題が解消されたような晴れやかな雰囲気を醸しながら頭を下げた。

 兵士達も精神の安寧が訪れ、ほっとする。




 しかし次の彼女の一言で、その精神は再びかき乱される事となる。


「それでなのですね。初めて傭兵ギルドに訪れ、“リュッグ様は私の所有者です ” と言った時、皆さんが驚いていらっしゃった理由がようやく納得がいきました」


 ピシィッ!


 一瞬で精神が石化。表面だけがガラガラと音を立てて崩れ、中から再びザワめき乱れる心が色々な感情や妄想を脳内にて燃え上がらせた。




 結局、シャルーアが治療院に戻るまでの間中、兵士達は彼女の一言一句に一喜一憂させられっぱなし。


 本人には自覚がないままに、男達の純情は手玉に取られ続ける。結果、彼らの中で彼女の存在感は強く植え付けられた。


 その一方でリュッグは、病室で謎の悪寒を感じることが多くなったという。






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