第35話 戸を開けて
しかし何でこんなにも不安なんだろうか。ここに来るまでのあの自信はどこへ行ったんだろう。クロビトに触れられてからなんだか心臓がもやもやする感じがする――。
ナオキは早歩きで進むルナの少し後ろについて懐中電灯を握りしめていた。
「とにかく8階を目指して。クロビトに遭遇したら絶対に戦わずに逃げたほうが良いわ。切迫した状況になったら私が道順を指示するから必ずその方向へ走って」
地下の暗い廊下を進みながらルナが囁くように声をかけてくる。
「……分かった」
ナオキは緊張した喉をゴクリと鳴らしてから答えた。
ルナは初めに見た時よりも生きた顔になっている気がする。まだ笑顔を見ていないが写真に写っていた時のように目がパッチリ開いている。くたびれた白いシャツに白い短パン姿でなければ、そして何か不幸な目にあって霊になっていなければこの子は――
そういえばルナが写ったあの写真は何だったんだろう。今もポケットに入っているが、ルナの持ち物かもしれないし、今のうちに返して置いたほうがいいだろうか。
「いつ襲われてもおかしくないから注意してね」
ルナが地下から地上へ上がる階段の手前で最終確認してきた。ナオキの目をじっと見て。
自分の目は勇気ある目に見えたのか?……年齢はたぶん自分のほうが上なはず。臆していてはいけない。
ざらざらしたコンクリートの階段を二人だけど一つの足音でしっかりと踏みしめて上る。上った先も闇が騒がしくて、一瞬でも気を抜けば自分の心臓がどこかにいってしまいそうに思えた……。
ルナは一階まで階段を上るとさらに上には上らなかった。一階の廊下を左右も確認せずに真っすぐに歩いていく。
今のところクロビトは影も見せない。一階の廊下はコンクリートとドアだけでなく不透明な窓が壁にあった。部屋の中の様子は見えないが殺人鬼を作る施設には見えない。夜の学校や病院の廊下にいるような――かなり寂しい作りだけど――。
いくつか曲がり角を曲がり、階段を忘れるほどの距離に来た時にその音はなった。奴らが動き出す合図。景色にそぐわない鐘の音。
ごおおおおおおおおん……ごおおおおおおおおん……
体中に細かい振動が伝わる……どこに隠れていたのか、視界も揺れて見える中でクロビトはすぐに視界に入ってきた。それは黒い腕でドアノブを握り自らの力で戸を開けて続々と廊下に出てくる。
「走って!この先へ!」
――耳に鐘の音の中を貫いて高い声が突き刺さる。辺りから次々にドアが開く音がする中でナオキは言われた通りにまっすぐ廊下を走り出した。力の限り。全力で。
一体こいつらは何匹いるんだ。目に見えるほとんどのドアが開き始めている――そのすべてから出てくるのは扉を開けた一匹ではなく後ろにまだ控えていた。
戦慄が走る空間をナオキは風を切って走る。ドアが開ききって襲ってくる前にナオキは廊下の突き当りの手前までたどり着いた。
右にも左にも進めるコンクリートの壁の前、一瞬止まり、後ろを見る――
ルナがいない……?
次はどちらに進めばいいか分からない。どこに消えた?考えている時間はない。後ろからは闇と同化したクロビトがうっすら見えて、こちらに向かって走り出していた。
ピンポーン――
右奥からエレベーターが開く音がした。鬼が出るか蛇が出るか。一瞬の判断。ナオキは右に曲がり音が鳴ったほうへ急いだ。
曲がった先のクロビトはまだナオキを見つけていなかった。廊下に出てきたクロビトが自分を認識するよりも前にその横を通り過ぎていく。一匹だけ自分に飛びかかってきたクロビトを壁に張り付きながら廊下のスペースをめいいっぱい使ってかわし、エレベーターへ続く道に辿り着いた。
突き当りに見える開いたエレベーターから見える明かり、そこまでの道にはドアは無くてクロビトはいない――
コンクリートの廊下を足の裏で蹴る――
近づいてくに連れて鮮明になるエレベーターの中、誰か乗っている。
金色の髪……ルナ……?
けど――いや、違う――
ナオキは廊下の真ん中を過ぎたところで足を止めた。エレベーターに乗っていた女は尖ったガラスの破片が何個も刺さったアルトリコーダーのような笛を持っていて狂気を感じるほど口角を上げていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます