第53話 井の中の蛙 

「・・・名前はさ、香織って言うんだ・・・」


「香織・・・」


 まあ、可もなく不可もなくな名前である。


「香織とは丁度10個歳が離れてる。香織が小さい頃はよく遊んであげてたんだ。丁度、香織の兄ちゃんが俺とタメで小中同級生だったもんだから」


「なるほど」


「いやぁ、なんて言うか、小さい頃はほら、なんていうの?ただのガキにしか思えなかったんだけどさ。それが段々、成長していくにつれ、その、なんだ、ほら・・・」


「好きになったって事?」


「お、おいおい、どストレートだなぁ」


「だってこの流れだったらそれが一番自然じゃない?可愛いんだったらなおさら。まあ、歳の差にはビックリだけど」


「まあ、歳の事言われるとちょっと弱いけどさ。でもまあ、確かに昔から目が大きくて可愛らしい顔はしてたけどよ。まさかあそこまでなるとは・・・」


 何ともハードルを上げるものである。そこまでの可愛さなら、そりゃ一度はお目にかかりたいものだ。


「その香織さんは、高校は街の高校に通ってるって言ったよね」


「ああ、この村には中学までしかないからな」


 ふと、その真鍋の話を聞いて、俺は昼間に男性が話していた真鍋のこれまでの事を思い出した。


 そして同時に、この真鍋と懇意になるというヘンテコなミッションの裏には、真鍋自身の稀有なこれまでの事が関係しているのだろうと思うに至ったのである。


「・・・そういえば、真鍋君は高校は?」


 俺のその問いに真鍋は、ことわざ辞典なる物があるのなら(鳩が豆鉄砲を食ったよう)の項目のイラストに、間違いなく採用されるであろう、見事なまでの鳩豆顔を披露してくれたのである。


「な、なんで俺の話を?」


「ああいや、もののついでと言うか、不意に思ったもので」


 香織さんの話もさることながら、まずはそんな10も歳が離れた女の子を好きになってしまった、この真鍋の事を良く知っておかなければなるまい。さっき家で飲んだ時は、ほとんど真鍋の質問攻めにあって、俺が答えるばかりだったから尚更である。


 な、なんか俺、この状況を楽しんでいるのかな?好きでこんなわけの分からないミッションに付き合ったわけじゃないはずなのに、ここまで来てしまったらもう少し深堀したいって気持ちが出てきてしまった。


 これも例の寂しさのバージョンアップ故の新機能だろうか。自らコミュニティを検索しようとする新機能が備わってしまった故の行動なのかもしれない。自分でも驚くほど、冷静に言葉を発している・・・。


「・・・ちぃとばかし恥ずかしいけどさ、俺、中卒なの」


 確かに恥ずかしい告白だよな。事前に知っておきながら敢えて聞く俺も人が悪い気もするけど、本人から聞かないと分からないこともあるだろうし。


「・・・そうなんだ。中学って、この村の中学だよね?卒業してからどこかで働いていたの?」


「ほら、あの商店街、今はもう閉まってるけど、あそこで母親が酒屋をやってたんだよね。そこの手伝いをしてたんだ」


「酒屋・・・」


「そ、でもその母親も亡くなってさ、今はまぁ俗にいうニートってやつ?ハハハッ」


 真鍋は恥ずかしそうに笑った。まあ、自分でも言ってたし、本当に恥ずかしいんだろう。


「でもまあ、母親もある程度残してくれたし、一応商店街にある金物屋の婆ちゃんの手伝いしたり、親戚からも仕送りが来るから何とかやっていってるってわけ。じゃなきゃ、家のテレビやゲーム、買えないぜ?」


 俺は真鍋の家のあの最新設備の部屋を思い浮かべた。確かにあれだけの物を揃えるとなると相当なお金が動いただろう。そのお金が、ほぼ全て他者よりもたらされたお金だと思うと複雑な思いもするが。


 多分、斉藤の奴があの部屋を見たら感動するだろうな。引き籠って毎日ゲーム、アニメ三昧だろう。


 最新設備、金に困らない生活、生まれ育って見知った土地。この三点セットが揃っているのだから、真鍋が村を出ようとしないのも頷ける。頷けるけど理解はし難いけどね。


「まあ、俺の話はもういいじゃねぇか。でさ、まあ、本題に入るわけだけど」


「あ、うん」


「ぶっちゃけさ。脈あると思う?」


 本当にシンプルな本題である。どストレートなのはそっちの方じゃないか?


「そういわれても、俺は香織さんに会ったこともないし・・・。ここまで来たって事は、今から会いに行く流れなんだよね?」


「あ、いや、まあ、そういうつもりではあったけど・・・。なんていうか、いざ目の前にしたら、ちょっと気持ちが乗らないっていうか・・・」


「緊張しちゃうってこと?」


「・・・ハハハッ、君は本当にどストレートだね。野球でも始めたら?いいストッパーになれるよ?」


「俺、球技は得意じゃないんだ。好きなのは釣りとサイクリング」


「ハハッ、そうだったね・・・。」


 本当、さっきから自分でも不思議なくらい、真鍋と流暢に接している。つい数時間前の商店街で会った時は、あんなにもたどたどしかったのに。


 何でこんなになったかって?さあ・・・。ミッションの責任感?いや、違うな。酒の力?いや、とっくに冷めてる。自分でも本当に分からないんだよね。例のアップデートの力なのか、はたまた単純に奇跡的に馬が合う人物に巡り合ったのか。


 でもまあ、今はそこを論じている場合じゃないかもな。早くこの臆病風に吹かれている真鍋を何とかしてやらなければなるまい。


「・・・普段から、その香織さんとは交流があるの?」


「・・・え?あ、いやぁ、最後に会ったのは何時だったかなぁ、香織が高校に進学するって時だったかな」


「じゃあ、大分会ってないんだね」


「でも、村では時折見かけるぜ?商店街の先に古ぼけた村唯一のスーパーがあるんだけど、そこで買い物したりしてる」


「その時は声かけたりしないの?」


「え?ああ、うん。まあ、話すネタもないしな・・・」


「それじゃ全然脈なんかないよ」


「ハハッ、そ、そうだよね・・・」


「でも、行動すればそれも変わってくるよ。一生懸命動いて心臓を動かせば、脈も動き出すんじゃない?」


「お!いいこと言うねぇ」


「TVの受け売りだけどね」


「でも、その通りだよなぁ。何かしなきゃ動くもんも動かんってわけか。成程、シンプルだけど実に深いねぇ・・・」


「問題は最初のきっかけだよね。いきなりピンポンして訪ねても、向こうもびっくりするだろうし、何か理由付けが欲しいところだね」


「そうだよなぁ・・・。理由付けかぁ・・・。ん?そうだ、もしかしたらの可能性があるぞ」


「何?」


「香織はさ、あの家にお爺ちゃんと二人暮らしなんだ。両親は三年前から海外で働いてるって、兄ちゃんから聞いてたから」


「へぇ、ドラマみたいな設定の家だね」


「それで、その爺ちゃんが毎週土曜日の朝、村の公園でゲートボールに興じてんだよ。」


「土曜日って明日?」


「そ、その爺ちゃんに接触してみるってのはどうかな先ずは。一応、覚えてるか分かんないけど、俺も爺ちゃんとは顔見知りだし」


「へぇ、まずは身内から攻めるわけね」


「なんか、あくどい言い方だな」


「いや、そんなつもりはないよ。単純に妙案だと思うし」


「だよな、ありがとう。じゃあ明日、付き合ってくれよな」


「ああ、分かったよ。でも、ここまで自分で思いつけたのなら、これまで

に自分で行動出来た気もするけど」


「いやいや、一人ではとてもとても。やっぱり持つべきものは友だぜ」


 友・・・。真鍋がその二文字を、この雨量に負けないくらいの声でしっかりと、はっきりと発してくれたことが、俺には嬉しかった。


 明日有給だし、本来なら帰ってゆっくりしたい気持ちがあったはずなのに、今の俺にそんな気持ちは微塵もなかった。ごくごく自然に真鍋の頼みを引き受けた俺。


 それは何故か?いや、何だかそんなことも論じているのが惜しいくらい、今は真鍋に付き合うことを優先したい俺なのだった・・・。

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