第18話 由美子の罪

 一週間後…。

 

「博美さん、いらっしゃい。」

 

 一足先に、高野の家に来ていた奈美が迎えに出た。

 

「奈美さん、高野さんの奥さんみたいね。」

 

「やだ、せめて、娘でしょ。」

 

「ごめーん。だって、そのエプロン。年の離れた若い奥さんじゃない。」

 

 博美は、玄関の熊の置物を撫でて、居間へ入った。

 

「しゃあないね。許してあげる。でも元気そうで、安心したわ。」

 

「あ、いらっっしゃい。博美さん。」

 

 高野が、居間で座卓をもう一つ台準備していた。

 

「どなたか来るんですか?」

 

「そう、高野さんのお友達の刑事さんと警察の方も呼んでるんだって。」

 

「そっか、この前話してた人たちね。でも、良かった。奈美さん、自分だけで無理しそうだったから、心配してたのよ。」

 

「さすがに、白骨が出たなんてね、もうどうしようもないから。そのまま、警察に行っても良かったけど、みんなと一緒に話すほうが心強いし。」

 

「そうよ。これまでの事を整理してみないと、私も訳が分からなくなってきた。」

 

 博美がそう言いながら、奈美から渡された、ふきんで座卓の上を拭いていると、呼び鈴が鳴った。

 

 そそくさと、奈美が玄関に出ていき対応した。

 

「加藤さんですね。私、水口奈美と言います。」

 

「あなたが、水口さんですか。はは、いつの間に若い奥さんもらったのかと思ったよ。」

 

 高野の友人の弁護士の加藤紀之が、笑いながら、ケーキの箱を手土産に入ってきた。

 

「な、わけないだろ。あ、紹介するよ。」


「水口奈美さんは、今聞いたよ。」


「そうか。で、この方は安藤博美さんだ。」


「あの怪しいとこで、知り合った人達だね。高野、いいね、こんな若くてきれいな人だったなんて聞いてなかったぞ。」


「そんなこと言えるか。奈美さん、博美さん、このケーキ持ってるのが同級生で弁護士の加藤紀之、その後ろの背の高いやつが、弟の浩之だ。」

 

「よろしく、お願いします。」

 

 兄弟の言葉が重なった。

 

「こちらこそ。お二人、あまり似てませんね。声は双子みたいだけど。」

 

「奈美さん、失礼よ。」

 

 博美は奈美を肘でつつきながら、軽くお辞儀をした。

 

「いいんですよ。異父兄弟ですから。でも仲はいい…ほうだと思うけどな。」

 

 高野は意味ありげな笑顔を加藤兄弟に向け、座るよう促した。

 

「なんだよ、高野、仲は悪くはないだろ?」

 

「まあな。自分けっこうおまえらの仲を仲裁役してる気がするんだが。」

 

「ま、そういうこともある。」

 

「で、本題とするか。あ、奈美さん、奈美さん、ケーキは後のお楽しみで。こっちに来て、話始めるよ。」

 

 ケーキボックスを開けて覗いている奈美に、そう声をかけた。


「はーい。ケーキ美味しそうだったわよ。」

 

 奈美は満面の笑みで、座卓に向かった。

 

「さて、だいたいの事は、高野から聞きました。奈美さんからも前もって情報をいただいています。確かに不思議な事ですね。」

 

 口火を切った浩之が、大きな紙に人間関係を整理して提示した。

 

「分かりやすいね。これ。」

 

「ちょっと複雑だったからね。ここに書いた通り、二つの謎が派生して、謎が深まっている感じだね。一つは、水口さんの記憶が、実際と違うということ。もう一つは、その記憶を思い出させた、ある謎の出来事を分けたけど、この二つはどうも繋がってるね。」

 

 浩之は、続けて、まとめた内容と相関図の説明を始めた。

 

 まず、水口さんの今の家族の状況から。

 母:水口由美子さん 旧姓は佐々木。 現在再婚して藤井。

 父:水口雅之さん 再婚している。

 

 戸籍では、1991年7月7日、佐々木由美子が奈美を出産し、1995年10月 奈美が3歳の時、父の雅之の戸籍に入って、水口姓となっている。それ以降、水口奈美として現在に至る。

 

 謎の一つは、奈美さんの記憶を思い出させた灯しや診療所の事だね。

 理解しにくい事であるが、3人はその診療所で、夢の中で記憶を呼び起こし、生き方の指標を見つけるという治療法を、ある医師の処方箋の指示に基づいて体験した。しかし、後から、その場所は存在しない場所だったことを、近くの喫茶店のマスター教えられた。

 

 

 二つ目の謎は、その灯しや診療所で蘇った水口奈美さんの記憶が、現実と違うということ。

 

 水口さんの記憶では、25年前、自分と母の牧野里香と祖父母が暮らす、富山のさくら商店街にある駄菓子屋の前で、3歳くらいの頃にある男に襲われ、母、里香にかばってもらった。ということで、母は由美子ではなく、里香という記憶がある。さくら商店街の景色も記憶に残っている。

 

 この記憶と現実の相違の謎を解明しようと、奈美さんは行動していたんだね。

 

 その記憶は、商店街で当時も経営していた亀田時計店において得た情報と一致している。また、それからしばらくして、里香は行方不明となり、数年後に白骨化して山中で発見された。娘の花香は行方不明のままであった。そして里香には、姉がいるという情報が新たに分かった。

 

 そして、ある日、灯しや診療所の夢の中に出てきた医者と同じ顔貌の患者を見つけた。しかし、その確認しようと行動をとっている奈美さんたちを、思わしく思わないと思った医者がいた。その医者が、里香の姉の美香と思われる。

 

 その後、美香の夫の同じく医師の浜本賢が、灯しや診療所というのは、妻の美香が、自分の研究のために仕組んだものであると、奈美さんたちに話した。奈美さんの記憶だけプログラムとは違う処方箋というものになってしまった。それをなぜ話したのか。それは、人の記憶を消したり、違う記憶を植え付けたりできるものという危険な研究であり、夫の賢でも話してくれない事もある。これ以上の追及すると、奈美さんたちにも危険が及ぶことになると警告するためだった。

 

 

「ここまで、細かい情報は省いたが、こんな感じでいいかな。」


「そうね、そんなもんよ。」

 

 奈美の返事に、他の2人も頷いた。

 

「これは、自分の見解だけど、あなたの記憶を消さなければならない何か都合の悪い事があったのかもしれない。もしかしたら、奈美さんの記憶が戸籍の内容と違うことが不都合なのかもしれない。そして、富山での白骨発見だ。里香さんが亡くなっていた場所から、そう離れてはいないから、行方の分からなくなっていた娘の花香ちゃんの可能性もあったが、それは、否定されたようだ。この事は、報道ではまだだ出てない情報だから、誰にも話さないでくれ。」

 

「やっぱりね。そうでしょね。」

 

 奈美は、雅之にも見せた写真を、みんなに見せた。

 

「この写真は、富山の華さんっていう知り合いに頼んで、私が保育園の頃の写真を手に入れてもらったの。私の母と里香さんが並んで写ってる。その前にいるのが花香と奈美ってことになるの。そうなると、私は、この右側の子どもになるんだけど、私じゃない。顔も違うし、右手の甲の傷、火傷に見えるけど、私の手の甲、全くきれいよ。花香の方が、私に似てるのよ。」


 高野は、写真を手に取り、食い入るように見た。


「ほんとだね。この奈美ちゃんは、とても奈美さんには見えないな。」

 

「母は、里香って人は知らないって言ったのよ。嘘ついてたことになるし、明らかに動揺してた。だから、富山の白骨は、そこに写っている奈美だと思う。だから、私は花香。その方が、私の記憶と一致するのよ。」


 

「そうだとすれば、本当の奈美って子は、もう亡くなってると言うことになるけど。」

 

「そう、私の母、由美子が、本当の子が亡くなったから、私をなんらかの方法で、私を奪って、奈美として育てたのよ。どう思いますか?あの、刑事さんの…」


 奈美は、座卓に指をトントンとさせながら言った。

 

「浩之です。そうだね。これまでの経過と情報から見たら、そう考えるのが妥当だね。白骨は、土砂が流れて出てきてるから、誰かが埋めたと言うことになる。そうなると、状況から由美子さんが白骨の子のに何らかの関わりがあることが疑われるけど。あくまでも状況だけの話。」


 浩之の柔らかい声は、続いた。

 

「この仮説が、真実なら、さっきも言ったように、奈美さんの記憶の中にある、母が里香ということが、由美子さんにとっては都合が悪くなるね。灯しや診療所という仮想の場所を作って、その記憶をコントロールしようとしたが出来なかった。だから、相手は焦っている。その相手が由美子ということになるが、記憶のコントロールなんて出来ないだろうから、里香の姉の美香が絡んでいるということになる。」


 浩之の声で、奈美の口調も落ち着いていた。

 

「そうだ、この前聞いたのよ。私の父の雅之の奥さんが、喫茶店で、私が母と会ってたって。でも、私は会ってないし。私と似ている、会っていたのは美香と母ね。」


 

「やっぱり二人は繋がってるのか。おそらく、25年前の事件、いや、確か、30年近く前に、里香さんの結婚相手がひき逃げで亡くなっているね。そこから何かあるのかもしれない。」

 

「あの、弁護士さん、奈美さんって、どうなるの?」


 博美は、自分にことのように不安を感じていた。

 

「DNA鑑定で、25年前に亡くなった里香さんと親子関係は証明できれば、戸籍は復活できるから、花香を名乗れるとは思うよ。」

 

「良かった。でも名字なら、良いけど、そっくり名前まで変わると、なんか変ね。」


「まだ、どうなるか分からないから。」


「奈美さん、元気ないね。」


「そりゃそうだよ。自分が誰か分かってもな…いろいろと複雑だよな。」


 高野は奈美の心情を思いやった。

 

 

「とにかく、富山県警に問い合わせてみるよ。それで、多分、DNA鑑定となるな。奈美さん。由美子さんもね。そこから、どういう経緯でこうなったかを聴取することなるだろう。でも、人間関係がまだ見えないから、この仮説が正しいかどうかはわからないが、今言えることは、奈美さんは、奈美さんでない可能性が高いということだね。」

 

 

「あの、話は変わるんだけど、博美さん、言うのどうしようか、迷ったんだけど、今の博美さんなら、大丈夫かもって。脱線事故のことだ。」


 結城から聞いた脱線事故のことを、博美の様子を見て、高野は話すことにした。


「えっ、何?」


「自分の母親が入院している隣の病室に、いつも父親の面会にくる結城さんという女性がいるんだ。その結城さんの病室のテレビで、あの脱線事故のことをやってたんだよ。結城さん、当時、事故現場にいたんだそうだ。話を聞くと、線路脇の小道で若い男性が四角い箱らしき物を、ある男性に渡してたことを目撃していた。その箱を渡された男性はすぐ去って行ってしまって、結城さんは、いてもたってもいられず、すぐ駆け寄ったんだって。その時にはもう、彼の息は止まりかけていて、それでも結城さんは、声をかけ続けた。でも、30分ほど経ったころに、とうとう彼は息を引き取ったらしい。結城さんが最期を看取った後に救急隊が来たらしいんだが、黒いタグをつけたさけで、なんの処置もされなかったようだ。辛かったって。博美さん、直哉さんだと思うんだが。」

 

「直哉だわ。結城さんって人に看取ってもらったのね。ひとりで逝ったんじゃなかったのね。」


 博美の目には、涙が溢れていた。


「そうだね。結城さんが、最期まで、頑張ってって声をかけてたそうだ。最後に一言、誰かの名前を呼んでみたいだって。たぶん、博美さんのことだと思うよ。」


「私、結城さんにさんに会いたいわ。直哉の最期の様子聞きたい。直哉のお母さんと一緒に。」


「わかった。話してみるよ。」


「ねえ、その去っていった男性ってどんな人とかはわからないの?」


 奈美が聞いた。


「初老だって言ってたな。」


「ねぇ、もしかして、久住宗一郎…、あり得るんじゃない?三人が集められた理由よ。」

 

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