第15話もう一人のセスタとテルシオ

「セスタ王女とテルシオ王子が反乱を起こしたんだよ。」

 2人は宿のテーブルに向かい合って座っていたが、その言葉に目が点になりかけた。髭面の大柄な傭兵の隊長が朝食を宿の食堂で取っていた二人に声をかけたのだ。彼がいうのには、コパンとティカルの簒奪・新王に対しての反乱が起きた、それにセスタ王女とテルシオ王子が加わったという。二人は、いち早く逃げて行方不明になっていた。それをアステカ王国などが支援して両国に侵攻することになり、兵を募っていると言うことだった。

「各国で兵士を高給で集めているんだよ。あなた方のような凄腕を集めているんだ。俺の隊に加わらないか?」

「私達が凄腕?」

「この間、かなり名の知られた剣士と魔道士を一蹴したじゃないか。その噂は、もう有名だぞ。」

“ああ、あいつらのことか。”二人は思った。

 この町に着いた翌日、2人は湯屋に出かけた。前の日に、娼婦に“臭い女”と言われたのをセスタが気にしていたからだった。テルシオは一番安い大浴場ではなく、半個室の方を選んだ。完全個室でも料金を払えたが、かなり裕福な階級や特別の利用目的がある場合のもので、目立ってしまう。他方、大浴場は男女混浴であり、衆人環視の中に2人とも入るのは心配だった。

「別に一緒に入っても構わぬ。」

 テルシオが、着替室で待つ、順番で入ることを提案すると、セスタは大したことではないという風に言ったので、それにテルシオは従った。それでも、流石に浴室に入ると恥ずかしい様子だったので、背を向けて極力視線を向けないようにした。つい、視線をチラチラ向けてしまった。“綺麗な肌だ。”と思った。傷や腫れた跡も見えた。テルシオは自分の責任のように思われた。

「背…背中を洗ってくれぬか?」

「いいのか?」

「ああ、変なことはするなよ。」

「分かった。」

「後で…、後でな…、お前の背も洗ってやるから。

「ああ、たのむ。」

 セスタは、夢のせいで何か気持ちがもやもやしていた。

「お前は、こうしていて、私をどう思っておるのだ?」

 背中を流されながら尋ねてしまった。すかさずテルシオは、

「美しいと思っている。自制心で抑えるのが辛いくらいにな。」

「世辞など言っても何もやらぬぞ。もうよい。今度は私が流してやる、お前の背中を。」

 立場を変える。弾みでセスタの乳房がテルシオの背中に微かに触れた。何かが流れたように2人の自制心が外れかけた。その時、隣から、女の喘ぎ声が響いてきた。それに興奮するより、聴き入って、そしてかえって興をそがれてしまった。その後、ギクシャクと浴槽に入り、互いに視線を避けながら並んで浸かった。女の最後を示すより大きな声が響くのを合図のように2人は浴槽を出て、そそくさと体から水気を拭き取り、衣服、鎧を着て湯屋を出た。

「このくそ婆!」

 子供が、セスタを罵って逃げていった。スリに失敗した捨て台詞だった。この時で、3回目だった。裏通りのスラムに近い地域だった。セスタはジロジロと舐めるように見る視線を感じた。武装しているからか、ちょっかいをかけてくる連中はいなかった。2人はある中が暗い店に入った。大柄な男が現れたので、あの助けた商人の名をあげ、その紹介だと告げるとさらに入れと告げ、道をあけた。さらに進むと店の主人らしき老人が机を前にして座っていた。商人の名を告げると、机の上の紙包みを投げ渡して、用件は終わったから帰れと、小さな声で言ったので、そのまま、それをしまうとそこを出た。2人の身分証明の品を、偽造だ、手に入れたのである。テルシオが、礼として、あの商人に依頼して、彼が引き受けてくれたのだ。夫婦の傭兵として、移動、仕事を得るのに必要なのである。一つ仕事が終わった。店を出ると、10人ばかりの男女が道の両側に2人を挟むように陣取っていた。意外と早く、次に片付けたい用件が、やって来た。

 左側には、聖騎士崩れと思われる男を中心に武装した男女、右側には魔道士らしい男を中心に武装した男と獣人の男女。聖騎士崩れはかなり腕がたつと見えた。持っている聖剣は格が高いものだった。魔道士の魔力はかなり高いと感じられた。

「何のようだ?」

 身構えながら、セスタが尋ねた。テルシオも身構えた。

「生意気な小僧と臭い大女へお仕置きをしてくれと頼まれたのでな。」

 男はニヤリとした。2人を軽く見ている目だった。

「俺が一人でやる。手を出すな。」

と周囲に声をかけたが、そんなことは聞いていないようだった。男も期待していないのがすぐに分かった。

「まず、あいつからだ。」

 テルシオは黙って頷いた。緊縛の魔法がかかった。体が動かない。それを見て、男が剣を抜いた。

「どちらからだ?2人まとめてでもいいぞ。」

 2人はその魔法を、魔法で中和すると、同時に剣を抜いて飛び出した。男は驚いたが、流石に直ぐ対応した。しかし、かれの予想以上に2人は速かった。

「卑怯な!」

 深手でではなかったが1合目で手傷を負って呻いた。 

「卑怯だぞ。」

と男達が剣を抜いて殺到した。後ろから、火球が飛んできた。獣人達と戦士が突っ込んできた。テルシオは振り向いて、火球を弾いて、雷電球を数発放ちと同時に光矢を放った。弾いた火球は突っ込んできた獣人達の前に炸裂した。怯んだところにテルシオは斬り込んだ。セスタは、騎士と斬り結びながら、周囲から襲ってくる男女を、剣の動きと同時に放つ魔法で牽制しつつ、ひとりづつ確実に倒していく。互いに、相手を伺いながら、時折援護しあう。セスタが騎士に致命傷を与えた時には、テルシオは魔道士の男を殺して彼女のところに駈け寄ってくるところだった。

「卑怯者!」

 セスタは、この期に及んでも、そう叫んで斬り込んできた騎士の首を切り落とした。血を噴き出しながら、体が大地に倒れ、首が少し遅れて落ちた。

「せっかく洗ったのに汚れてしまったな。」

 振り返ったり彼女にテルシオが声をかけた。

「お互いにな。」

 2人とも返り血でかなり汚れていた。

「あの2人は、あの世界でかなり知られた奴らでね。それを返り討ちにしたんだから、ちょっとした騒ぎなんだよ。だから、あんたらが加わってくれると心強い。ここら辺の国が、それに加わるというので、いい給料で兵を募集し始めている。あんたらも、自分の国に帰れるし、事情を知っているから、重用されて出世もあるかもしれない。」 

 何となく2人は事情を察した。 

 ティカルとコパンの貴族で、今回の政変をとらえて、駆け落ちしてきたという、テルシオの作った身の上話を彼は聞き知っているらしい。兵の募集には、一人一人で応募するよりグループで応募するのが普通である。グループに強い奴が多ければ多いほど、人数が多ければ多いほど何かと有利なのだ。働きによっては、かなりの額の特別報酬もあり、正規の騎士への登用もあり得る。しかし、

「セスタ王女のことは分からないが、テルシオ様がそのように馬鹿だとは思わなかったよ。失望した、というところだね。」

「何故だい?二人の武勇はかなり有名だぜ。鮮血の常勝の剣姫、不死身の知将と。」

 溜息をわざとして。

「彼の武勇は知っている、この目で見ているよ。でもな、まだ若いし、大軍の指揮を取った経験がない。それに、新国王の器量の大きさは、そんな個人の武勇でどうにかできるものではない。そそのかされたのかもしれないが、目が曇ったとしか思えないな。」

 “で?”次を振るようにセスタを見た。

「それが本当のセスタ王女なら、馬鹿だな。がっかりだな、尊敬していたのだが。」

 吐き捨てるような調子だった。

「それにだ、自分の国の者と戦いたくない。」

 彼女は寂し気に首を振った。テルシオは、彼女の手の上に、自分の手を載せた。

「わけがって飛び出した身の上。戻ることもできないよ。」

「そうかい。まあ、無理は言わん。その代わり気が変わったら、俺達と一緒に頼むよ。他の奴らの誘いには乗らないでくれよ。」

「ああ、約束するよ。」

 男はあっさり諦めて離れて行った。

「あちらのテルシオ王子は、もっと頼りになるかもしれないぞ。」

「あちらのセスタ王女は美人ではないか、こんな臭い、大女ではなく。」

 互いに皮肉っぽい笑いを浮かべた。

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