第56話 ルーク。




 ハンスイェルク…まさかのご本人、なわけないと思うんだけど。

 ていうか、本人だったとして、何でこんな辺境国で爵位を得てたりするんだ???


 いや、待て待て待て、昔も昔、今世いまは亡き中央公国が健在で、公国内の魔導学院内での友人だ。


 いくらエルフが長命だと言っても寿命は300~1000年程度で…1000年ほど前に中央公国が滅んだと昔話で語られるほどなんだから、ハンスイェルクが本人だった場合、1200歳以上という事に…ご長寿どころか限界突破していませんか?


 あれ?あれー?っと混乱して固まっていると、ハンスイェルクの背後から、父様の声が聞こえてきた。



「ハンス、紹介がまだだったな…申し訳ない。ユージア君の後ろに隠れてるのが、私の末娘でセシリアという。……セシリア、ご挨拶は?」


「…はんしゅしゃま、せしりあでしゅ」



 カーテシーをして顔を上げると未だ膝をついたままの姿勢で、目を細めて柔らかな笑みを浮かべ、私を凝視したまま、独り言のように呟きで返事をしている。



「あぁ、ルークで良い、と…さっき話してたところなんだよ。……若い頃に・・・・1人だけ、そう呼んでくれてた大切な・・・友人がいたんだ。こう…久々に呼ばれると、また新鮮な響きが…あるものだね」



 その喋り、その口調に、過去の光景と重なって懐かしくなる。



 ──ルーク、貴方が本人であるのなら……笑えるようになったんだね。

 思ってた通りに、素敵な笑顔だね。






 ******







『ねぇ、話すときくらいは相手の目を見てあげようよ。あの人達、ルークと話したくて来てるんだからね?』


『やだ怠い。君こそ…そんな事してるから…君は、研究が止まるんだよ。話なんて…互いに聞こえてれば…良いんだ。そもそも、だ…どうでもいい話しか、してこないじゃないか』



 相変わらずの、目も合わさずの譫言うわごとのような独り言のような呟く喋り。


 資格試験の真っ只中で、ランダムに振り分けられたメンバーでの研究の成果が評価されるというものがあった。

 10人程度で振り分けられて期限は1ヶ月。残りは一週間を切っていたのだが、トラブルがあってメンバーが2人まで減ってしまっていた。

 その2人というのがルークと私だった。



『女心のわからんやつめ~。それだけ素材が良いんだから、面倒だったら先に、ニコリと笑って、忙しいからゴメンとか、静かに集中させてくれる人が好み、とでも言っておくだけで、違うんじゃないの…』


『ん…?素材か…。君は…君も、その、僕を…良いと思ってるのかい?』



 ルークはエルフの中でも美形と言われる容姿らしく、ていうか人間の私から見たらエルフはみんな美形なんで、そこまでの美醜はわからないのだけど、それこそ同族であるはずのエルフの女性も見惚れるほどなのだから、かなり優美な顔立ちなのだろうという事はわかっていた。



『良いんじゃないのかしら?こんなに廊下に人だかりのできる研究室、ここだけよ?あっ!そうそう、ルークとすれ違いざまに目が合ったとかで集団で失神した子がいたとか聞いたなぁ』


『目が合った…?いつ?誰それ?……君は……君は…あぁ……何ともならないじゃないか…おい、そこの一文間違ってる』



 珍しく顔を上げて、その怜悧な琥珀色の瞳で私を睨むルークと目が合った。



『はいはい…って何?私にも失神して欲しいの?この忙しい時に?ルークのその無愛想で、学園一の少人数研究室グループになっちゃったんだからね?しかも妨害まで…』



 ちなみに今、受けている資格試験は、この学園内、いや国内で受けれる最高峰の資格だった。

 なのでその公平性を保つために、各研究所内へは指定された研究グループのメンバー以外は特殊な障壁が張られて立ち入ることができないし、荷物の持ち込みも厳しく制限されていた。


 しかし、その障害すら乗り越えて、メンバーへの白衣を破く等のベタな嫌がらせに始まり、果ては研究所が密閉された空間なのを良いことに、催淫や睡眠の効能の香油が室内中に振り撒かれたりした。



(あれは酷い目にあった。メンバーが私達以外全て脱落とか…効率下がりまくりだ)



 メンバー以外の人間が研究室に立ち入れない以上、明らかに内部の犯行なのだが…研究に没頭しすぎ、半ば研究所に住み着いている状態となってしまっていた私とルークには、犯人を捜索する時間があるのなら、研究に。研究がすべて。

 妨害行為があっても、研究自体に差し障りがないのなら全く気にならず、放置をしてしまっていた。


 香油に関しては、全く気づかずに二人で一晩そのまま研究を続け、重度の疲労状態だったのも原因だろうが、香を嗅ぎ続けたにもかかわらず、どうもその薬効は届かなかったようだった。

 目覚めが少し怠いくらいで、いつも通りの硬い床での雑魚寝の後、特に何事も無く、いつものように3時間きっちりで起き出し、再び研究の続きへと没頭していった。


 あえていつもと違ったとすれば、「寝不足だー」という感覚が強く「寝つき悪かった、そろそろ寮のベッドが恋しいな」とか言いながら、強烈な眠気覚ましの効果のある茶を軽い朝食とともに2人で摂った程度だった。その食事すら研究の片手間にだ。常に研究の作業をしながら、である。


 しかし、後から入室してきたメンバー達には、部屋に充満していた香油の効能がしっかりと出てしまい、それぞれが阿鼻叫喚の痴態を晒すこととなる。

 まぁ、後から知ったことだが、このメンバー達が香油を研究室にぶちまけた張本人達であり、ルークがそういう状況になっているだろう事を狙っての入室だったらしいのだが…。


 ……そう、すべてがルーク狙いだった。その中には男性メンバーもいたのに、彼等も…。

 同性にまで恋愛対象とされるルーク。そして自分がその真逆の位置にいる事に気付いて、少し凹んだのは内緒にしとく。

 自分の女としての魅力の無さ…まぁそもそもそんな物はとうの昔に捨ててたけどさ。


 ちなみに私とルークは、そんな状況が目の前で繰り広げられていた事すら気付かないほどに、研究に没頭していた。

 それはそれで異常な光景として、先生に注意を受けることとなったわけだけど。



『あーあれはスマン…不注意だった。…しかし……この顔が、そんなに…執着されるような良い素材だと言うのなら、君にあげるよ…うん、そうだな、君になら…あげてもいい』


『えぇ…男の顔貰ってもなぁ。あぁ、それなら……』



 またまた珍しく、琥珀色の双眸がレポートを睨む私を覗き込むようにしている。

 いつものような怜悧な、キツく感じる視線では無く、艶麗な美しさを持って。



(相変わらず綺麗な顔してるわね…)



 完全に作業の手すら止めてしまって、こちらを見つめ続けているルークの滑らかな頬に両手を伸ばす。

 頰に触れた瞬間、びくりと固まられてしまったみたいだけど、気にせず両頬をつまみ上げる。

 ……無理やり笑顔を作るように。



『そう、これこれ!ねぇ笑って?素材は良いんだもの。絶対、素敵だと思うのよ!』


『……わかった…努力、しよう』



 無理矢理に笑顔を引き出そうとしてしまったためか、多少の引き攣りのある、しかし優しく軽やかな笑みが、その端正な顔に広がる。



『うん、良いね!やっぱ、好きだ!』



 私もつられて思わず笑みがこぼれる。

 ただ、とても滑らかで柔らかそうだったルークの頰は、なかなか笑顔のように引っ張ることが出来なくて、強く摘みすぎてしまったのか瞬く間に赤くなってしまった。



『あぁっ、ごめん!赤くなっちゃったね、強くしすぎちゃった?痛い?大丈夫?』


『……気に、しなくて…いい。冷やしてくる』



 伏目になり口元を隠すように手を当て、席を立つと、急ぎ足で研究室から出ていってしまった。

 時折、艶のある黒上からひょこりと覗く少し尖った耳まで赤くして。



 あまりにもいつもと違う行動を連発していたので、強く印象に残ってるルークとの記憶。

 勉強や研究に専念できて、楽しかった頃の思い出だ。


 ──そうだ、ルークは、あれから少しだけ笑ってくれるようになったんだった。

 本当にごく稀に、そして、かなり引きつった笑いだったけど。



 今は、自然と笑みが出るようになったんだね。

 そう考えると、違和感なく、本人で確定なのかなと、考えてしまう。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る