第48話 デッド
「ゾンビ?」
ナオキは男が何かする前にと、トイレに入ってすぐ質問すると、男は当たり前のようにその言葉を口にした。
「そうそう。校外学習か何かに来てた中学生の一人がなったらしいで。警察から説明あったやろ」
「ゾンビってあの――動く死体のあれですか」
「それ以外何があるん?兄ちゃん山の中にでも暮らしとったんか。ゾンビが出たから皆閉じ込められてん」
男はゾンビが出たことよりもゾンビが出たことを理解できていないナオキに驚いている様子だった。
「最近は毎年2、3回あるやん。どこの男の子がゾンビになって周辺通行止めや言うてテレビでやっとるがな。あれや」
「ああ。そうだったんですか」
どれなんだろうか。全く聞いたことのない話だがナオキはハッとした演技をして口を合わせた。
「……うんうん。だから何日かここから出れんから一緒にここにおってええで。屋根も壁もあっていいやろ。目立たんから人も来んしまあまあ綺麗や。トイレにしてはな。……これ置いといたろ」
男は話しながら、用具入れから「清掃中」の看板を取り出して、男子トイレの入り口に置いた。そしてナオキへ微笑む。細い目がさらに細くなっている。
「あ……ありがとうございます」
「名前何て言うん?」
「ナオキです」
「俺はタク。短い間やろうけどよろしくな。……ってどこいくんや」
「ちょっと散歩に」
蓋を閉じてある大便用便器に腰を落ち着かせたタクに合わせず、外に向かって歩き出したナオキ。この公園がタクが言っている状況ならここにいるのが正解だろうし、タクの言う通りそんなに汚いトイレではないので別にいるのが嫌という訳ではなかった。
「まあええけど。兄ちゃん何か心配やわ。子供には気をつけよ。空気感染はめったにせんけど触られたら危ないからな。子供が一番かかりやすいらしいで。今回も中学生言うたやろ」
「あ、はい」
しかし、ゾンビときたか……ゾンビって霊なのか……
この世界のゾンビの在り方について全く知らないナオキは当然タクに聞きたいことがいくつもあったがまずは公園内を隅々まで見て回ることにした。出口のドアを見つけてしまうことにしたのだ。そうすれば何も知る必要はない。
危険なことはないし、外の空気も気持ちいい。タクの様子を見る限りゾンビが出たというのはそんなに恐れることではないのだろう……すぐ見つかる場所に扉があればいいんだけど……。
考え事に集中しながら公園の中でまだ行ってない方向へ歩いていると、複数の何かを投げるような風の音がした。
音がした方向を見ると、実際に者を飛ばしている人がいっぱいいて、石を投げている人もいるがほとんどは斜め上に弓を向けて矢を射っていた。公園の外の芝生の空地へ向けて。空を飛んで芝生へ突き刺さっていく無数の矢。その周囲にはいくつか車が並んでいるので空地は駐車場として利用されているのだろう。
全員が矢を飛ばし終わると、公園の外に立っていた数人の人間が無数の矢へ向かって合掌した。
「大丈夫だからなー!待ってるぞー!」
合唱をした人間の中の一人、学ランを着ていて矢の雨に当たりかけて急いで離れていた少年が公園に向かって叫んだ。そしてその声が響いた公園で矢を放った人達から泣き声が流れ始める。
ナオキはその光景に呆然としていた。瞬きしながらじっと見ることしかできなかった。遠くで突き刺さる矢をよく見ると紙が括り付けられている。
泣いている人達の中にはモデルのような体形の中学生らしき制服姿の美女や、人生経験豊富そうながっしりしたおじさんも居て、あんな人たちも……と他人事のように思った。
見てしまったナオキは心から公園内にドアがあってくれることを願って血眼になって白いドアを探した――けれど2時間ほど経って、公園にある建物内を残し、大方探索し終えてもドアは見つからなかった。
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