第50話 井の中の蛙

 男の半歩後ろを戸惑いながら歩く最中、互いに名前を名乗り合い、この男が真鍋ということが分かった。下の名前は何だろうとその時思ったけど、本人が言わなかったので追求するもんでもないと思い何も言わなかった。勿論、俺も苗字のみを名乗った。


「この家だよ」


 と、真鍋に案内された家は、ネットで 田舎 古い 民家 と画像検索したら間違いなくトップに表示されそうな、平屋の木造瓦屋根の家だった。


 まあ田舎というのはこの村に入った時点で分かっていたことだし、この家にたどり着くまでに他に似たような民家が何件もあったので、真鍋の家がこういう家だという予想は多いに出来たことだった。


 ふと家から視線を外す。そういえばその似たような民家たちには、それぞれ目の前、あるいはその周辺に大なり小なり畑がオプションされていたが、視線を外したついでに周囲を見渡してみたがそれらしき物は見当たらなかった。


 別段興味のあることでもなかったが、道中ろくすっぽ話題をフラなかった事で多少の罪悪感と居心地の悪さを感じていた俺は、家に入る前にその事を尋ねてみることにした。


 すると真鍋は、昔は少し歩いた先に小さな畑があったが、お袋が死んでから手入れをしなくなって今は雑木林になってしまったと答えた。


 なるほどなと思った俺だったが、それ以上それについての会話を膨らませる技量がなかった為、その話はそれきりになった。定食屋での男性の話を思い出すと、何かと暇な時間はあるだろうから、畑の一つや二つ耕せる時間はありそうなものだけど・・・。


「さ、上がってくれ」


 真鍋に促され玄関で靴を脱ぐ。中も真鍋が玄関の戸を開けた瞬間に一瞬高揚感は沸いたものの、やっぱり多いに予想できた内装で別段リアクションするほどのことでもなかった。山梨のじいちゃん家とさほど変わらない気がする。


 まあその変わらなさが田舎の魅力なんだろうけど、全くの初見で全くの他人の家でもそう思えるということは、魅力ある側面、代わり映えのない退屈な生活なんだろうなと想像出来てしまう。


 真鍋が男性の言うとおりなら、人生で一度もこの村を出たことがないということになるが、俺にはそんな生活は到底耐えられそうにない。


 予定を裏切る人懐っこさもさることながら、この真鍋と言う男がつくづく理解できないなと思ったのだった・・・。


「そこの襖を開けて中で待っててくれ。俺は酒とツマミを持ってくる。あ、ビールでいいよな?」


 俺は返事を返すと、言われた通りに所々ほつれた畳のざらつきを靴下の上から感じながら、襖に向かい手をかけた。


 その時の俺は、この先はどうなっているんだろうなんて微塵も思わなかった。どうせまた別の畳部屋があるに決まってる。それ以上でもそれ以下でもないのだからとたかを括って。


 そして俺はなんの疑いもなく襖を開けた・・・。


「え・・・?」


 俺はそう言って少なくとも10秒程は襖に手を掛けたまま硬直していた。


 だって只の畳部屋だと思われたその部屋。確かに床は畳ではあった。しかしその上にあるのは、軽く50インチは越える超大型テレビと、それを囲むように並べられた巨体スピーカー。右に目をやるとパソコンが二台あり、左に目をやると俺の背より高い本棚が二つもあってその中身は背表紙を見る限り、多数の漫画で埋め尽くされている。その棚の隣には三段チェストがさらに三つ並列してあって、そこには見たこともないありとあらゆるゲーム機が置いてあり、その傍の衣装ケースの中にはそれらで遊ぶであろうソフト達がところ狭しと入れられているのがうっすら見えた。


 その余りにも予想を裏切る景観に、俺は昔風に言えば狐に化かされたか、現代風に言うなら異世界にでも飛ばされたのかと思った。まあ、異世界って言ってもこの部屋は明からに現代風だけど・・・、なんかややこしい。


 と、とにかく、今にも床が抜けそうなこの部屋の余りにもの変わりように俺は圧倒されていたのは間違いないのだった・・・。


「お待たせ、ビールっつっても発泡酒だけどさ。後はつまみで我慢してくれ。」


 そう言いながら真鍋は、盆に載せた缶ビール(発泡酒)と空のグラス、そしてつまみの柿ピーとサラミを運んできてくれた。


 本当ならここで、昼日なっから酒をかっ食らう自分に対しての背徳感とか、真鍋と一体どんな会話をすれば良いのかと言う悩みに苛まれる予定だったが、この部屋が余りにも衝撃だったので、真鍋が盆を畳に直置きして腰を下ろした瞬間に開口一番言った。


「こ、この部屋は何!?」


「あぁ、この部屋?どう凄い?」


「す、凄いってもんじゃなくて・・・」


「結構金かけたよこの部屋は。だってさ、この村本当に何にもないじゃん」


「は、はぁ・・・」


「時代遅れも甚だしいんだよね。隣の家なんか、まだボットン便所なんだぜ?あり得ないだろ」


「そ、そうですね・・・」


「だから自分の家だけはカスタマイズして、現代の最先端の家電を揃えたつもり。後で見ると良いよ、台所もすげぇんだぜ?」


 そう言って真鍋は、得意そうに鼻の下を指で擦った。漫画でしか見たことない仕草を見て、俺は少し吹き出しそうになったが、今はその事よりも、このあまりにも異次元な空間に自分を早く慣らす事に専念しなければならない。そうじゃないと、一杯やる前に酔ってしまいそうだ。


 それにしても、ここまでの最新設備を何故よりによってこんな田舎町で展開しなければならないんだろう。ここまでするんだったら、自分自身が最新設備が当たり前にある街に引っ越せばいいのに。


 俺はあの男性が定食屋で言っていた言葉を思い出した。


 この真鍋という男、村では有名だと言っていたが、成る程その通りだなと思った。


 こんな小さい村だ。只でさえ爺さん婆さんしか住んでないだろう村に、働き盛りの男が一人燻って家を最新設備で埋め尽くしているんだから、村中に噂が広まるのは必至だろう。


 俺はつくづくこの真鍋という男が理解できないのであった・・・。あれ?これ今日二回目?


 それからは、真鍋と発泡酒のビールを飲みながらつまみのサラミと柿ピーを頬張りながらあれこれと雑談した。


 雑談の内容は「なんでこの村に来たの?」「釣りって楽しいの?」「どこ出身?」「仕事何してるの?」「サッカー見る?この間の代表戦見た?」「彼女いるの?」「ゲームってする?俺が好きなのこういうやつなんだけど興味ない?オンラインでやろうよ」等々・・・。


 俺はそのまるでお見合いかよとでも言いたくなるような質問攻めに、それなりの解答をしてやり過ごしていた。


 その返事のほとんどが、一言二言で終えてしまうもので、途中から流石に何か会話を膨らませないといけないよなと思ったは思ったのだが、如何せん俺には斉藤のようなボキャブラリーはない。すまないと思いつつも、俺はつまらない返事に終始してしまったのだった。


 しかしそんな体たらくな俺に対し、この真鍋と言う男は、異様な程嫌な顔もせずに、ずっと同じ好奇心なテンションを保ったまま質問を繰り返してくる。


 ここまでされると、仮に真鍋が女の子だったら百パーセント俺に気があると勘違いしてしまうレベルだ。


 一体、俺のどこにそんな興味津々な部分があるのだろう。自分で言うのも何だが、こんなにつまらない人間はいないってのに。


 あのおじさん探しの一件で、少しは自分に自信を持てた気がしたが、結局喉元過ぎればってやつで、今はそれ以前と何ら変わらない劣勢と劣等感を強いられた生活を送っている。


 そんな状況であるから、この真鍋の手放しに俺に興味を持ってくれている状況は正直嬉しかった。理由は不明だが、この真鍋の俺への好奇心は、とても今の強いたげられた生活の俺にとって心地よい。


 これなら男性に言われるまでもなく、こっちの方から懇意になりたいって思うし、それよりも先に真鍋が懇意になろうとしてくれるのが伝わってくるので、殊更嬉しかったのだった。


 真鍋は最近買ったという、オンラインの戦争でドンパチやるゲームの話を一通り話し終えた後、親指の第一関節位まで減った発泡酒を一気に飲み干した。


 俺も普段ゲームはしないが、ここまで熱く語られると少しは興味が湧いてきたかな、流石にこんな最新設備は整えられないがと思った矢先だった。


「・・・あのさぁ」


 グラスを盆に置いた真鍋が、急に顔と声の色を変えてそう言った。


 なんだ?何事だろう?酔っちまったのかな?と思ったのだが、真鍋は極めて落ち着いた声でこう言った。


「実は会ってほしい人がいるんだよ・・・」


 そのどんな能天気な奴でも感じ取れるようなあからさまな空気の変化に、俺は意図せず唾を飲み込んだのだった・・・。

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