第57話 井の中の蛙
「まあ、先刻承知とは思うけど、俺って昔から機械いじりが好きだったのよ」
「うん、凄いよね。香織さんも驚いてたよ、10分位であのDVD直してしまうんだもの」
「ああ、前に言ったけど、中学の時に学校の柱時計を直してさ、その時の担任だった先生にめちゃくちゃ褒められたのが今でも心に残ってる」
「ふ~ん」
「んで、機械いじりにすっかり自信を持った俺は、中学卒業したら、当然工業科のある高校に入学しようと思ってたんだけどよ・・・」
「・・・けどよ?」
「実は中学の先輩で、俺が行こうとしていたその工業高校に通ってた人がいるんだけど、その人がその高校の勉強についていけなくて挫折しそうだって話を聞いたんだ」
「挫折?」
「ああ、そして話を聞いたり、実際に使っているテキストとかを見せてもらって愕然とした。俺が単なる機械いじりが好きなだけな人間なんだってな。俺が太刀打ちできるレベルじゃなかった」
「・・・でも、誰だって最初は初心者だろう?勉強していくにつれてちゃんと理解できるようになると思うけど・・・」
「いや、あれは俺の範疇を超えていたね。とにかく、その時俺は高校進学を断念したんだよ」
「えっ、勿体ない・・・」
俺のその勿体ないという言葉を聞いて、真鍋の眉間に皴が寄ったのが分かった。その瞬間、俺はこれ以上、真鍋を批判するべきでないと悟った。なのでここは出方を変えることにした。
「・・・まあ、好きな分野だからこそ難しさが分かったんだろうね・・・」
その俺の言葉で真鍋の眉間は再び平らになった。
「そうなんだよ。まあ、俺には過ぎた世界だったってことだよ。でもさ、それでも機械いじりが好きな事には変わりない。だから俺は、この村でその好きなことで食べていこうと決めたんだ」
「・・・な、成程。・・・それで、村を出たことないってのは本当なの?」
「まあね、そこに関しては俺の意地も入ってる。中学三年までは、本当に村を出ようと思ったことなかった。というか、その概念が無かったな。父親は俺がガキの頃に出て行ったらしく、物覚えがある時から、母親の手伝いをしたりしていたからな。貧乏でどこにも遊びに連れて行ってもらった記憶はなかった。小学校の修学旅行の時は麻疹に、中学の修学旅行の時はおたふくにかかっていたから行けなかったしな」
「す、すごい偶然だね・・・」
「だろ?それで高校進学のタイミングでようやっと村を出るかと思いきや、今話した通り断念したわけで。で、その時思ったんだよね。これは何か見えない力が、俺にこの村を出るべきでないと告げているんじゃないかと」
「は、はぁ・・・」
「そっからは意地でも村を出るもんかと決めたわけさ。母親は、もう十分手伝ってくれたから、進学をしなさいと勧めてきたんだけど、機械いじり以外に興味なかったもんだから断ってね。それからも村を出て働きに行けと言われて、それで何度かけんかもしたけど、そうしてるうちに母親も死んでしまったってわけ・・・」
「な、成程ね・・・」
「まあ、今は親戚からの仕送りと、金物屋の婆ちゃんの手伝いと、機械いじりの趣味を活かして、村中でどこかの家の何が壊れたと聞いたら、それを直してあげて小遣いを稼いでたりしてたんだ・・・」
そこまで話すと、真鍋は多分一息つきたかったのだろう、ちょっと飲み物を取って来ると言って、台所へと消えた。
で、そこまで話を聞いた俺だったが、何とも感想が述べにくい話だなと思った。
思い出してみれば、あの男性が定食屋で真鍋の事を話していた時、どうも真鍋の事を揶揄している節があったのだが、確かに、男性の口から今の真鍋の話を聞かされたのなら、俺も同じく揶揄したくなる気持ちになっただろう。
でも、今の話を真鍋本人から聞いた俺は、どうもそこまで揶揄する気持ちにはなれないのだった。
中学までの真鍋については、家計が苦しかった、不運にも病気が重なってしまったという理由で村を出れなかったわけだから、揶揄する余地は最初からない。
問題となるのはそれ以降の真鍋であるのだが、母一人子一人の家庭、本当はそこまで挫折する必要もないのだろうけど、何も知らない俺に言う資格も無いということで、進学の夢をあきらめざるを得ない状況になってしまったという事、村を出ないにしても、金物屋の手伝いをしたり、困っている村人の電化製品を直してあげたりと、それなりの貢献をしているという事。それらを考慮すれば、一概に真鍋の事を揶揄して批判するというのは、ちょっとかわいそうではないかと、俺は思ってしまうのだった。
「困ったな。飲み物もう無くなっちまった・・・」
真鍋はそう言いながら手ぶらで戻ってきた。でも、今は喉の渇きなどどうでもいい。今までの話を聞いた上で、俺は真鍋に対して何かを言わなくてはならない。折角出した真鍋のデートプランにケチを付けてしまったのだから。
「・・・あのさ、真鍋君のこれまでの事はよく分かったよ。とても大変だったんだなって思った」
「ん?ああ、ありがとう。でも、俺自身はそこまで大変だと思ってはいないから心配ご無用だぜ?」
「・・・でもさ、やっぱりこの状況で、香織さんを口説くってのは難しいんじゃないか?」
俺のその言葉に、またしても真鍋の眉間は皴となった。
「どうしてよ?」
「・・・だって、香織さんは普通にこの村を出て高校に通ってる。それなのにこの村の中だけのデートなんて・・・。それに、香織さんと結婚するんだったら、流石に村を出ないわけにはいかないだろうし・・・」
と、今度は俺のその言葉で、真鍋の眉間は平らに・・・、いや上にくいッと持ち上がった。
「フフフ・・・。それこそが俺の壮大な計画なわけよ」
「壮大な計画・・・?」
確か、香織さんの家でそんなことを言っていたな。
「そう。俺さ、香織と結婚して、この村で修理屋を営もうと思ってるんだ」
「修理屋?」
「そう、俺の機械いじりの特技を生かすにはこれが一番。ホームページを立ち上げて、修理してほしい物を店舗に直接持って来てもらうか、遠方なら宅配で送ってもらって直した後に送り返す。そういったシステムを作ろうと思ってるんだ」
「・・・それを香織さんと二人でやろうと?」
「そうだ。どうだ?いいアイデアだと思うだろう?」
何とも鼻高々といった感じの真鍋だが、俺には正直いいアイデアだとは思えなかった。
確かに機械いじりの才能はあると思うけど、それだけで飯を食っていけるとは到底思えない。家電は日々新しい物で溢れかえっている。壊れたら基本、保証期間内なら交換してもらうか、期間外なら捨てて新しい物を購入するか、どっちかじゃないのだろうか。
そりゃ修理してほしい人も一定数はいるだろう。でも、安定して収入が入って来る仕事とは到底思えないのだ。
どうして眞鍋は、そこまでこの村にいることにこだわるのだろう?いや、理由は聞いたよ?でも、今はそんな意味の分からない意地で村にしがみついている場合なのだろうか?香織さんを手に入れたいのであれば、もっと何か別の方法を考えるべきじゃないだろうか?
さっきは揶揄することに抵抗があった俺。でも今は、真鍋の事が理解できないでいた。このままいけば、俺もあの男性の様に真鍋を揶揄してしまいそうになる。
「・・・ちょっと休憩しよう。飲み物ないんだろう?俺買って来るよ・・・」
そう言って俺は立ち上がった。今は少し真鍋から離れた方がいいと思った。このまま一緒にいれば、どんな批判を真鍋にぶつけてしまうだろう。それが怖かったのだ。
「お、悪いね。じゃあ、コーラを頼むわ。商店街を抜けた先に小さいスーパーがあるから。ほら、香織を見かけるって言った。庭にチャリがあるから使えよ・・・」
そう言って意気揚々と、俺にコーラ代を手渡ししてきた真鍋。その瞬間、俺は小さい怒りが込み上げてきた。パシリにされたからじゃない。自分で行くと言ったんだし。そうじゃなくて、能天気に自分の計画に胡坐をかいて、これでうまくいくと本気で思っているらしい真鍋に対しての怒りだった。
こんな計画であんな可愛い香織さんを射止められるなんて到底思えない。本当に何を考えているんだろうこいつは・・・。
俺は、すっかりしっかりと真鍋を揶揄して批判している自分を認め、宅を後にしたのだった・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます