第三章 『反天会』5-1

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 その頃だ。地上では、ラミ=シーカヴィルタが教会の前まで到着していた。

「なん、……だ、これ……?」

 空を見上げてラミは呟く。ぼうぜんと。

 そう。彼の視線は今、下ではなく上方向に奪われていた。背の高い木々が教会を避けるように切り開かれており、ここからは空を見上げることができる。

 けれど、果たしてどうだろう。

 仮に見えなかったとして、自分はその存在感に果たして気づかなかっただろうか。

 一考して、けれどすぐさまラミは否定した。

 あり得ないからだ。その威容に、気づかないはずがないからだ。

 ひと言でごく単純に言い表すならば。

 そこには、遥か彼方かなたより使徒が降臨していたのだ。

「翼の、生えた……人、間?」

 目の前の存在を、その見た目をそのまま表現してラミはそう呟いた。けれど、

 ──いや、いいや違う、ヒトじゃない……!

 人に翼はない。ならばいかに人間の形をしていようと、それらは片獣と同じ異形として認識すべきなのだろう。きっと本当なら、それが正しいのだとラミは思った。

 だがその聖性を纏う威容を前に、理性なき獣を想起できるはずがない。それこそ、目の前の存在が神そのものであると言われるほうが、まだしも納得できるくらいだ。

 そもそも片獣は地から湧くもの。天から降り立つものではない。

 ならば、まさか本当に神様なのだろうか。

 神様とは──人間と似た形をしている概念モノなのだろうか。

 混乱するラミが見据える中、白い翼を持つ女性が、ゆっくりと教会の屋根に降り立つ。

 そして言った。


『──警告。全界試練達成義務違反申請、受理。状況加速対応を開始します』


 直後の瞬間に起こったこと。

 その全てが、ラミの認識を完全に超えていた。

 まずその女性が、天高く片腕を上げた。

 表情はない。いつか見たリィの無表情とは異なり、ラミにはもはや、そこに感情が成立する状況を想像することさえできなかった。それほどに無機的な印象がある。

 続いて女性の頭上に、光が集まる。

 白い光。その塊。命数術師であるラミだからこそ、それが命火の圧縮であるとわかる。

 だがそれは炎というにはあまりに白く、本当に光そのもののようだった。

 無論、命火ならば色は様々。エイネのように、本当の炎とよく似たれんがあり得れば、ラミのように光とは正反対の色を持つことだってある。そういう矛盾を内包している。

 だがこれは違う。

 火炎の色が白いのではない。光の塊としてしか認識できないほど、高密度、かつ高温のエネルギーの集合なのだ。

 それがひとたび振り下ろされれば、周囲にどれほどの破壊をくか想像できない。

 もはや命数術と呼ぶことさえ憚られるほどの熱量。

 命数いのちを、ただ生命いのちを奪うことのみに限って費やしているような。

 代行で許される域を明らかに超えている。まさしく神の権能そのものだ。

 このときラミは正しく理解した。

 その白光が、真下の教会を破壊するべく振り落とされるものであるということを。

「な、ふ──ざけんじゃねえぞッ!」

 発した言葉に意味はない。単なる悲鳴のようなものだ。

 いずれにせよ、ラミは反射的にその行いを止めなければならないと思考した。

 咄嗟に発動した命数術は、彼が最も頼みとする秘奥。すなわち《魂源命装》の創出。

 生み出された意志を宿す鋼糸が、まっすぐその女性に向けて伸びていく。とにかく女性の行動を阻害しよう、と思っての行いだった。

 けれど。そんな行為は一切の意味を持たなかった。

「な──!?」

 驚くラミ。その頭上の女性は、けれどなんの反応も見せていない。

 ラミの放った鋼糸は、ただ女性の存在に触れただけで溶けるように消滅したからだ。

 防がれることさえなかった。

 それだけの──言うなれば存在としての格の違いを、見せつけられたということだ。

 ラミは悟った。気づかざるを得ないだけのものがそこにあった。

 ──どういても、自分では、金髪の女性に干渉することができないのだと。

 事態はラミの手の届かないところで進行していく。

 ふと、金髪の女性のものとは違う命火の熱をラミは感じた。

 教会の前の空間が陽炎かげろうのように揺らぎ、やがてそこにふたつの実像を結ぶ。

 エイネだった。

「そうか、《転移ドリフト》の術……エイネ!」

 おそらく中にいたのだろうが、自力で脱出してきてくれたのならむしろ好都合だ。そのそばにワーツの姿が見当たらないものの、エイネがひとりで逃げ出してくるとは思えない。どこか安全な場所に身を潜めていると見るべきだろう。

 ならばと近づこうとするラミだったが、その足を縫い留めるものがふたつあった。

 まず真っ先に彼は気がつく。

 エイネの様子がおかしい。

 彼女はまっすぐ上を見上げて、翼の女性を見つめている──それはいい。この状況では当然だろう。だが、その表情がどうにも無機的に過ぎた。

 それこそ天に立つ金髪の女性のように、エイネの表情から感情の色が感じられない。

 そして。その一瞬の困惑の隙に、次の事態が目の前で起きる。

 ──女性の術式が、ついに完成したのだ。

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